05
青年の名はアディア・クレズメント。
たぶん剣を腰に下げてるから職業は剣士。
ウルフヘアーのようなディープブルーの髪はストレートではあるが、頭頂部ではねておらず、全体的に重力に負けて落ちている。
少し天パが入ってる私の髪と比べて凄く羨ましいと思う。
垂れ目がちな空色の目がちらちらとこちらを見てくるのが分かる。
第一印象は青い、第二印象は好青年。
長く尖った耳はエルフなのだろうか?
少し中性的とはいえ、顔や体つきからして男らしく、間違っても女とは思わないだろう。
そこまでおしゃべりという訳ではないらしく、たまに話しかけてくる程度の会話。
それにしても久しぶりにゆっくりとご飯を食べれた気がする。
あの二週間、近くに一哉君がいても堅苦しい食事だったからね。
向けられるねちねちした視線ってさ、もう何年も浴びてる私からすればどうでも良いわけよ。
ただ食事中ぐらい一哉君を自由にしてやれよって遠回しに一度言っただけで毎晩嫌がらせをしてくるって事は私の存在は邪魔だと仰りたい訳ですかー、と。
……じゃなきゃ私を海に突き落さないか。
どうせあの聖女様だから、自分の事を良いように言ってるだろう。
一哉君と行動を共にするのは私の精神的な意味でよろしくないな。
「レイは一人で旅をしているのか?」
「旅らしい事なんてしてないわ。昨日嵐に巻き込まれて漂流してきただけだし」
「すごい強運だな……。あれはリヴァイアサンの嵐だったのに」
あの嵐で大海原を渡る船を壊して丸ごと飲み込む、とはさすがに行き過ぎだと思うけど。
他にも複数体目撃されているがそれぞれ独立して生活している為にそれほど脅威でもないらしい。
けどこういった他大陸との貿易を盛んに行ってる場所では一体いるだけで大きな損失を生み出す。
そういやあのスタイン、最初は止められていたのにいつの間にか退治する話出てたけど何したんだろう?
脅し?いやいや、リヴァイアサン倒したくて脅すってどうなのよ。
「そういえば、今日リヴァイアサンが討伐されたって話聞いたか?」
「えぇ聞いてるわ。実際にあの場にいたし」
「いたの!?……もしかしてさ、嵐に巻き込まれた腹いせ?」
「あなたは私の事をそんな風に思っていたのね、心外だわ」
「冗談!冗談だから怒るなって!」
「知ってる」
「なんだ……」
それにしてもよく表情の変わる人だな。
興味深そうだったのが一気に焦りに変わり、分かった途端にほっと一安心するような表情。
別に本音聞かなくても問題ないぐらい?
まぁこいつが何やらかそうが、さっきのごろつきので良い牽制になってるだろうし。
それにこう……なんか憎めない。
うん、これに限るね。
一室だけしか空いてなかったから同室だけど、宿泊費も払ってもらっちゃったし。
「あのさ、ギルドに所属してないなら一緒にやらないか?」
「いいわよ」
「いやあの無理にとは言わな……本当か!?」
「えぇ」
「早速明日ギルドの登録に行こう!……あ、やっぱギルドの人に紹介状書いてもらった方が良いのかな……」
「どうして?」
「ギルドを新しく作る時に、最低でも設立から一年経っているギルドの人に紹介状を書いてもらうと優遇してくれるんだよ」
『うってつけの人がいるじゃないですか』
『……まぁ良いか』
ギルド設立の紹介状がお礼なのは少し気に食わないけど。
たぶん、この街のどこかの宿屋に泊まってるはずだから、夜の内にフェルマーに頼んで探してもらおう。
『って事で、ディアボロスの斧伝いにあいつに伝言をお願いね』
『御意に』
「誰か知ってる人いないか?」
「いるわよ。スタインって人」
「そうだよな、いないよな……っているのかよ!しかもスタインって、あのスタイン・アルフォード!?」
戦珠持ちでギルド歴三十年のベテランだったらまぁ有名だろうな。
陽もすっかり昇った頃。
スタインに会うべく、彼が泊まっていた酒場兼宿屋に入る。
仲間達と談笑して待っていたスタインがこちらに気付くと、仲間達は空気を読んで席から離れていく。
「よぉ、昨日ぶりだな」
「そうね。夜の内に伝達がいってると思うんだけど」
「こいつから聞いてるぜ。ギルドをやりてぇんだって?」
こいつ、と言って戦珠を軽く叩きながら、スタインはにやにやとしながらアディアと私を見比べた。
あーもう、そういう方面じゃないんだけど。
「良いぜ、紹介状書いてやるよ」
「昨日のお礼はこれでいいわよ」
「そうか?だったらはりきって紹介しなきゃ、礼に合わねぇな」
「よろしくね」
スタインは近くにいたメンバーの一人に紙とペンを寄越すように言うと、すらすらとあの英語に似た文字を書いていく。
待っている間、喉の渇きを潤すべくウェイトレスに水を頼んで彼と同じ席にアディアと共に着く。
どうして紹介状が必要なのか。
それはひとえにギルドという存在がこの世界の生活に殆ど密着している事から成り立っている。
討伐ギルドから鍛冶ギルド、商人ギルド、果てには料理やら占いだとか、私と一哉君の世界にもいたように、それぞれの専門を商売に使っているギルドが多い。
言ってしまえば、そんだけあるなら新米野郎は元あるギルドに入ったほうが収入が安定されるという事だ。
同時に社会経験も積める辺り、何処となく会社と似てる。
ギルドを設立する人は、ある程度の社会経験を積んだ者が独立するか、若くして自ら道を切り拓きたくてっていうぐらいだろう。
そして、その紹介状をどうするのかと言うと、”王の玉魔”というギルドの管理をしているギルドに渡し、登録する際に紹介状を渡せば様々な特典がもらえる。
登録しなくても平気らしいけど、その場合は自分達から売り込みに行って仕事をもらわなきゃいけない。
この”王の玉魔”に頼めば仲介料として報酬金の二割は取られるがわざわざ売り込みにいかなくても仕事がもらえる。
とにかく仕事の幅を広がせたいが為に、ギルドはこぞって新米達を勧誘するんだと。
だからギルドに入りたいって思ってる人も、”王の玉魔”にギルド未所属として登録しておけばありがたーく簡単に就職につける。
良いよねぇ、元の世界じゃ就職氷河期なんて揶揄されて業種すら選んでる暇ないんだから。
ちなみに紹介状があれば優遇してもらえる内容は、それなりに力がある事を周りに示せて、ランクの高い依頼も受けられる事なんだと。
拠点地と言われるものは相当じゃないともらえないらしいけど。
「待たせたな。これがそのお礼だ」
「どうもありがとう」
「おうよ。これからのてめぇらの活躍を期待してるぜ」
白い封筒に入れられ、蝋で封のされた紹介状を手に席を立つ。
テーブルに空になったグラスとコインを置き、スタインに軽く挨拶してから宿屋から出た。
『紹介状の内容を確認し、妙な記載があったら言いなさい』
『御意に』
「じゃあ紹介状ももらったし、首都に行くか!」
「どうして?」
「ファネスの首都だったら”王の玉魔”の支部があるんだよ。そこで登録できる」
「この街にはないの?」
「管理するのも大変って事らしいぜ?まぁ良い訓練になるんだし、のんびり歩いていこうぜ」