2-非常事態宣言発動
俺は彼女の後をついていった。すると、彼女は校舎裏で立ち止まり、振り返ってきた。
「ここなら大丈夫そうね。」
「一体全体何なんだ?俺と君は今朝出会ったくらいの接点しかないはずだろう。」
「話したいことがあったから。」
こんなところに連れてくるということは他の人間にあまり聞かれたくないことなのだろう。俺は少々警戒せざるを得なかった。普通の奴ならば、告白などといったイベントを考えるだろう。しかし、俺と彼女は今朝あったばかりである。怪しさ爆発といった感じだ。脅迫なども考えられる。俺は十分に警戒しながら尋ねた。
「一体、何のようだ?」
彼女は突然顔を赤くしてブツブツと何やら呟き始めた。怪しい呪文でも唱えているのだろうか。呪いをかけられそうだ。
突如、彼女はガバッと顔を上げ、驚くべきことをのたまった。
「好きです。付き合ってください。」
「まあ待て。俺と君は今朝会ったばかりだ。誰かと勘違いしているのではないのか?」
俺は突然のことに頭が混乱した。コイツは一体何を言っているんだ?どこの世界にちょっと前に会ったことのある男に告白する女がいる?いや、存在するわけがない。そういうのは小説やゲームの世界だけだ。おそらくこれは、美人局の一種だろう。油断するものか。と、俺は決意した。
「冗談はやめてくれないか。心臓に悪い。」
「冗談じゃないんだけど。」
「いやいや、そこら辺に君の協力者が隠れていて、俺が本気になったところを嘲笑うつもりだろ。」
「そんなことないっ!本気。だから今日は一緒に帰ってくれない?」
「何故そうなるのか良く分からないが。まあ、共に帰るぐらいならいいが。」
「よかった。」
彼女は安堵したかの様にため息をついていた。
「なら、今すぐ帰るか。」
「そうね。」
何故か彼女の声は弾んでいるように聞こえた。気のせいかもしれないが。
そんな訳で俺達は一緒に帰ることとなった。
下校途中、彼女は色々と話しかけてきた。
「結局、返事はしてくれるの?」
「正直信じられなくてな。急に今日会ったばかりの奴にそういったことを言われても悪戯だとしか思えない。」
「いつも、そんな感じの口調と考え方なの?」
「仕方ない。昔からだ。」
「そう。でも、さっきのは本気だから、返事がほしいな。」
「いいぞ。」
「別にいい返事を期待してるわけじゃないんだけど。ってホントに?適当じゃなくて?」
「構わない。ただし、俺は……いや俺達は互いのことをよく知らないわけだ。実際のところ幻滅すると思うぞ。それでいいなら構わないが。」
「それでいいよ。ついでにハルの家にいっていい?」
またも彼女はわけのわからんことを言い始めた。俺の家には今妹しかいないはずだ。そんな状況下でできたばかりの彼女?を連れて行くのは非常にマズい。確実に妹が冷やかしてきてウザい。
俺が考え込んでいると、否定のポーズに見えたのか彼女の目が心なしかウルウルしている様に見える。女の子を泣かせるのは俺としても本意ではない。仕方ないので了承した。すると、彼女は目に見えて機嫌が良くなった。
「一つ注意しておくと、今家には妹しかいない。自分独自の世界観を持つようになる中二のだ。あまり相手にしないでくれるとありがたい。」
「わかったわ。」
彼女は聞いてるのだか聞いてないのかよくわからない感じで返事をしてきた。いや、多分聞いてないな、これは。
そんなこんなで我が家についた。いたって普通の民家である。特筆するようなことはない。ないったらない。(しつこく繰り返す。大事なことなので。)
「ただいま。」
「お邪魔します。」
彼女は控えめに小さな声でそう言った。
「おかえり~り~り~。」
妹は馬鹿丸出しの返事を返してきた。トテテっと玄関まで走ってくると、口を大きく開けて叫びやがった。
「兄ちゃんが女の子連れてきた~!!ありえない。これは幻覚かっ!!しかもものすごい美人だしっ!!」
相変わらず妹は馬鹿であった。
俺は嘆息して、彼女に馬鹿を紹介した。
「こいつは俺の妹の優奈だ。だが、気にせずバカと呼んでくれても構わない。」
「いくら妹とはいえ馬鹿はひどいんじゃない?」
「事実を述べただけだ。この馬鹿な小娘は無視するに限る。」
「兄ちゃん、いい加減彼女さんを紹介してくれない?」
俺が口を開こうとしたところ、彼女はそれを制止して、自己紹介を始めた。
