嘘すら見抜かれる
嘘を暴く方法ってのをメイドさんから聞いた事がある。
その時聞いたのは現在から過去に遡るように質問すれば、過去を作り出してしまうので、過去から現在に振り返らせるってやり方だ。
余程完璧に話を作っていないと、必ずどこかで齟齬が生まれる。
そしてそれを見せたら最後、お嬢様に俺が嘘をついていると確信させてしまう。
『だからアタシに嘘つこうとしても無駄なんだよ、バカゆうま』
藤川さんはやり方を教えるだけで、対策までは教えてくれなかったけれど……やるしかない。
完璧に過去を作り上げろ。
恐怖と威圧を与えるお嬢様。
だけど、怖いだけじゃない。
俺に見せてくれた大好きな声に時々見せる笑顔に、俺は心から惚れている。
少しだけ怒られたいって気持ちもある、彼女に嘘をつく事に後ろめたさがない訳じゃない。
それでもやはり、"俺の事で妹を巻き込む訳にはいかない"んだ。
目指すのは、お嬢様に妹が可哀想だと思ってもらう事!
「妹の話、ですか」
「はい、どんな話なのか気になります」
どう話すか。
いやどこから話すか……藤川さんから聞いた話がある以上、なるべく嘘はつかないように真実だけでいきたいんだが……。
「しかしずいぶんとまぁ……発育がよろしいようでしたね」
答えに困っていると、最初にお嬢様が口を開いた。
「発育……えっと、そうですね、驚きましたよ」
顎に指を置く彼女の容姿を例えるなら、綺麗かつ繊細な人形だ。
綺麗で華奢で、妹と比べるとか弱い印象を受ける。
別にスタイルの良さが女性の魅力の全てではない事は分かっているが、こんな話はしないが吉。
なるべく触れずに次の話題に……。
「……何を食べたらああなるのでしょうか」
「えっと、お嬢様?」
「私だって……うぅ……」
目の前の彼女は、自分の胸をペタペタと触っている。
嘘だろ、あのお嬢様が……こんなにも……。
「こんなにも健康に気を付けているのに! 何故この胸は成長しないのですか!」
人間らしい事を言っているなんて。
去年の五月からほぼ一年屋敷で働いてきたけれど、こんな彼女を見た事は一度たりともなかった。
今の彼女からはミステリアスで高貴な雰囲気が無くて、年頃の……いや実際よりも少し幼い少女のようになっている。
見ていて……ほほえましい。
「そう言われましても……男の俺には分からないです」
「毎晩シャワーの時に大きくなれ大きくなれと気持ちを込めて揉んでいるのにまったく大きくならないのです! ほら触ってみて下さいよ!」
お嬢様の手が俺の腕に伸びる。
予想よりも力強く引っ張られるが、男の俺の方が力としては上。
「待って下さい、触るわけにはいきません!」
「思えば貴方が食事を作るようになってから成長が止まったんです!」
「いやそれは関係ないですって! 俺はただ言われた通りに食事を作っていただけで」
シミ一つない綺麗なドレスの事なんてお構い無しに、お嬢様は床に座り込んでしまった。
未だ手を離してはくれず、なんと珍しい事に瞳に涙を浮かべ、空いている手で涙をぬぐっている。
なんとレアなお嬢様だろうか。
こう言っちゃうと変態ちっくだが、これまで見たお嬢様の中で一番かわいいかも。
「責任とって下さいよ! こんな体にした責任をとって下さい!」
「言い方が悪いです! あと声大きいです、こんなの誰かに聞かれたら俺の立場がヤバイことになりますって!」
「人の体を弄んで責任を取らない貴方が悪いんですよ!」
お嬢様の声が響く。
いくらこの厨房が離れているからって、流石にこの声で騒がれ続けたら人が来てしまう。
そして、来たのが誰であれ、泣いているお嬢様が俺を無責任男と呼んでいる以上、あらぬ誤解をされてもおかしくはない。
「落ち着いて下さい、お嬢様」
「責任をしっかりととるのですか?」
「その言い方をまず止めてくれませんか!?」
「うるさいと言うのなら、キスをして口を塞げばいいのではありませんか?」
出来るわけない!
いや、したいけど、出来ないって!
