英雄を待つ姫
もうそろそろ夏だと言うのに、やはり夜は肌寒い。
学校の制服と言うのはどうしてこんなにも生地が薄いのでょうか。
それはまぁ、いいでしょう。
だってこのゾクゾクは寒さが原因じゃないのだから。
ゆうまは私の愛を受け止めてくれた、少しやり方を変えるだけで私の言葉一つで……。
「こんな時間に呼び出すのは止めて下さい、お嬢様」
「藤川! 聞いてください、私やりましたよ!」
「うわ声でか」
「あう……すいません」
自分でも驚く程大きな声が出てしまいました。
いつも冷静にいろとお父様に何度言われても、この感情の高まりには勝てそうにありません。
表情に出さないようにはしていましたけれど……ゆうまの前で笑ったり怒ったり、気付かれてませんように。
「お嬢様、それで何故この時間にこんな場所に呼び出したんですか?」
藤川はあくびをしながら私の座るベンチにまだ一人座れる場所があるのを見て、そこ座ってさらに大きなあくびをして、とても眠そうに質問をしてきました。
座る瞬間に胸がゆさゆさと揺れて……優秀なのは分かりますが、腹が立ちますが、今はいいでしょう。
「あそこ、ゆうまの借りた部屋がありますよね」
「え? あー、本当だ」
スマホで位置を確認していますが、貴女はあんなにもゆうまを可愛がっていたのに部屋の場所も覚えてないのですか?
「ゆうまがあそこで、私のために頑張ると言ってくれたんです」
「頑張る?」
「彼は私の為に自分の罪を消して、自分の家族も救うと約束してくれたんです!」
私がそう教えてあげると、藤川はとても嫌そうな顔をしました。
お腹の中に子供がいるので、ポケットから取り出したタバコをもう一度しまって、子供が食べるような棒つきの飴を食べ始めています。
「ずいぶんかわいい物を食べるのですね」
「旦那が赤ちゃんでも食べられる飴だとか言って買ってきたんですがね、産まれてすぐにこんな飴食べられる訳がねぇってのに……」
旦那さんをバカにしながらも、彼女はとても嬉しそうに、幸せそうに笑っています。
「っと、んでゆうまが何をするってんだ?」
「私の愛が伝わったという事です!」
「いやわかんねぇよ……つーかゆうまはそもそも妹を抱いた変態だぞ、お嬢様はそんな男のどこがいいんだ?」
「そうですね……彼は努力家で何事にも一生懸命で、とても人間らしい所が素敵です」
「……そんな奴が、今何をしてんだ? また妹を抱いてんのかな」
「その逆です!」
「……逆だと?」
何故ここで驚くのですか?
私との付き合いはそこそこ長いのですから、こんな事で驚いていては困りますよ。
藤川は腕を組みながら、じっと何かを考えて、そしてハッと目を見開いてから私を見ました。
ようやく気付きましたか、遅すぎますよ。
「ゆうまが……妹を突き放しに行ったって事ですか?」
……気付いてませんね。
「いいえ、妹さんを救いに行きました」
「救う?」
「はい、私の為に妹さんを救ってくれるんです」
「意味がわからん」
「うーん、ゆうまが自分の妹を妊娠させたのは知ってますよね?」
「ハァ!?」
さっき私に言った言葉を藤川は忘れてしまったのでしょうか。
車通りの少ないこの場所では、貴女の声はとんでもなく響きます。
まったく、これがもうすぐ母親になる30手前の女性とは情けない。
「ちょ……マジですか」
「マジマジです」
「守るって言いながら孕ませるとか、どんだけクズなんだよ……やってる事義父と一緒、いやそれ以上じゃねぇか」
「それは私も思いましたよ、でもゆうまはそこから改心してくれたんです」
「事後にそんな事言われてもなぁ……ここまできたら改心って、責任を取るとか?」
「そんな事をされたら私の物じゃなくなるじゃないですか!」
藤川はとても困った顔をしていますね。
まるで私が何を言っているのか分からないといった顔ですが、本当に気付いていないのでしょうか。
あんなにもまっすぐに私の愛を受け止めてくれる素敵な人を他人にあげる訳が無いと、少し考えれば分かるはずでしょう?
