模倣の乙女
目の前の美少女、神目あてらには可愛いと言うより、美しいという表現がよく似合う。
そんな彼女が、普段では絶対に見せないような姿を見せている。
それに気付いているのは俺だけじゃない。
俺達を取り囲む人の壁の視線が、神目さんに向けられているのが何よりの証拠だが……。
「自分でこんな舞台を用意したのに……緊張してしまいますね」
まるで別世界の彼女を連れてきたかのような、ただの美少女がここにいる。
男子はお嬢様の新たな一面を見て驚き、女子はお嬢様を見てから何かを見守るように、一言も話さずに視線を俺に向けてくる。
俺はあの人間性希薄なお嬢様の元で働いていたんだ、雰囲気や人の目で感情を読み取る事には慣れている。
だからこそ、あり得ない状況だと理解している。
無駄な期待はしていないつもりだが……。
彼女は、これまで見た中で最も好意的な目をしていた。
この空気感、明らかな乙女のような雰囲気、それに。
『一人の女性として、俺へ想いを伝えたい』
あのセリフが、全てを決定的にした。
心臓が高鳴る。
これまでの恐怖ではなく、久々にマトモな感情によってドキドキしている。
自分でも驚くぐらい、理性に反して感情がこれから先に起こるかもしれない事を期待してしまっているのだろう。
「ゆうま君」
「えっ……は、はい」
「ウフフ……よかった、緊張しているのは私だけじゃないみたい」
神目さんが一歩俺に近づいてから、少しだけ地面を見た。
モジモジと手遊びをして、ゆっくりと俺の顔を見て。
軽い深呼吸をしてすぐに、口を開いた。
「出会った頃は、貴方の事なんてなんとも思っていなかったのを覚えています、ただ少しだけ他の人とは違って、可愛そうな運命を歩んでいただけの人でしかありませんでした」
また一歩、近づいてきた。
お嬢様は一体何を考えているんだと、普段なら距離を取るけれど、今はとてもそんな行動はできない。
と言うよりも、したくない。
だって、俺はお嬢様が好きだから。
断罪なのではないかと思っていたけれど、こんな明らかに"告白"をするような空気感と場所を作り出した彼女に期待するなと言う方が無理な話だろう。
「だけど貴方は普通じゃなかった、何度不味いと言っても、持ってきた料理を床に捨てても不貞腐れず、ひたむきに努力を続けて……私の屋敷一番の料理人になりました」
「……ありがとうございます」
「くだらない話や買い物、とにかくワガママな私に貴方は付き合ってくれましたよね? 例えそれが仕事だとしても、隣で笑ってくれている貴方と過ごすのが、いつしか私の楽しみになっていました」
くだらない話は確かにした。
お嬢様の秘蔵の同人誌を大量に読まされて、どれが一番エロかったかとか、このヒロインは笑顔よりも泣いている方がいいと思わないかとか、同感できない事を強要されたりと、思い返せばどれも本当にくだらないな。
「いつだったか覚えていませんが、貴方に料理を教える藤川が羨ましく感じ始めて……こんな感情は初めてで、わからなくて、藤川に聞いたらこれは恋だと、そう言われました」
藤川さん……もっとそれをちゃんと言って欲しかった。
"俺はお嬢様の特別だ"なんて遠回しな言い方じゃなくて、お嬢様が俺を異性として好きなんだって言ってさえくれれば……。
いや、むしろ聞いてたら仕事どころじゃ無くなってたか?
「何度もこの気持ちに抗おうとしました、でも、胸が苦しくて、それでも頑張って耐えてました! なのに……貴方は、私の屋敷から出て行きました」
「それは妹と暮らすためです、お嬢様……いや、神目さんにも前から説明していたではありませんか」
「まるで私よりも妹さんの方が大事だと言われているような気がしたんです! 血の繋がった兄妹に嫉妬するなんて醜いと思いますが、私は貴方の妹さんが羨ましくて仕方なかった!」
妹が、羨ましい?
