10 ゴリラ
あれから連写男から写メを見せて貰い、中々に面白……良く撮れていると感想を零した。
個人で見るだけなら、という条件付きで妹ちゃんに送ってもいいと許可を出す。
ネタとしては面白いが、流石に拡散されるのは勘弁である。
隣でゴリラが何か吠えていたが、俺の許可を聞くや否や、連写男は送信画面をタップした。
「すいません。妹が喜びます」
「それは良かった。妹ちゃん、腐ってるですねー」
あははーとお互いに笑い合う。
隣でゴリラが怒鳴っていた。
「……で、今更なんですが、初めてお会いしますよね?御存じとは思いますが、俺は古屋憧理といいます。お名前伺っても?」
勝手に連写男と呼称してはいるが、流石にそれで呼ぶわけにもいかない。
というか、普通訪ねてきた側が先に名乗るものではないだろうか?
教育がなってない刑事である。
でもまぁ、何かトラブってたし、見たところ俺より年下で新人さんっぽい感じだし、その辺は年上の大人として、寛大な心で大目に見てやろう。
ふふん、と内心踏ん反り返りながら、俺は接客スマイルで連写男に名前を尋ねた。
さぁ、慌てるがいい。
慌てて名刺なり警察手帳なり出して、事情聴取する重要な相手先に名乗り遅れていたというミスに狼狽えつつ、名を名乗るがいいよ。
ふはははは。
「……え?」
「……ん?」
返ってきた反応は予想外のものだった。
男はキョトンと目を丸くさせ、何言ってんのコイツ?的な目線を向けてくる。
あれ。何この微妙な空気。
「えっと……。もしかして、どこかでお会いしてましたか?」
不安げにそう尋ねると、男は顎に手を置きつつ、「そっか・・・」だの、「そうだよね」だの、何かぶつぶつ呟いていた。
そして少しの間の後、男は俺に向き直り、口を開いた。
「すいません。さっきから話の内容的におかしいなーとは思ってたんですけど……、勝手に自己完結しちゃってました。名乗るのを忘れてましたね。もう10年も昔ですし、見ただけじゃ分からないですよね。俺、桐先直人です。……覚えて、ますか?」
男は緊張と不安とが混じり合った様な表情を浮かべ、名を名乗った。
あ、これ、絶対「ごめん、誰だっけ」とか言えないやつ。
俺は冷汗が額を伝うのを感じつつ、「桐先直人」で脳内検索を開始した。
それはもう高速回転である。
桐先、桐先……。桐先直人……。10年前……。
「……ああ!お前、直人か!?……くっくっく、まさかジャック、貴様が刑事になっていようとは」
俺は唐突に声を張り上げ、昔の思い出を再現し出す。
ほら、忘れてないよー?ちゃんと覚えてたよー?のアピールである。
その瞬間、連写男こと桐先直人は安堵の表情を浮かべた。
「よかった……!ちょっと間があったから忘れちゃったのかと。その呼び方、懐かしいです。苗字の桐先と切り裂きを掛けて、切り裂きジャック。厨二ごっこでよく遊びましたねー。ははは、黒歴史。ちゃんと覚えててくれたんですね」
「馬っ鹿だなー!!そんなの当り前ジャン?俺がお前を忘れるわけないジャン?」
あっはっはー、と直人の背中をバシバシと叩く。
……あっぶねー。思い出せて良かったー。
「それにしても懐かしいなー。ってことは、妹って花ちゃんの事だったのか。……そっか、花ちゃん、腐っちゃったか……」
知ってる子、それも過去に妹の様に可愛がってた子が、そういった扉を開いちゃったのかと思うと、目頭が熱くなるというものだ。
あんな天使の様な純粋な子だったのに……。
成長とは、時間とは、時に残酷である。
――しょーくん抱っこー!!
――しょーくん、一緒におねんねしていーい?
――ふえーん!!しょーくん、クモさんがいるよぅ!!
――花ね、大きくなったら……、しょーくんのお嫁さんになるの!
