01
すっきりとしない目覚めの所為で瞬きは遅く、目を閉じる時間も長い。
ぼやけた視界をどうにかすべく目をこすり、はっきりさせてから起き上がる。
『おおぉぉお……!お目覚めになられたのですね、私はもうこのまま目を覚まさないのかと心配で心配で……!!』
「朝からうっさい」
『申し訳ございません。ですがこの気持ちは嘘偽りなくですね』
『その気持ちは痛いぐらい分かったわよ』
窓を見遣れば朝陽が差し込み、鳥の鳴き声が聞こえる。
昨日気絶させられた時がもしも午後なら、半日近く寝ていた事になる。
海に投げ落とされた疲れもあったんだろうか。
段々と目が覚めてきた事により、周囲に目を見遣る余裕も出て来た。
ダブルサイズはありそうなでかいベッドで寝ていたようだった。
部屋を見回しながら、魔力で精製したコームで髪を纏める。
長いドレスのような寝巻きに着替えられていたが、すぐ近くにあったクローゼットの中を探ると、綺麗な状態で制服一式が掛けられていた。
裾が長く邪魔な寝巻きよりかは制服の方が良いと思う。
五分と掛からず着替え終わり、ブックホルダーを腰に取り付けフェルマーの書を取ろうとした時だった。
軽いノックと共に声が掛けられる。
「おはようございます」
恭しく頭を下げられながら挨拶されたおかげで、つられてこちらも頭を下げて挨拶を返す。
まるでオウム返しのようだ。
「朝食のご用意はできておりますが、いかがなさいますか?」
「ぜひ、いただかせてもらいます」
「畏まりました。屋敷の主もご一緒ですがよろしいですか?」
「そこでどういった事か、聞かせていただけるのかしら?」
「勿論でございます」
『フェルマー』
『はい』
『次、しくじったら置いていくわよ』
『っ!?そ、それだけはご勘弁下さいませ!!』
念話だけど、フェルマーが土下座しながらそう言ってくるイメージが浮かんできた。
別に一枚一枚紙を破って火の中に突っ込むぞって言っても良かったのだけど、こちらの方が効くだろうと思ったら……効きすぎだったみたいでまぁ灸を据えるのに丁度良かったかな。
「私はブエラ・フォン・エチュード伯爵。君を保護したのは私だ、随分と手荒い真似をしてしまった」
「いいえ、伯爵様のおかげで私はこうしてご立派な屋敷で目を覚ませた事、心より感謝致します」
『こいつの本音を読み取れるかしら?』
『本音とは言わば心の闇。読み取れないはずがございません』
『あとこれはついでで良いわ。屋敷からの脱出経路とギルド国家への経路をお願い。私の魔力を存分に使いなさい』
『御意に』
大体こういう人好きの良い笑顔を浮かべる人間は本当のお人よしか、利益目的の人間に分かれやすい。
こりゃ本当に夜伽にされちゃうのかしらね。
まぁそんなもんにされる前にここから逃げ出してやるけど。
「調子はどうだい」
「はい、とてもよろしいですわ」
伯爵が何も手を付けていない事に気付いて食べろと薦める。
勿論伯爵は貴族らしく上品に食べていく。
何か入ってるかもしれないのに薦めるっていう事は、気の利かない人間、か……?
だとしたら随分と詰めの甘い人間だこと。
利益目的ならもうちょい人を信頼させて騙させる方法でも学んどいた方が良いんじゃない?
「本題に入ってもよろしいでしょうか」
「あぁその事だったね。でも今はとにかく食べなさい」
「はぐらかすという事は何かあるんでしょうね」
「何か、とは何だね?」
「そうですね。例えば……毒とか」
ぴくりと反応した伯爵に、思わず心の声でツッコミをいれてしまった。
いやダメだろそこで反応しちゃ。
本音が結構駄々漏れだった面、まぁ意表は付けたけどさ。
この世界、閉心術ってないのかしらね。
まぁこれは某魔法学校の話だから止めておきましょうか。
「何故、その料理に毒が入っているとでも?」
「あら。そのような事はおっしゃっていませんが?」
あぁやっぱり朝から水を飲まないのは辛いなぁ、とそこで初めてテーブルの上に置いてあるものに手をつける。
グラスの中に注がれた水を一気に嚥下し、一息を吐く。
ん?なんだか口の中から食道辺りに掛けてぴりぴりする。
だが数秒経てば治まった。
ふむ、どうやら解毒効果が出来ているようだ。
魔力が多いとイイコトも多いみたいで。
「うっ……!?」
「おや?どうやら間違った選択をしてしまったみたいだな」
どんな毒の効果も知らず、適当にベタな演技をしていると、伯爵は呆気なく本性を現した。
床にひれ伏す私の元までやってくると、彼は卑しい笑みを浮かべながら見下ろしてくる。
「君はとても美しい。本当ならば市場に売りたい所だが、特別に我が国の公爵様の側室にしてやろう。どうだ、素晴らしく名誉な事だろう?」
「それであなたは晴れて侯爵、ですって?」
「どういう事だ……?神経毒を飲んだはずでは!?」
はいはい、うろたえてるのも良いけどさ、さっと持ち直せてこその貴族だろう。
靴で歩くような場所で寝そべるのは好きじゃない。
すぐさま起き上がって伯爵の動きを影で縛る。
「な、何を……!」
「その、側室の話?だったかしら。いっそ伯爵様がなさればよろしいかと」
「はっ!?」
じわじわと姿形を変えていく伯爵が茶髪の美女へと変化していく。
こいつの反応が見れないのが残念だけど、運の神よ、こいつを使って楽しんでください。
「この方でよろしいか?」
こくり、とただ頷くだけの伯爵に、御者は何も言わずに身なりを整えた茶髪の美女を連れて屋敷からさっさと去る事にした。
馬車が遠く離れていく事、誰も見ていない事を確認するとエチュード伯爵から茶髪の女性へと変わる。
『楽しめると良いわね、伯爵様』
『そこまで仕返しなさいますか……』
『だって、ねぇ?』
フェルマーに本音を読ませたのと、記憶を読んだ事で大方どうして私がここにいたのか分かった。
あの伯爵は何者かによって唆され、私兵を使って私をここまで連れてこさせた。
そしてその何者かは私の特徴を話していて、且つそいつは私を狙っているという事だ。
何者か……その公爵様を指してるのかしら?
まぁ今後気をつけていても損はないだろう。
それと伯爵の屋敷から小振りの宝石を二つと、少量のお金と外套をくすねさせてもらった。
こちらに帰ってきたときに取りすぎて気付かれても嫌だし。
帰ってこれるかどうかなんて知らないけど。
坂の上にある屋敷から、街を眺める。
そこそこ良い暮らしが出来ているようで、建物は立派だった。
なんかあの伯爵には悪い事しちゃったなー……でもこれはこれで、あれはあれだし。
「それもどうでもいい事ね」