妹って言葉が聞こえた途端、いままでのふわふわとした幸せな予想と思考がどこかに消えていくのがわかる。
この人の壁の中にいる妹に目を向けると、彼女はさっきと変わらずに俺を笑顔で見ていた。
さらに俺の視線に気づいたのか、口を開いて……何かを伝えようとしている。
何を言おうとしてるんだ、一体……。
「貴方が私から離れていく、それが耐えられなくて……でも家族に嫉妬するあわれな女だと思われたくなくて……どうすればいいのか分からなかったんです」
妹は、口を何度も開いた。
そして、言おうとしている言葉が徐々に見えてくる。
『がんばれ』
妹も、応援してくれている。
こんな素敵なシチュエーションで、これ先に放たれる言葉を受け止めない男はいない。
そしてついに、時がきた。
「貴方は私の物じゃなきゃ、嫌なんです!」
変わった、まるで同人誌のセリフのような告白だった。
周囲からも細かく高い歓声があがる。
なんて神目さんらしいセリフなんだろうか。
なんて愛しい人なんだろうか。
俺の想いを知っていたのかはわからないけれど、どんな形であれ両想いだったのは……最高に嬉しい。
「どうか、私の物になって下さい」
まっすぐと俺を見る彼女に向かって、俺は一歩進み。
「はい、神目さん」
堂々とした返事をしてみせた。
「ありがとうございます、ゆうま君!」
人の壁から声があがる。
さっきとは違い、ガヤガヤと煩いぐらいの大きさだ。
神目さんは女子に囲まれて祝福をされていて、俺は男子から……あー、何て言えばいいのか、少なくとも祝福はされてなさそうだ。
僻みや嫉妬のこもった視線に晒されるが、だからどうしたと言うのか。
お前達は神目さんに近付こうともしなかった、だけど俺はしたんだ。
これは努力の結果……ん?
「おめでとう、お兄ちゃん!」
「ゆうこ……ありがとな」
妹がパチパチと芝居がかった様子で、拍手をしながら近づいてきた。
彼女も周囲の女子と同じように、笑顔になりながら祝福をしてくれている。
これはきっと、初めてやってきた普通の高校生としての幸せなのかもしれない。
妹を取り戻して、憧れの人が彼女になった。
夢でも見ているのか?
もしそうなら、覚めないでくれよ?
「これでお兄ちゃんも彼女持ちだね! うぅ……お兄ちゃんに捨てられちゃう」
「彼女持ちって、お前なぁ……お前は大切な家族なんだから、捨てるとかそんなの無いって言ったろ?」
「えへへ、お兄ちゃんに祝福のギューしちゃお!」
「ちょ、お前なぁ……」
誰もが明るくなっている。
この場所には祝いや前向きな発言に満ちている。
だけど、俺に抱きついた妹だけは違った。
彼女は力強く胸を押し付けて。
「付き合ってもいいけど、私を捨てようとしたら嫌だからね」
「しないって……信じろ」
「信じてるよ、だってさ……私と"シ"た事を恋人にバラされたら困るもんね」
今この時だけは忘れていた罪を呼び戻し、妹が彼女になったお嬢様に密告するかもしれないという新たな恐怖に襲われる事になった。
「お前……やめてくれ、それだけは……」
言えるわけがない。
言わせる訳にはいかない。
これまでの関係性でも、妹と一線を越えた事は言えなかった。
だって、それは罪だから。
だが今の関係性では、そこにお嬢様への裏切りという新たな罪すら産まれてしまう。
「なら、捨てないでね」
人の見ている中で、妹は俺の頬にキスをした。
本当に一瞬、触れただけのキスだったけど、俺は見逃さなかった。
お嬢様が、俺と妹を見ていたんだ。
恐怖で足が竦む。
妹は笑顔で祝福をする。
「私の物にあまり触らないでもらいたいのですが」
お嬢様が俺と妹の間に立って、妹から引き離してくれる。
彼女はとても苛立っているみたいで、普段はやらないはずの舌打ちをしながら、妹の肩を押した。
「この人は、すでに私の物です」
右手に小さくて少し冷たい手があたり、握られる。
お嬢様の手はとても柔らかくて、本当に人形のように小さくて、冷たい。
まるで俺はお嬢様の物だから手を出すなと威嚇するような行動だが、妹はまったく動じない。
むしろ、ニコニコと笑顔を増幅させて。
「神目さん、お兄ちゃんをよろしくお願いしますね」
そう言ってから、体育館から出ていった。
いきなりバラされるのではないかと怯えていたが……とりあえず、助かった……。
「妹がすいませ……神目さん?」
「……チッ……まだ……やっぱり…….」
お嬢様は俺を見ていない。
まるで、見せつける為の舞台が終わった後のように、俺への興味を失っているような気さえする。
よく聞き取れないけれど、何か呟いていて……何を言っているんだろう。
だけど、もうそれらは問題じゃない。
妹の事は何一つ解決してないけれど。
「神目さん、俺、幸せです」
「そうですか、よかったですね」
俺は、お嬢様の特別なのだから。




