11 まもる君の事情聴取
両手で顔を覆い、乙女泣きをするゴリラを宥め、「バナナがどうしたの?」と首を傾げる愛樹を皆でスルーし、一旦場が落ち着いた所で本題に戻った。
「ねぇ、聞いてる!?バナナが何!?」
「愛樹。それもういいから」
しつこく訴える愛樹に、葉流が有無を言わせぬ笑顔で制止する。
愛樹がいる所で、下ネタはあかんかったなー。
後で葉流に殺される。
つか、現在進行形で視殺されそうだ。
その刃物のような視線やめようか。
何か痛い。何か心に刺さって痛い。
「……で、他の要件は?」
「何さらっと事情聴取終わらせてんだ?」
え、まだ聴くの!?という驚愕の表情を浮かべる俺。
ゴリラの額に青筋が浮かぶ。
「お前が知らねぇのは、もう分かってんだよ。だが、もう一人いるだろう?……まもるを出せ。――数秒で銃弾三発。しかもただの拳銃だぞ?それをぶっ放した後に、被害者の直ぐ近くにいたお前に気付かれる事無く去る。……ははっ。それが本当なら、そいつは神か?不可能なんだよ。だから、お前の記憶が抜けてるとしか思えねぇ」
「……あのさぁ、それも前説明したじゃん?まもるはやってないって。あいつは俺に嘘なんて吐かない。無口だからちょっと怖……、誤解されやすい子だけど、まじ無害ないい子だから。主導権も俺が握ってるから、俺の意識がかなり混濁してない限りは勝手に出てこない子よ?仮にまもるがカイを殺したとしても、拳銃はどう説明つけるんだ?俺はあの時持ってなかったんだぞ?」
「そんなもん、お前が記憶ないだけで、どうとでも隠蔽できるだろ。いいから代われ。別に、まもるを犯人だと決めつけてる訳じゃない。何か知ってるかもしれないだろう?それを聞くだけだ」
……うわー。悪人面。
絶対犯人って決めつけてるわー、この人。
まぁ、周りに人がいないあの状況じゃ仕方ないけど。
「……はぁ。俺的には代わりたくないんだけどねー。あのキャラをこの身体で体現されると恥ずかしいのなんのって。……まぁ、呼びかけてはみるけど、今回もあんま期待しないでね?」
身体の主導権は確かに俺が握ってる。
というか、まもるは引きこもり体質なので、「俺が主人格だぁ!」みたいな、人格のぶつかり合いが起こらない。
……というか、呼びかけても表には滅多に出てこない。
だから、解離性同一性障害といっても、別人格の自己主張がほぼ皆無な為(表に出るのを拒否るという主張は強固ではあるが)、あまり弊害はなかったりする。
出てきたとしても、どうせしゃべんないと思うんだけどなー。
俺は深く溜息を吐きつつ、まもるに呼びかけた。
――あのー、まもるさぁん?
――……。
――あ、ですよね。
「うん、ごめん。やっぱ無理だったわ」
「諦めるの早くね!?もう一回頑張れよ!?」
もぉ、うるさいなぁ。
――ま、まもる君?
――……。
――あ、何度もごめんね?なんかゴリラがまもるに会いたいらしくて、ちょっと出られる?
――……。
――ほら、例の事件について。何か知ってる?
――……、僕は、やってない、よ。
おお!返事が返ってきた!
いい加減見つめ合うのもきつかった!
因みに、容姿はぼやけてよく見えないが、まもるは結構幼い見た目をしている。
10代半ば、ぐらいだろうか?
――あ、うん。それは分かってる。知らないならそれでいいんだ。でも、まもるから直接言ってやらないと、あのゴリラも納得しなくってさ……。
――……。
――ちょっとでいいから代わってくれない?
――……。
わずかに眉を顰め、首を振るまもる。
心底嫌そうだなー。
てか、表に出るのを譲り合うって、どんな状況よこれ?
「やっぱ無理っすわ。まもるはやってないってさ」
「……チッ」
ゴリラは舌打ちを一つ打つと、テーブルに視線を落とし、「しゃーないか」と小さく呟く。
やっと諦めたか、と思ったのも束の間、直ぐにゴリラは俺に向き直った。
そして、にんまりと口角を吊り上げ、口を開く。
「おいおい、お前が関係してる未解決事件は何もこの件だけじゃないんだぞ?古屋事件、忘れてねーよな?この二つともの不審な事件の中心に、お前はいる。どんな偶然だろうな?なのに肝心のご本人様は、その両方共の事件の記憶がないと言う。……可笑しいよな?」
「……何が言いたいのかなぁ?」
そんな事言われても知らんもんは知らん。
というか、その事件まで掘り下げるっつーんならキレるよ?
「正直に言おう。俺は、古屋事件の方にもお前……、あるいはまもるが、事件自体に関わってると思ってる。被害者としてではなく、加害者側としてだ。まぁ、直接的にか間接的にかまでは知らねーが」
「……ほう?ここでそれを話すのか?」
俺は瞳を細め、葉流と愛樹が見守っているソファの方を流し見る。
だが、俺の意図を察したであろうゴリラは、更に笑みを深めるばかりだった。
「何か問題があるか?」
「いや?まっつんがその気なら、俺は何も言わない。ほら、続けなよ。こいつらだって、ある程度の事は知ってるしな」
俺は今度は葉流たちの方に顔ごと向け、破顔してやった。
葉流たちは何か、うん、心配そうな顔でそわそわと俺を見ていた。
「……じゃぁ、言わせてもらおうか。14年前、お前が10歳だった頃に起きた、古屋家の放火と、お前以外の古屋一家が喪失した事件。……というか、この時点で怪しい匂しかしねぇところなんだがな?」
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憧兄の意識が、途切れた。
突然だった。
松下さんが古屋事件について話し始めた途端の出来事。
憧兄が顔を少し俯かせたかと思ったら、次に正面を向き直った時にはまもる君だった。
向き直った、というか、視線は相変わらず空を見つめてはいるけれど。
「……やっと出てきたか。……いや、やっぱり出てきたか、と言うべきか?ここで出てきたという事は、古屋事件の方に関与してるって事でいいんだよなぁ、まもるちゃん?」
「……」
「おいおい、無視はないだろう?何か憧理に聞かれたくない事でもあったんじゃないのか?」
「……」
「……まぁ、いい。どっちにしろ、もう時効だ。それよりも羽田灰斗についてだ。この事件について、お前は何か知っているはずだ。あの時何があった?お前は何を見たんだ。それかお前自身が何かをしたのか?」
「……」
……相変わらず無言で、ぼんやりとした無表情を浮かべるまもる君。
これ、事情聴取とか無理だろ。
「おい、何か応えろ。やっと出てきたんだ。楽しくお話ししようじゃないか。なぁ?」
「……」
「聞いてんのか、おい!!」
松下さんは青筋を浮かべ、テーブルに拳を叩き付けた。
キレるの早くない?
「お前が話さねぇんなら、古屋事件の話の続き、何度でもあいつに聞かせるぞ」
鼻息を荒くしつつも、怒鳴らないように声量を抑え脅し技を披露する松下さん。
そこで漸くまもる君は顔を上げて松下さんに向けた。
……目線は多分合ってないけど。
あ、松下さん、若干ビクッてなった。
「……」
「……」
数秒見つめ合う二人。
桐先さんのスマホからシャッター音が鳴る。
そしてまもる君は、ゆっくりと――顔を下げ、真正面よりやや下向きの定位置へと顔を戻した。
「――何もしゃべらんのかい!!」
松下さんの怒声が木霊する。
だから、無理だってば……。