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俺と妹の汚れた聖域  作者: ケイト


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お嫁さんごっこ



 家に帰ると、妹が机に突っ伏して眠っていた。

とても安心している寝顔で、彼女が虐待の結果人生を歪まされてしまった被害者だとは分からないだろう。

この笑顔は俺が作った物、勝ち取った物。

だが、それと同時に俺が歪んだ彼女をさらに歪めてしまった結果の笑顔でもある。

机には、彼女が作った卵焼きと白ご飯にラップがかけられていて、キッチンの小さな鍋からはかすかに柔らかくて家庭的な……味噌汁の匂いがしてくる。


 こんなにも家庭的で、普通の日常だというのに。

彼女の望んだ平和と、平穏がここにはあるというのに。

俺はこれから、これらを破壊しないといけないんだ。

お嬢様は……俺の恋人はそれが妹を救う唯一の方法だと言った、その理論や言葉には感情以外で反論しようがなかったし、俺もそれは理解している。


「……あれ、お兄ちゃん」


「ただいま、ゆうこ」


「おかえり、お兄ちゃん……ううん、パパ」


 彼女にとって俺はこれから運命を共にするパートナーであり、まだ見ぬ命の父親であり、義父から守る盾として見えているのかもしれない。


「ゆうこ、その事なんだけどさ」


「堕ろさないからね、絶対産むから」


 一度だけ。

決して許されない一度の過ち、大きすぎる過ちを犯した俺が言った所で説得力なんてないだろう。

だけど……俺はお前が大切なんだ。

幸せになって欲しいし、笑顔をもっと見ていたい。

だけどそれは、兄としてなんだ。

お前の隣に俺がいたら、お前は幸せにはなれない。


「とりあえず……ご飯、先に食べてもいいか?」


「うん、あっためるね」


 妹だってそれは分かっているだろう。

なぁ、お前にとって義父から逃げる事が一番大切なのは分かってるつもりだ。

だけど……これしか本当に無かったのか?

社会に反する行為と、倫理に反する子供を盾にするのは間違っているんじゃないのか?


「卵焼き、綺麗に焼けてるな」


「ありがと! それとね、お味噌汁も頑張ったんだよ、出汁も取ったし具沢山で、疲れたパパが喜んでくれるかなって思って作ったんだ」


「味噌汁は……教えてなかったよな」


「うん、パパにお前の味噌汁が毎日食べたいって、言って欲しかったから練習してたんだ」


「随分と古いプロポーズだな」


「でも定番だし、パパは鈍感だからわかりやすくしないと、伝わらないもん」


 湯気が立ち、いい匂いが部屋に広がっていく。

妹の作った味噌汁が机に運ばれてきて……俺は、最悪な事を思い浮かんでしまった。

小さくて重さなんてないレベルの、これから妹に飲ませないといけない薬を彼女の料理に混ぜて一緒に食べようと誘って飲ませようとか、彼女の料理と想いの全てをぶち壊すような……とても邪悪な事だ。


「卵焼きは冷たいままでも美味しいからそのまま食べてね……あ、ご飯あっためなきゃ」


「ご飯が無きゃ始まらないだろ、まったく」


「ごめんね、パパ」


 少し待ってから、俺の前には質素ながらも綺麗で、とても美味しそうな料理が並んだ。

卵焼きはとても綺麗に焼けていて、崩れていない。

俺が藤川さんに教えてもらった時はかなりボロボロにしてしまったが、妹はとても上手く作ったみたいだ。

味噌汁の具材も一口大に切られていて、具材も大根に豆腐に油揚げ……俺の好きな具材がふんだんに使われている。


「食べていいよ、パパ」


「……あっ、ああ」


「思い出すね、私が最初この部屋に連れてこられた時は逆だったよね?」


「逆?」


「うん、パパが食べていいって言うまで私はご飯を食べられなかった、そう育ったからそれが当たり前だと思ってたから……あの時のコーンスープ、とってもおいしかったよ」


 逆……そうか、そうだよな。

俺は今、あの時のお前と同じなのかもしれない。

これからお前がどう動くのか警戒して、本来自由に過ごせるはずの家族の家で何かに怯えている……お前はずっと、こんな気持ちだったのか?