……ああ、本当に残酷である。
「どうかしましたか?」
「え、いや、えーと……。立派になったなぁと思ったら、こう、込み上げるものが」
そう。何かもう、色んな意味を込めて目頭を押さえ続けた。
そして直人も、俺のそんな様子に感動したのか、俯いて目頭を押さえ始める。
……ごめん。
7、……いや、8割ぐらいは花ちゃんに対する哀愁の意です。
だから、そんな感動しないで。いや、マジごめん。
「……おい、そろそろ話進めていいか?」
「あ、はーいっ」
痺れを切らした松下が、顔を引きつらせながら声を掛けてくる。
やっべ、そういえば居たんだったわ。
顔を上げ、パッと切り替えれる俺って流石。
そそくさと椅子へと腰かけ、松下と直人も対面の席へと座り出す。
……直人はまだ目頭を押さえていたが。
「んじゃ、恒例の事情聴取って事でいいんかな?」
これ以上面倒臭い事になる前に、葉流と愛樹が空気になってる間に終わらせたい俺は、さっさと話を切り出した。
ていうか、事務所じゃダメなんか。
ややこしくなるから、葉流と愛樹のいない所でやって欲しいんだが。
っていうの、以前ゴリ…松下に訴えた事があったが、ゴリ…松下は不敵な笑みを浮かべただけだった。
絶対楽しんでやがるな、このゴリ…、うん、もうゴリラでいいわ。
「……まぁ、それもある」
「ん?他にも何か用だったんか?」
「いや、まずは事情聴取が先だ。毎回聞くが、何か思い出したことはないか?」
「毎回言うが、ない。はい終了~」
ふぅ、予定より早く終わったな。
俺は、汗など掻いてもいない額を、手の甲で拭う仕草をする。
「何一仕事終えたみてーな面してやがる!」
「おいおい、勘弁してくれよ父つぁん。知らねぇものをどう話せってんだ?俺が知ってるのは、そう、……ゴリラって、みんなB型なんだってよ」
「何で俺を見ながら言う!?」
「いや別に?松下さん、何型?」
「……Bだが。って、だから何で俺を見るんだ!?おい、てめぇ桐先!何笑ってやがる!」
顔を真っ赤にし、血管を浮かび上がらせるゴリラ。
まぁ、本当はB型以外のゴリラ種もいるらしいけどね。敢えて言わないでおく。
……あれ?愛樹ちゃん、悲壮感漂わせて俯いてるけど、何かあったんだろうか。
「あと、ゴリラって、ホモが多いんだってよ」
「マジか」
ゴリラの隣に座ってた直人が、目を見開きながら上半身を傾け、距離を取る。
「だから何で俺を見る!?」
「……ほら、ボス争いに負けた雄共って、雌と番えないじゃん?それで寂しさから……」
「マジか。部署変更してもらうわ」
「だから、……あー、もうっ!このクソガキ共がぁっ!!桐先、テメー後で覚えてろよ!」
瞳を細め、直人を睨みつけるゴリラ。
それはもう、獲物を狙う猛獣の如くである。
「やべぇ、俺、後で掘られる」
「ああ、てめぇの墓穴を掘ってやらぁ!!!」
やばい、遊び過ぎた。
これ以上はマジで直人が埋められそうなので、これぐらいにしておこう。
「んでまぁ、冗談はさておき……、」
「テメーが始めたんだけどなぁ!?」
「本題を続けようか」
「だから、テメーが始めたんだけどなぁ!?」
はぁ、うるさいゴリラだ。
食べ物でもあげて大人しくさせようか。
「葉流、ちょっとバナナでも献上して差し上げ……って、はっ!!ゴリラのバナナ好きって、そういう……。無差別、無差別なのか!?どっちのバナナもいけるってか!?」
「兄さん、ちょっと黙ろうか」
「葉流!食べ物のバナナだからな!?いくらゴリラにホモが多いからって、お前のバナぁぁあっ!!」
「兄さん、下品」
葉流からマジパンチが飛んできた。
何か、一瞬ゴリラについての真理に辿り着いた様な気がして、テンションがハイになったけど、殴られて冷静になった今なら分かる。
ああ、馬鹿だ、俺……。小学生か、か、か……(エコー)。
だが敢えて言わせて貰おう。
「男はみんな、馬鹿だろう!?」
「何行き成り!?」
頬を押さえながらキメ顔で言う俺に、葉流からの冷たい目線が更に冷たいものとなって俺を襲った。
ゴリラは、何か泣いていた。ごめん。