花の咲いた部屋
誰かの声が聞こえた気がした。
目を覚ますと、また同じ部屋。
同じ僕と、同じあいつがそこにはいて、同じ花が、咲いている。
紫色の、大きな花びらの、幻想的で、とってもきれいな花。
部屋の隅に、ぽつんと咲いている。
「おはよう」
あいつが、僕にそう言った。
あぁ、これを聞くのは、一体何度目なんだろう。何千万回? 何億回? ……もううんざりだ。
僕はまた眠った。
目を覚ましても、また同じ部屋。
同じ僕と、同じあいつと、同じ花。
紫色の、きれいな花。
僕等の命を吸っていく、無慈悲な花。
弱っていく僕等をあざ笑うかのように、いつもと変わらず咲いている。
「おはよう」
あいつが僕にそう言った。
こいつは一体、誰なんだ? この花は、何なんだ? この部屋は、何なんだ? 僕はどうして、ここにいるんだ?
こんなことを考えるのも、もう何億回目なのだろう。
僕はバカらしくなって、また眠った。
目を覚ましても、やっぱり変わらず同じ部屋。
変わらぬあいつがそこにいて、変わらぬ花が咲いている。
「おはよう」
もういいよ。僕は返事はしないから。
この部屋には、一つだけドアがあった。
ドアを開けると、花畑。
紫色のきれいな花が、あたり一面に咲いているんだ。
命を吸う、あの花が。一面に。
花畑の先には、光があった。
その光の先が、このバカげた空間からの出口。
いや、これは確か、あいつが昔言ってたことだったんだけど。
僕もそう信じてる。信じていなきゃ、とてもじゃないけどやってやれない。
あれが、僕にとっての希望の光。
けれど、たどり着けはしないんだ。
だってそこへ行くには、この花畑を突っ切るしか、道はない。
傍にいるだけで命を吸われる、残虐な花。
そんな花の花畑に足を踏み入れたら、僕は数秒で、枯れてしまうだろう。
僕はまた、眠った。
ずっと、同じが同じ。
目を覚まして、眠って。
目を覚まして、眠って。
何も変わらぬ、おかしな空間で。
僕は一体、いつまでこれを…………。
目を覚ますと、やっぱりまた、同じ部屋。
同じあいつと、同じ花。
「おはよう」
あぁもうほんとに、何度目なんだろう。何千億回? 何兆回? ほんとにほんとに、もううんざりなんだ。
僕はまた眠る。
目を覚ますと、同じ部屋。
同じあいつと、同じ花。
でも、あいつが、おはようとは言わなかった。
「俺はもう、限界みたいだ」
同じが、変わった。
あいつは、今にも、枯れてしまいそうだった。
「最後に、俺の馬鹿げた夢に、付き合ってはくれないだろうか」
あいつが僕に語りかける。
僕には、あいつが何を考えているのかが、分かった。
僕は黙って、うなずいた。
あぁ、僕は死ぬかもしれない。
あいつが、僕を肩車する。
僕は、死ぬかもしれない。
あいつが、ドアを開けた。
死にたくない。でも、もうここにはいたくない。
僕等の前には、残虐な花畑が広がっている。
じゃあ、最後に、やってやる。
「行くぞ」
あいつはそう言って、僕の足首をギュッと握り締めた。
「うん」
僕はそのとき、あいつに初めて返事をした。
あいつが、花畑を駆けていく。
僕を肩車して。
先にある、光を目指して。
死の花畑をかき分けて。
どんどん、どんどん、駆けていく。
やがて、あいつが、倒れた。
あいつは、枯れてしまった。
僕は、走った。
振り返らずに、走った。
命が枯れていくのが分かる。
死が近づいてくるのが分かる。
それでも、ただただ走った。
先にある、光を目指して。
ただただ、真っ直ぐに走った。
やがて、光が、目の前になった。
届いたんだ。
僕の命も、もう限界だった。
届いたんだ!
僕は光に、手を伸ばした。
その一瞬、僕は後ろを振り返った。
花畑に埋もれて、あいつの姿は見つけられなかった。
とうとう、僕は、光の先へたどりついた。
僕は、ただ呆然とするしかなかった。
「……嘘だ……」
僕の口から、自然とそんな言葉が漏れ出す。
光の先にあったそこは、「同じ部屋」だった。
部屋の隅には、紫色のきれいな花が、咲いている。
僕をあざ笑うかのように。
「嘘だ……!」
その部屋には、一つのドアがあった。
僕は震える足で近づいて、そのドアを開けた。
ドアの先には、同じ花畑が広がっていた。
紫色の、花畑。
たどり着いたはずの同じ光も、その先にはあった。
「嘘だ!!」
僕は叫んだ。
頭の中が、真っ暗になっていた。
僕は、その部屋に咲いていた紫の花を、力いっぱい引き抜いた。
でもそれは、やってはいけないことだった。
「死」が、僕に襲い掛かってきた。
あぁ、僕はここで死ぬのだろう。
何のために、僕はいたのだろう。
一度でいいから、外の世界を、見たかった。
一度でよかったんだ。
外の世界を――――
最後にまた、誰かの声が聞こえた気がした。