「私は片桐沙紀よ。名前を呼んでくれて構わないわ。それにあなたもよ、ハル。あなたにも名前で呼んで欲しい。」
「わかった。とりあえず、何時までも玄関にいるわけにもいかないし、居間にでも行こうぜ。」
俺達は居間へと移動した。
「お茶でも入れてくるから。」
俺はそう言って居間をあとにした。茶を入れながら、考えることは彼女のことに他ならない。普通の人間が、一目惚れなどがあるにしても会ったその日に好きになった相手の家に来るなど常識的に考えて有り得ないことだ。何を狙っている?家には特に金目のものもないし、俺自身もそんなに価値があるわけではない。
とりあえず、お湯が沸いたようなので茶を入れていると、居間から話し声が聞こえてきた。不自然なことではないが、妙に盛り上がっている。俺は彼女と妹の分の湯飲みを持って行った。
そこでは、彼女と妹が異常に盛り上がったテンションで話していた。俺は話に入れず、手持無沙汰で座った。内容はどうやら俺のことに関してらしい。妹が俺の隠された過去を暴露しようとしたところで、奴の口を塞いだ。
「お前、余計な話ばかりするな。」
「えー。でも沙紀さんが聞きたがってるしぃ。いいじゃん別に。減るものじゃないし。」
「俺のプライドとかが減るからダメだ。」
全く油断も隙もあったもんじゃない。危険すぎるバカをどうしようか。
俺が真剣にバカの処刑方法を考えていると、
「夕食ウチで食べて行ってよ。」
と奴は彼女を夕食に誘った。
「じゃあ、お言葉に甘えて。ご相伴させてもらいます。」
マズイな。非常にマズイ。外堀を埋められている。それに、そろそろ母さんが帰宅する。このままだと、家族公認の上に冷やかされる。そんなことは俺の矜持にかけても許されるものではない。いい加減ご帰宅願おう。
すると、ガチャという音とともにただいまという今の俺には死刑宣告にしか聞こえない声が聞こえてきた。
「この美人さんは誰かしら。」
「兄ちゃんの彼女さんだって~。」
「ウチのハルごときにこんな綺麗な彼女ができるなんて世も末ねぇ~。」
「お母さん、沙紀さんに夕飯食べて行ってもらおうよ~。」
「いい案ね。いろいろ聞きたいこともあるし。」
母さんが恐ろしいことを言う。背筋が寒くなった。まだ春だし。
「片桐沙紀です。不束者ですが、よろしくお願いします。」
あいさつの仕方が違う!やめてくれ。俺はまだ心の準備ができてない。あいさつは魔法ではないが、重要なものなんだ。
「本当によくできた娘ね。うちのハルにはもったいないわ。」
それから、母さんは夕飯の準備を始め、彼女と妹は話始め、俺は一人孤独に夕飯まで待っていなくてはならなくなった。これが社会の不条理なのかと俺は自分の運命を受け入れるしかなくなった。
夕飯時も俺そっちのけで3人で話に花をさかせ、孤独を耐え忍ぶしかなかった。
夕飯も食べ終わり、俺は椅子から腰を浮かせ、
「家まで送ってやるよ。」
と彼女に提案してみた。
「よろしく頼むわ。」
彼女はそう言って、微笑んできた。少し俺が見惚れるくらい可愛かった。
俺達が家を出ると、夜空に月が輝いていた。
「何で、今朝会ったばかりの俺に告白してきたんだ?」
彼女は顔を赤くしながら答えた。
「髪についてたゴミをとってくれた時のあなたの悪戯っ子みたいな笑顔にひかれたのよ。」
「よくわからんが。まあいい。本気ってことでいいのか?」
「ええ。明日から迎えに来るから。」
「俺は明日学校で嫉妬に狂った男どもに狙われるのか。面倒だな。それと、お前「沙紀って名前で呼んで」わかった。沙紀は猫被ってるだろ。」
「そうね。人前では被るわ。」
「じゃあ何で俺と初めて会ったときは被ってなかったんだ?」
「不審者だと思ってたから。でも予想以上に面白いひとだった。それに、やっぱり素の自分が出せるっていうのは猫被りにとって重要ね。」
「そうかい。」
俺達はその後無言で歩き続けた。何故だかその沈黙は心地よかった。
とあるマンションの前で彼女は立ち止まると、
「ここが私の家。今日はどうもありがと。」
と言って、マンションに入っていった。
「じゃあな。」
俺は返事をして家に帰るのだった。
俺は帰る途中に明日からの身の振り方を考えなくてはならなくなったのはここだけの話だ。
とりあえず初日だけ連続投稿です。