「……いただきます」


 箸が重い。

重さなんて感じた事が無かったのに、まるでお前には食べる資格が無いと責められているように、握る右手に力を込めないと落としてしまいそうになる。

茶碗を持つ左手も同じく、普段よりもしっかりと持って、落とさないようにしないと……。


 柔らかな卵焼きに箸を入れ、それをさらに一口の大きさに切ってから口に運ぶ。

柔らかな出汁の香り、飯の友としての濃いめの味付けをしているであろう色合い。

そのどれも感じられない。

柔らかいのは分かる、ただ、まるで……子供の頃に誤って食べた粘土のような歯触りがあるだけだった。


「どう、おいしい?」


「ああ、最高においしいよ」


 味がわからないだけでこんなにも気持ち悪くなるのか……吐き出しそうだ。

こんなにも美味しそうな料理なのに、妹が笑顔で、頑張って作ってくれた努力の結晶なのに……。

だけど、耐えろ、飲み込め、それぐらいできるだろ。


『貴方の努力の結晶たるこの一皿、とても美味しかったですよ』


 料理は努力が簡単に味に反映される。

味は、努力の結晶なんだ。

なのに、俺には彼女の努力を感じとる事が出来ない。

俺には……その資格も無いって事なんだろうか。


「ね、パパ」


 味噌汁を啜り、それで口の中に散らばった卵焼きを流し込んでから妹に笑顔を見せた。


「ん、どうした?」


「私とパパは実の兄妹だから、きっと誰にも祝福してもらえないだろうけど、それでも……私はあの人から逃げられて幸せだよ」


 彼女はお腹を撫でながら、真っ黒な瞳と笑顔を見せる。

これはきっと、彼女の望んだ幸せじゃない。

ただ安全に生きる事、搾取されずに生きていく事ができる方法として、数ある地獄からこの比較的マシだと彼女が感じた地獄を選んだだけに過ぎない。


「……そっか」


 お前ぐらいの年の女の子の幸せは、きっとこんな暗くて重い物じゃない。

彼氏とか作って、青春して、勉強をして……それらに一喜一憂したり、勉強を教えてあげたり、お互いの恋人の相談をしたり……。

そんな普通の兄妹の日常こそが、幸せであるべきだった。


「約束どおり、私を守ってくれてありがとう、パパ!」


 そんな思考はもう無いのだろう。

忌まわしき男の洗脳が、幸せの基準すらねじ曲げている。


「俺はお前を守れてなんかないんだよ……兄として、妹のお前を守る事が出来なくて、お前を一人の女性として見てしまった弱い男なんだ」


「パパみたいな素敵な人が手を出してくれた、それは一人の女性としてとっても嬉しい事なんだよ?」


「兄妹でも、か?」


 俺の質問に、妹は少しの間をとってから。

深呼吸をして、まっすぐに俺を見る。

その真剣な表情を見て、気がつけば俺は茶碗と箸を置いて彼女の答えを待っていた。


「兄妹でも、お兄ちゃんとなら幸せになれるって信じてる」


 一言で良かった。

態度を見せるだけでもいい。

ためらいとか、暗い雰囲気を出すとかでも良かったんだ。

なのに、妹は笑顔を見せている。

これから先に、望まれぬ子供を産み俺と夫婦となって暮らす事が幸せだと、そう言っている。


「そうか……」


 後悔を、見せて欲しかった。


「うん! えっと、それでね……やってみたかった事があるの」


「やってみたかった事?」


「うん、すべての女の子の夢を叶えたいの」


 すべての女の子の夢……だって?

まったく思い付かない。

けれど……それが俺に出来る事なら……。


「私とお兄ちゃんがパパとママになったこの場所で、私を助けてくれたこの素敵な場所で……お兄ちゃんと結婚式をやってみたいの」


 俺に……どれだけの罪を背負えと言うんだ。

これから俺が、お前にする事はその幸せの最高潮の真逆の事なんだぞ?

それを……そんな……残酷な事を……。


「ここには誰もいないし、誓いの言葉は……こほん、さぁこっち来て、隣に立って!」


 彼女の手には、安物の赤色のハートのおもちゃがヘアゴムに付けられている簡易的な指輪が握られていて、それを受け取れと言わんばかりに差し出している。

これも酷く重く感じる指輪だが、それを受け取ると、妹は目を瞑った。


「私、山中ゆうこは追妹ゆうまを夫として受け入れます、富めるときも、病めるときも、たとえ兄妹だと言われたとしても……お兄ちゃんを愛すると誓います」


 妹の言葉はとても重くて、俺は……これ以上耐えられなかった。


卑怯でごめんなさい。

弱くてごめんなさい。

守れなくてごめんなさい。

守る為にあの時お前を拒否できなくてごめんなさい。

お前を抱いてしまってごめんなさい。

お前の幸せを奪ってしまってごめんなさい。

こんな方法でしかお前を救えない、哀れで愚かな俺なんかが兄でごめんなさい。


 ごめんなさい。


「……さ、お兄ちゃんの番だよ」


「ああ……目閉じてろ」


「ふふっ、はーい」


 ポケットに入れた錠剤を取り出して、口に含んでそれを噛む。

強烈な苦味と不快感が口の中に広がるが、これから妹が味わう苦しみよりも全然マシだろう。


「俺、追妹ゆうまは山中ゆうこを妻として……」


 喋る度に苦味が強くなっていく。

だけど、俺の言葉は止まらなかった。

ここから先は、俺の心からの本音を聞いて欲しい。


「これまで地獄で生きてきた君が笑顔で生活できるように、新しい幸せに向かって共に進む事を誓います」


 俺はきっと、お前に嫌われるだろう。

それでもいい、いいんだ。

それが君の本当の幸せに繋がるのなら……。


『忘れないで下さい、貴方にはこの神目あてらがついています』


 妹に嫌われてでも、ゆうこを幸せな日常につれていってやる。


「お兄ちゃん……ありがとう」


 差し出された左手の薬指に指輪をつけると、それはおもちゃとは思えない程綺麗に、残酷に光を放っていて、それをゆうこは笑顔で見つめていた。


「目閉じろ、ゆうこ」


「……はい」


 喜ぶ妹は目を閉じた。

俺は錠剤を細かく噛み砕き、それを飲まないように苦い唾液を口内にとどめ。

俺は彼女の期待に応える為に、彼女にキスをした。

妹に禁じた、兄妹でしてはいけない舌を絡めるようなキスは、簡単に俺の口内の薬を妹の口に移動させていく。


「お兄ちゃ……」


 苦味に気づいた妹が俺から離れようとするが、俺はそれを許さない。

甘くて柔らかいな妹の唇を求めるように、彼女を抱き締めて引き留めて。


「まだキスは終わってない、動くな」


 俺は彼女とキスを続けた。


 幸せで甘いキスなんて言葉はここには無い。

あるのは、苦味と罪にまみれた、最悪なキスしか残っていなかった。


 


 

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