好きな女の子とキスとか、夢のような展開だけど、ここでしたら色々終わる。
それに……まだ恋人じゃないのにそんな事は……。
「妹さんには出来て、私には出来ないのですか!?」
「妹は家族です! お嬢様は……」
その瞬間だった。
泣いていたはずのお嬢様の瞳から涙が、感情が、すっと消え失せた。
まるで、精巧な仮面を外すかのように。
そこにあったのは、いつもの、俺がよく知っている、何も映さない、氷のような瞳があった。
俺の罪を見つけたと言わんばかりの、光のない瞳。
「ああ、実の妹とキス、したんですね」
それは、問いかけではなかった。
ただ冷たい事実だけが、静かな厨房に響き渡る。
「あっ……ち、違っ」
「"久しぶりの再会とはいえ兄妹ですよ、そんな関係にはなりません"……でしたっけ? なってるじゃないですか」
「これには事情があってですね……妹は」
「兄妹、家族と言うには離れて過ごしすぎた男女ですから、ええ分かりますよ、あの体は男性にとって魅力的ですよね」
俺の言葉を聞いてくれない。
話す言葉は途中で彼女に遮られてしまう。
「キスの次は"シ"たんですか?」
俺は自分が蜘蛛の巣にかかった蝶であることを、この時、ようやく悟った。
彼女の涙も、嫉妬も、可愛らしい我儘も、全てはこの一言を引き出すためだけの、完璧に仕組まれた罠だったのだ。
「貴方が、血の繋がった実の妹と、口づけを交わした、さらにその心配をした私に対して嘘までついた……ねぇ、もう貴方の発言は何も信用できないわ」
その通りだ。
言い逃れはできない。
俺の口からこぼれるのは、もはや意味をなさない、空気の音だけだった。
冷たい視線。
冷たい言葉。
厨房で暖かい料理を作っていたはずなのに、ここには暖かい物なんて何一つ無い。
「…………っ」
息を飲む音。
心臓が早まり、普段よりも煩く高鳴っている。
それらも聞こえるぐらいの静寂を……。
「安心しましたわ」
「……え?」
彼女が、思いがけない言葉で破った。
「貴方の事をバカ真面目な朴念仁だと思っていましたが、どうやらちゃんとオスだったみたいですね」
「それ、褒めてますか?」
「褒めてますよ? あ、でもこれだけ答えて下さい、それ次第で意味が変わってきますから」
お嬢様は手を離してくれた。
しかし、次は両手で俺の腕を引っ張った。
体勢が崩れる。
このままじゃお嬢様にのしかかるみたいになってしまう!
とっさに両手でお嬢様との衝突を回避したが……。
「こんな感じで、血の繋がりを感じながら楽しんだの?」
覆い被さるような姿勢になった俺の頭を彼女が撫でる。
頭から頬、そして首に流れていくが、首で止まった。
「俺は……」
「嘘をついたらわかりますからね」
彼女の両手が、俺の首を掴む。
少し力が入っていて、呼吸を妨げる。
ここで嘘をつけば、殺すといわんばかりの……そんな気迫がある。
この首輪の前では、嘘をつけない。
いや、つこうとは思わない、思えない。
だけど大丈夫、俺は何もしていないのだから。
キスしか、していない。
「……キスしか、してません」
お嬢様はじっと俺の顔を見てから、手を離した。
「そうですか……ねぇゆうま君」
お嬢様は笑っていない。
今は、表情と瞳が一致している。
そこに浮かぶのは……きっと、怒りだ。
こんな状況だけど、俺は少し嬉しかった。
だって、この状況で怒りなんて感情は、俺が妹とキスをしたから怒っている嫉妬に近い物だろうと、そう思っていた。
もしかしたらお嬢様も俺の事を……とか考えていたが。
「貴方は私の所有物でじょう? 何故勝手に穢されているの?」
嫉妬の怒りでは無かった。
彼女の怒りは、俺が勝手な事をしたという事に起因する。
そこには俺に対して何の感情もなく、ただの所有物としてしか見ていないという、残酷な告白だけがそこにあった。
「……ごめんなさい」
「でも大丈夫、汚れた手は洗えばいいだけです」
俺だけは、他のメイドや執事と違うと思っていた。
無駄話をしたり、一緒に遊んだり、同じ車で学校に行ったりと、特別だと心のどこかで思っていた。
だけど、違った。
俺の、ただの勘違いでしか無かった。




