第35話 炭鉱の崩落事故
ある日、公爵のもとへ、西の廃鉱山で大規模な滑落が起こったとの知らせが入った。
ユリウスは、その報せを聞いた瞬間、嫌な胸騒ぎを覚えた。フェンネルが屋敷から失踪して以来、毎日方々へ捜索を続けている。それでも手がかりはつかめなかった。
エルミールは「フェンネルは自分に愛想をつかした」と言っていた。
信じがたい話だが、実の妹がそう言う以上、私にも至らないところがあったのかもしれない――と、ユリウスは少しずつ思い始めている自分もいる。
フェンネルの居所を探すにあたり、手がかりとなりそうなものが一つだけ残されていた。
魔物討伐へ向かう前に、ユリウスが彼女へ渡した“お守りのペンダント”。それには魔力が込められており、身につけた者を災厄から守る役割を持つ。
同時に、その魔力をもってしても危険を払えなかったとき、第三者に危険を知らせる機能も備えていた。
ユリウスは胸元から、フェンネルに渡したものと対になっている同じペンダントを取り出した。
このお守りは二つで一対。主の身に危険が迫れば、もう片方の石が色を変えて知らせる仕組みだ。本来は乳白色だったこの石は、今や暗く濁り、重く沈んでいる。
――フェンネルに危険が迫っていることは明らかだった。
昨晩その色を目にしたとき、彼の胸には激しい衝撃が走った。
そして今朝。西の山で起こった廃鉱山の滑落。偶然とは思えない。膨らむ嫌な予感に駆られ、ユリウスは朝一番で廃鉱山へ向かった。
***
私は、かすかな物音で目を覚ました。
視界に映ったのは、見慣れた鉱山の石壁ではなく、天幕の張られた天井だった。身じろぎをして体を起こそうとすると、そばにいた救護員らしき女性が気づき、そっと支えてくれる。
(はて、どうして私はこんなところに寝そべっていたのだったかしら_。)
なんだか怪我をしているみたいだけれど_。倒れて意識を失う前の記憶がまだ曖昧だった。けれど、抱え起こされ、手当てを受けているうちに、徐々に記憶が戻ってくる。
――そう、私はあの日もいつものように岩盤の掘削作業に励んでいた。
でも、一緒に作業していた仲間達は日に日に疲労が見られていた。私自身も連日魔力を使っていたことで、次第に疲れが貯まっていたのを覚えている。
にも関わらず、その日奴隷頭が指示した岩盤は、これまでより格段に硬く、見たこともないほど頑丈だなものだった。
私は辞めるよう言ったのだけれど、しかし奴隷頭がどうしても掘れと言うので、仕方なく普段以上の魔力を込めて削ってしまったのだ。それが良くなかった。
岩窟が突然、大きな音を立てて崩れ始めた。おそらく、あの岩盤は周囲の地盤を支える重要な箇所だったのだろう。作業員たちは大急ぎで洞窟を抜けていった。
私も後を追ったけれど、最後の最後で瓦礫が崩れ落ち、行く手を塞がれ――そのまま気を失ってしまったようだった。
あのまま瓦礫の下敷きになっていたら、命はなかったかもしれない。助け出されたのは、本当に運が良かったとおもう。
(……みんなは、大丈夫だったのかしら。)
そう思って身を起こそうとすると、看護師の女性にやんわりと止められた。
確かに、思い返せばここ数日まともに食事も取れていなかったし、魔力は枯渇しかけていた。今もフラフラで意識がはっきりしない。
避難の際、私は一番後方から逃げていたのだから、他の作業員たちはきっと無事に避難できているはず――そう自分に言い聞かせて、素直に私は再びベッドに戻った。
考えてみれば今までは、ユリウス様や屋敷の人との暮らしは、時に気を使うことも多かった。
でも今は、私を気にかける人は誰もいない。そう思うとなんだか吹っ切れたような気がして
(……この際だし、いっそ自分の好きにしてしまおう。)
そう思って、私はもう一度ベッドに寝そべり、ゆっくりと休息を取ることにした。
***
ユリウスが鉱山に到着すると、あたりは物々しい緊張に包まれていた。
村で救護に当たっている者に話を聞くと、鉱山は瓦礫で完全に封鎖されたものの、幸い取り残された者はいないという。
避難した作業員の中には怪我人が何人かいたが、いずれも意識はあり、死者は出ていなかった。
そもそも封鎖されているはずの鉱山で、なぜ作業が行われていたのか――。
