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俺と妹の汚れた聖域  作者: ケイト


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20/29

貴女を信じてる



 お嬢様との関係が使用人と雇用主という普通から、特別に変わってからの日常は、予想よりも"普通"のままだった。

いつも通りに食事を作り、"以前の味に戻りましたね"と褒められて、少し無駄話をして……何も変わらない。

変わらないけれど、それが楽しかった。


「お嬢様」


「どうしましたか?」


「……呼んでみただけ、です」


 だけど、本当に少しだけ。


「貴方はずいぶん乙女のような……いえ、何でもありません」


 お嬢様との距離が近づいたような気がする。

相変わらず彼女は笑顔を作るが、瞳は笑っていない。

楽しいのは俺だけかもしれないけれど、俺は彼女の特別だと思うだけで、どんな彼女でも愛おしく見えてくる。

だけど、ただ一つ。


「ところで、妹さんの事ですが……」


 彼女の俺を見る目が、時々何かを探ろうとしている物に変わる事だけは、全くもって慣れやしない。

普段は幸せでいられるけれど、彼女から妹の話になる度に"俺の罪"を知っているのではないかと恐怖に襲われる。

最初こそ、黙っていればバレようが無いと。

妹も俺を脅しはしたが、今の安定した彼女と暮らす生活を続けるのなら何も言わないからと自分に言い聞かせて落ち着かせてきた。


 だが、罪人の俺も人間だ。

嘘をついて、恋人を騙し続ける事がとてもつらくて、心を締め付けてくるようになってきた。

誰かに話して過去が変わる訳じゃない。

言えば、確実に現実に対して悪影響があるだろう。


「お嬢様、今の目の前にいるのは俺ですよ」


「そうですね……では話を変えましょう、最近は……」


 だけど、この罪はあまりに重い、重すぎる。

社会に反し、法に反し、それでいて恋人を欺き続けるなんて俺の小さなハートじゃ耐えられる訳がない。

こんな生活を続けていれば、いつか必ず……破滅する。


「お帰りなさい、お兄ちゃん」


「……ただいま」


「はい、おかえりなさいのキスね」


 俺は妹を守ると誓った。

普通の日常を、失われた兄妹としての生活を取り戻すと決めた。

その為に努力をして、今妹と暮らしている。

全て自分で望んだ事だ、それは分かってる。


「お兄ちゃん今日も遅かったね」


「……ああ、ちょっと明日の朝食の仕込みが終わらなくてな」


 嘘だ。

仕込みなんてすぐに終わっている。

最初喜んで見ていた彼女の笑顔は、今じゃ俺を苦しめている。

唇にされるキスも慣れてしまった。

真っ黒な瞳の妹が、また俺を脅さないかとか、お嬢様に密告しないかとか。

俺は、妹を恐れている。


「そっか、お疲れ様! ところで……じゃーん! お兄ちゃんの為に私がご飯作ってみたの、どうかな?」


 形の崩れたオムライス。

そこにはケチャップが規則的に、それでいて飾りとしては不合格な形でかけられている。

お嬢様に出す物としては論外だが、家庭で食べるならこれで十分だろう。


「上手くなったな」


「えへへ、あ……一応レシピ通りにやったから大丈夫だと思うけど、味付けちょっと不安かも」


「レシピ通りに作ったんなら大丈夫だよ、料理初心者こそレシピに忠実に作るべし、変なアレンジは後でいい……藤川さんの教えだけど、ちゃんとお前も守っててえらいぞ」


 すり寄ってくる妹の頭を撫でて、出されたオムライスを食べる。

味付けが不安と言っていたが、味見をすればいいのに。

まぁ確かに少し濃いけれど、卵と一緒に口に入れればちょうどいいぐらいだろう。

俺が家に帰るまで、公園や屋敷で時間を潰さずに仕事をして疲労していたのなら、ちょうどいい濃さかもしれない。


「おいしいよ、ゆうこ」


「よかった! えへへ、お兄ちゃんに認めて貰えるなら私も一人前の料理人だね」


 右手でブイサインを作って喜ぶ彼女は以前よりも明るくて、昔の彼女らしく回復しつつある。


「……見られてると、食べにくいんだけど」


「お兄ちゃんが私の作った物を食べてくれてるのが嬉しいの! 私を守ってくれる人が、私で喜んでくれてるんだもん!」


 でも、根本的な所は何も変わっていない。

警察や公的機関に義父の事を通報しようとも考えたが、忌むべき男と同じ事をしてしまった俺が通報なんて出来るわけがない。