「その状況から妹を守るって……どういう事です?」
「彼は自らの罪を消しにに行ったと言いましたよね? そういう事ですよ」
私の言っている言葉の意味がようやく伝わったのか、彼女は立ち上がって私を何か化物を見るような目で見ています。
そこには軽蔑と恐怖が見とれますが、何故こんな感情を向けられないといけないのかまったく分かりません。
「あんたが……ゆうまに命令したのか」
「命令? 私が? そんな事するはずがありません」
ゆうまは特別です。
彼だけは、私が命令せずとも私の意思に従ってくれる。
彼だけは、私の物でいようと努力してくれる。
彼だけは……。
「私の愛を受け止めてくれるあの人には、そんな命令は必要ありませんよ」
「あのなお嬢様、ゆうまがお前の事を好きだったのは事実だが……少しでもゆうまの事が好きなら……」
好き……ですか。
「私が一度でも、ゆうまが好きなんて言いましたか?」
「何を言って……」
「私はゆうまに私の物になって欲しいとお願いをしました、私がゆうまの特別だと確認もしました、彼は私の事が好きかもしれませんが……私は好きだなんて、一言も言ってませんよ?」
「……化け物」
藤川は口から飴を落として、一言だけ言葉を放ちました。
それは彼女の本心なのでしょう、その後すぐに口を閉じて頭を下げています。
どうしてこう、分かりやすいのでしょうか。
「彼は妹さんの未来を救い、自らの罪を無かった物にして、私の元に帰ってきます」
「……そう、ですか」
「好きという感情を彼に抱いた事は一度もありませんが、私の愛を受け止めてくれる彼をこれからも愛したい、これが好きだというならそうですね……私はゆうまが好きなのかもしれませんね」
「お嬢様の愛は支配する事だけを指してる、それは好きなんかじゃありませんよ」
あら、そうでしたか。
「なら彼の前では、好きだという事にしておきましょう」
「そんなゆうまが惨めな思いをするような事は止めてあげて下さい……まだ間に合います、壊れてしまったこの状況でも……」
「自分の身勝手で妹を孕ませ、私の為にその事実を無くそうとするのですよ? ここで好きじゃないと告げる方が惨めな思いをするとは思いませんか?」
彼女も納得してくれたのか、黙ってまた座りましたね。
はぁ、今頃ゆうまはどうしているのでしょうか。
私の言葉を、愛を信じて胎児を殺す事を正当化して素早く薬を飲ませるのでしょうか。
それとも、まだ葛藤があるのでしょうか。
辛い思いをした彼にはご褒美をあげないといけませんよね?
「ねぇ、藤川」
「……なんですか、お嬢様」
こんなにも素晴らしい状況なのに、残念ながらこれに対応する同人誌を知りません。
ゆうまに私の物になって欲しいとお願いしたあの体育館での告白や、この制服を来て夜中にデートをするといった物は全て同人誌から模倣できましたが、どれだけ記憶を遡ってもそれらしい物は何一つありませんね。
「こんな時、ゆうまが帰ってきたらどんな言葉をかけてあげればいいのでしょうか」
藤川はもう一本飴を取り出して、一切私を見ず空を見て。
「ごめんなさい、じゃないですか?」
あり得ない提案をしてきました。
無論却下です、認められません。
そんな言葉は彼にふさわしくない。
「いいえ、それはダメです」
「お嬢様がやってる事はあいつを唆してるだけですよ」
「唆すなんて……私はただ、彼が帰ってくるのをここで待つ……お姫様のような存在です」
そうです!
彼は魔王を倒しに行った勇者様で、私はそんな勇者様を待つお姫様。
これが当てはめられますね、よし。
「私の勇者様、私の為に魔王を滅ぼしてくれてありがとう」
「……何を言ってるんですか?」
「ゆうまが帰ってきた時の練習ですよ、さあ付き合って下さい、どれがいいかしっかり選んで下さいね!」
嫌がる藤川の前に立ち、私は脳内にあるシチュエーションからこれに適した物を探しました。
残念な事に数は多くなくて、もうすこし読書の幅を広げようと後悔しつつ、その一つを真似てみせます。
「貴方に対する私の愛と、私に対する貴方の愛が、あの悪に勝ったのですね……私の英雄様、おかえりなさい!」