現地の警察が捜査を進めているところだが、避難した者の中に奴隷商人と思われる人物が紛れ込んでいたらしく、違法に奴隷を使役し作業させていた疑いが強いという。
そこまでの説明を聞いたあと、救護員はさらに続けた。
助け出された奴隷作業員の中に、場違いなほど若い娘が一人いたという。
薄汚れてはいたが、肌は白く、身なりの雰囲気も奴隷としてのものとは思えない。
また、長く洞窟の中にいたはずなのに、肉体に傷や消耗の痕跡は見られないようで、長期間の肉体労働に従事していたようには見えなかった、と。
他の作業員に話を聞くと、驚くべきことにどうやらその娘は“強力な異能”を持っており、ツルハシも道具も使わず、ほとんど一人で長い洞窟を掘り進めていたというのだ。
「にわかには信じがたい」と救護員は言った。
ユリウスはそれを聞いて胸騒ぎがした。
「その娘は、今どこにいるのだ。」
「はい、奥の天幕で休んでいます。大きな怪我はありませんが、体力を消耗しているので今は眠っているはずです。」
急いで奥の天幕を開くと、そこには薄汚れ、ボロボロの姿で眠るーーフェンネルがいた。
***
気持ちよく眠りこけていたのに、急に誰かからゆすり動かされて、私はむにゃむにゃと薄めを開けた。
寝ぼけながら目を開けると、なんだか見覚えのある顔がこちらを覗き込んでいる。こういった場面は、今まで何度かあった_。
なので最初は気にもとめずに、もう一度眠り直そうと布団をかぶったとき_私は事態の異常性に気づき始めた。
「ん? ユリウス様?
どうしてここに?」
私は眠気まじりに尋ねた。
「それはこちらのセリフだ。どうしてこんな山奥の廃坑にいる? 誰かに連れてこられたのか?」
「ああ、そうなんですよ。
数日前、屋敷の裏手で誘拐されて_。」
私は寝ぼけて気の抜けた返事をした。
ユリウスの顔から血の気が引いた。
「……それで、今までずっと強制労働をさせられていたということなのか?」
「はい、そうみたいですね。
でも、炭鉱での作業は悪くなかったんですよ。探窟作業は私の魔力とすごく相性が良くて、この作業では大活躍でした」
私はつい胸を張るように話してしまった。
「何を考えていたんだ。逃げようと思えば逃げられただろう。どうしてそこまで……?」
「それはーー自分も、何か手に職をつけなければって思ったんです」
そうすれば、いつか屋敷を出ることになっても、自立して生きていけるかもしれないし_。
すると、ユリウス様は途端に顔を曇らせた。
「そんな必要はないだろう。君は屋敷で、私のそばにいてくれるだけでいい。
仮にも私の婚約者である君が、どうしてそんなことをしなければならない。
……それとも、私に何か不満があるのか?」
エルミールに言われた件もあり、次第にユリウスの声音は沈んでいく。
私はだんだんと気がはっきりしてきた。
「いえ、とんでもありません。ユリウス様にはよくしていただいていますよ。でも……私、思ったんです。
今までは呪いのせいで人と接することが難しかったかもしれませんが……今は、あなたはもう呪いが解けました。
私は下級貴族ですし、だからこれからはユリウス様にもっとふさわしい人がたくさんいるはずとおもっったんです。」
「それが、君であってはならない理由があるのか?」
「いえ……でも、ユリウス様はそうしたいだろうと……。」
「フェンネル。君が本気で、自分がふさわしくないと思っているのなら、それは間違いだ。
確かに初対面では辛く当たってしまった。だが、君と過ごす中でそれが誤りだったとわかった。
今までの態度を謝る。……どこにも行かないでほしい。これは、我が儘な願いだろうか。」
真剣な眼差しで言われ、私は思わず困惑した。
「ユリウス様がそうおっしゃるなら……。
でも、本当に、私なんかでよろしいのですか?」
破壊することしか取り柄のない私を?半信半疑だった。答えの代わりに、ユリウスは私を抱きすくめた。
ここ数日働き詰めで薄汚れた私なのに、ためらいもせず。
(わわわ…。)
私はだんだんと状況を理解して、顔がほてって赤く染まっていくのを感じていた。
「さあ――早く屋敷に戻ろう。」
私は、以前と同じようにユリウス様に抱きかかえられて、救護の天幕を後にした。