妹の為を思うなら動くべきなのに。

俺が一線を越えた事を、もしかしたら警察が疑うかもしれない。

妹が言ってしまうかもしれない。

疑うべきじゃない家族すら、今の俺には恐怖の対象として写っていて……俺は断罪されない為、追及されない為にやるべき行動ができずにいる。


「守る……か」


「うん!」


「頑張るよ、ゆうこ」


「ありがと……ふぁ……あ、ごめんね、最近やたら眠くて……もう寝るね、喜ぶ顔が見られてよかったよ」


 最近寝るのが早いが、正直それにはとても助けられている。

寝てくれれば、俺が脅される事は無いからな。


 しかしまぁ、我ながら何と小さく、弱いハートだろうか。

明日は藤川さんの退院日、彼女に会う事だけを楽しみにしている。

お嬢様のように、欺かなくていい。

妹のように、恐怖しなくていい。

純粋な俺として接する事ができる唯一の人だから……とても楽しみだ。


「藤川さん!」


「……お前か」


 次の日の朝。

俺は藤川さんの入院していた病院に向かった。

腕のヒビはあまり問題では無いらしいが、お腹の中の子供の事があるので、正確な精密検査を彼女が望んだ結果、今日まで長引いたらしい。

病室でギプスを腕につけたまま、藤川さんは俺を一瞬だけ見てから視線を窓の外に向けた。


「今日で退院ですよね」


「ああ……アタシが居ない間もお嬢様当番してくれてたんだろ? ありがとな」


「困ったときは助け合いですから!」


 ああ、やっぱりカッコいいなぁ。


「助け合い……なぁ、お嬢様から聞いたけどよ、お前はお嬢様の物になったんだよな?」


「え……あ、知ってたんですか?」


「お嬢様から連絡きてたからな」


 お嬢様からそんな連絡が来てたのか?

……もしかしてアレかな。

嬉しくて誰かに共有したかったとか……?

もしそうなら、さらに彼女の可愛い一面を知ったかもしれない。


「お前、何かお嬢様に隠してんだろ」


「……へ?」


「お嬢様……お前から見たら彼女になるのか……まぁその、彼女じゃなくて、それはアタシにも話せない事か?」


「ちょ、ちょっと待って下さい! 俺は何も隠してなんか……」


 お嬢様に見抜かれていた?

いや落ち着け、まだ核心には触れてない。

仮に見抜かれていたとしても、藤川さんに相談していたのはおそらく、俺が何かを隠しているというとても不明瞭な物だけだ。

じゃなきゃ、あの人は最初から急所をナイフで刺すはず。


「お嬢様と何があったかは知らねぇし、興味もねぇ、でもさ、恋人だって思ってんなら隠し事はやめろ」


「隠し事とか……何もありませんよ」


「……お前さ、恋人に嘘つかれるのって、思ってるよりもキツイんだぞ? お嬢様の気持ちは考えた事あんのか?」


 分かってる。

そんな事は分かってる。

でも言えないんです。

言えば、俺やお嬢様、妹も不幸になる。

言えば楽になるけれど。

この重すぎる罪から、解放されるかもしれないけれど……。


「俺は……」


「お嬢様に話しにくい事なら、アタシにだけ話せ」


「藤川さんにだけ……ですか?」


「何故隠してるのか知らねぇけど、秘密は守るし、解決できる事なら一緒に解決策を見つけてやる」


 とても甘い言葉だ。

優しくて強い、それでいて俺の姉のような、母のような彼女の言葉には本当にどうにかしてくれるんじゃないかって気持ちが沸き上がる程の、強烈な甘さがある。


「お嬢様には秘密、ですよね」


「……ああ、約束する」


 一瞬だけ藤川さん腰かけるベッドの方を見てから、俺の大好きな笑顔を見せてくれた。

藤川さんが俺を裏切った事は一度も無い。

彼女は数えれない程俺を助けてくれた。

俺のせいでケガをして、子供の命に関わる事で苦しんでいたかもしれないのに、嫌な顔一つせずに手を差し伸べてくれている。


「アタシを信じろ、お前が恋人に嘘をつき続けているのなら、その状況を一緒に変えよう」


 彼女になら、俺の罪を話してもいい。

罪を犯すしかなかった状況を理解してくれる。

お嬢様にも、妹にも正面から向かい合えずにいるこの状況でも何か助け船を出してくれる。

彼女はその信頼を、これまでの行動で見せてきた。

だから。


「俺は……妹と、越えてはいけない男女の一線を越えてしまったんです」


 彼女を、信じたい。

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