第五話 『懐かしき旋律』
「あれ、あそこから綺麗な音色が聞こえます。」
「音楽室か?今日練習じゃないはずなのに。」
確かに綺麗なバイオリンの音色が聞こえる。
誰かいるのか?
「ごめんくださ〜い。」
コンコン、とノックをする。
・・・だが返事は無く、バイオリンの音色が響き渡るだけだった。
「仕方ねぇ、入るか…。」
入ってみると、一人の少女がバイオリンを弾いて立っていた。
「あの、すみませ〜ん。」
反応なし。ピクリともしない。
「駄目だ渚。こうするしかないな。」
「あっ駄目です紅乃さん!」
夜月は少女にデコピンをした。
ビシッ…
「痛いっ、な、なんですか?」
「やっと起きたか。」
ふぅ。とため息をつく。
「新入生さんですか?」
「そうだが…。あんた一人か?」
「あ、はい。一人で練習してました。もっと上手くなりたいので…。」
「とっても上手でしたよ。心が安らぎました。」
渚がニッコリと微笑む。
「ありがとうございます。と、自己紹介しますね。2年の巴友梨です。よろしくおねがいします。」
「紅乃夜月だ。こっちは天草渚。」
「天草渚です。よろしくおねがいしますね。」
「紅乃夜月…天草渚。二人ともいい名前ですね。」
「いい名前と言うか、俺の一家は全員名前に『月』がついているぞ。」
「くすくす。そうだ、バイオリンもっと聞きたいので、続き弾いてくれますか?」
「はい。それでは・・・。」
巴は再びバイオリンを弾き出す。
と同時に、自分の世界に入ってしまったようだ。
「・・・また何も反応しなくなったぞ。」
「ふふふ、いいじゃないですか。バイオリン弾くのが好きなんでしょうね。」
・・・まただ。何か昔にも聴いたことがあるような・・・。この旋律。
夜月は目を閉じる。その旋律を一つ一つ聞き取り始めた。
心が安らぐ…相手の世界に引き込まれそうになる。
何か、思い出せそうな…?
「!!」
その時、夜月は失神しそうになった。
「・・・さん?紅乃さん!」
「・・・はっ!」
渚が倒れそうになった夜月を抱え込んで、正気に戻してくれた。
「っ・・・なんだ?」
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。しかしこいつ、どうする?しばらくは戻りそうもないぞ。」
「うぅん・・・帰りましょうか。」
「そうだな。」
二人はふふっと笑う。
教室の前に龍貴が立っていた。
「おっ、帰ってきた帰ってきた。二人は愛を深めることができたのか?」
「音楽室に可愛い子がいた。」
夜月はもう慣れたようで、話題を変える。
「何ー!!どんな子だった?名前は?」
「巴友梨。2年だ。にこにこした子で、身長は渚より少し大きいかな。」
「行ってくるわ。」
「やめとけ。もういないと思うぞ。俺は帰る。いくぞ、渚。」
「あ、はい。」
「おいー!!!俺と帰る約束だったはずだぞ!」
夜月はフゥ、と短くため息をつく。
「予定だよ予定。だったら一緒についてくればいいじゃないか。」
「ああ、そうか。」
龍貴はなるほど、という感じの顔をした。
「・・・馬鹿だろこいつ。」
「ふふ、明日もよろしくおねがいしますね。」
「ああ、よろしくな。」
親父、楽しい高校生活になりそうだぜ。