君を守る為に
お嬢様は美しいけれど、やはり人間として必要な物がいくつか欠けている。
これは俺だけじゃなくて、お嬢様のお父様も同じ事で悩んでいた事だからそれは間違いないだろう。
普通じゃない彼女だからこそ、俺にはそれがとても魅力的に感じていていた。
それは今も変わらないんだけど……ハァ。
まさかあんなにも歪んでいるとは思わなかった。
「……いい方に考えれば、お嬢様はヤンデレ属性って事か?」
いい事かどうか分からないけれど、うん、まぁアレだ。
『プリンアラモードをありがとうございました、とても美味しかったですが、フルーツを切って盛り付けただけの物はスイーツとは……まぁ今回は美味しかったので許しますが、次はちゃんとした物を作って下さいね』
スマホには、お嬢様からのメッセージが映っている。色々な言葉が並べられているけれど、彼女はプリンアラモードを美味しかったと言ってくれている。
とりあえず目標は達成できたんだ。
ただ……藤川さんとお嬢様の話し合いか、何を話すんだろう。
それに、彼女の声は確実に震えていたんだ。
「本当に……何があるんだ?」
屋敷を出た後で、俺は公園に向かって一人で色々な事を考えた。
お嬢様から見たら俺は妹を支配している事や、妹は歪な支配をされる事で安心している現状、藤川さんのケガや話し合いの事。
一人で考えても答えなんて見つからないし、そもそも分かったからと言って俺にどうにか出来る事じゃないだろうけど……気になる。
「藤川さんはメッセージ見てくれないから何も分からないし……ハァ」
日は完全に落ち、スマホ片手に公園で色々な考え事をしているがまったく何も浮かばない。
浮かんだとしても荒唐無稽な……お嬢様が藤川さんに、俺にちゃんと特別だと言えと指示していて、それを実行したかどうかを確認していた。
とかのほぼ妄想のような物ばかり。
ってか……あ!
『午後六時には帰るから、夜に食べたい物とかあるか?』
今はもう午後七時。
帰ると言った時間よりも一時間も遅れてしまっている。
連絡を……ダメだ、アイツはスマホを持ってない。
とりあえず帰らねぇと、心配させちまうし腹も空かせてるだろうし……。
冷蔵庫に何もないから、後でアイツと一緒に買い物に行くか。
焦ってはいたが、俺は事態を甘く見ていた。
もちろん帰る時間の約束を破っていたから、申し訳ない気持ちもあったし、急いで帰らないといけないとは思っていたけれど、怒られる覚悟と、しっかりとした謝罪をすればいいと思っていたんだ。
「遅れた、ごめん!」
走って家に帰ると、妹はまだ布団にいた。
横になってはいるが寝てはいないみたいで、俺の声に反応してゆっくりと上半身が起き上がる。
「……ッ!?」
「おかえり、お兄ちゃん」
そうだった、俺が屋敷に向かう時、アイツは服を全部脱いでいた。
そして今も、服を着ていない。
静かな空間、電気が点いていない部屋の中。
窓から差す自然な光が、妹の体を綺麗に飾っている。
まるで体についた傷さえも、アクセサリーにしているような、神秘的な美しさがある。
「どうしたの?」
「お前服着ろって! その……胸見えてるから」
藤川さんよりも大きな胸の全てが、玄関にいる俺の視界に入っていて、少ししてから目を伏せたが、あの光景がずっと脳内でループされる。
綺麗で、それでいて……俺の理性が制御しようとしても、今回は本能がそれを強く否定する。
彼女は妹であると同時に、とても魅力的な"メス"だった。
「見なくていいの?」
「ちょ……それはマズいって」
「何で?」
「見えてるんだって!」
「ふーん……お兄ちゃんは私を妹として大切だって、言ってくれたよね?」
一瞬だけ、ギシッと嫌な音がした。
見なくていいと自分に言い聞かせようとしても、その音が何なのかを確認するためだという建前を本能が押し通す。
もはや、今俺をギリギリ兄として保っているのは、意識のみとなってしまった。
大丈夫、手を出さなきゃ大丈夫。
だから……少しだけ。
「ああ、そうだ」
まるで俺の心を読んだかのように、彼女は一糸纏わぬ 姿を見せていた。
"オス"を誘惑する為だけに成長した体。
そう成長せねばならない環境にいた証拠たるあの体。
不幸な日常を物語ると同時に、内なる獣はアレが見たいと言って視界におさめようとしている。
「お兄ちゃんなら、妹の裸なんて別に気にしないでしょ?」
「それは……」
見ないでくれ。
こんな、お前を"メス"として見ている俺を見ないでくれ。
どうか、そんな嬉しそうな笑顔を見せないでくれ。
「私、嬉しい」
妹は俺に近づいてくる。
嫌ならば、後ろの玄関を開けて逃げる事もできるはずなのに、俺はそれをしなかった。
むしろ、どんどん近くなる彼女にドキドキしている。
「何が嬉しいんだ」
「だって、もう妹として見てないでしょ?」
「違う! 俺は兄でお前は妹だ!」
「ならそれでもいいけど、お兄ちゃんもちゃんと私を女として見てくれてるもん、それが嬉しいの」
彼女は俺の目の前に来た。
もはや視界のほぼ全てに、彼女がいる。
手を伸ばせば、触れる事が出来る距離に、目の前にいる。
「……俺は兄で、お前は妹だから」
「私はね、怖かったんだ」
「怖いって、俺がか?」
「うん、だって私の体を使おうとしないし殴ろうともしないもん、おかしいよ」
抱き締められた。
柔らかな感触と、脳を刺激する甘くてクラクラする匂い、そして暖かな体温が伝わってくる。
それら全てが、俺の獣を成長させる。
やめてくれ、これ以上……これ以上は……。
「それが普通なんだ、だから」
「でもそれは私の普通じゃないの、でも我慢したよ? キスと膝枕ってささやかなお礼でお兄ちゃんが満足するって言ったから、それを信じてたの」
妹は……泣いていた。
俺の伏せた顔の目の前で、見ろといわんばかりに少し移動して、涙を流しながら、見開いた目で俺を見ている。
そこにはさっきの神秘的な物はなくて、底知れぬ黒色が広がっている。
「このままいれば、私はあの地獄に戻らなくていい、お兄ちゃんと暮らしていれば私は普通に暮らせるって思ってたのに……お兄ちゃんは私よりも他の女の所に行って、約束を破った」
「それは悪かった、言い訳は出来ないし……ごめん」
「今はこの部屋に居られるけど、お兄ちゃんが彼女を作ったら? 今は守るって言ってくれてるけど、私よりも大切な人が現れたら? どう考えても、私が捨てられる答えしか浮かばなかったの」
「捨てないし彼女とかそんな人いないって」
「今は、でしょ? 藤川さんに神目さん、とても素敵な女に囲まれて……信用できない」
きっとコイツは俺を誘惑したくてしてる訳じゃない。
自分の居場所を守る為、俺を本能と欲と罪悪感で縛るために。
もう二度と、あの父親の所に戻らなくていいように、彼女は自分を守ろうとしているんだ。
俺の事が異性として好きとか、そんな気持ちは無い。
もっとかまって欲しいとかの嫉妬心みたいなかわいい物じゃない。
ここには、恐怖しか無いんだ。
「お兄ちゃんは私を兄妹だって言ったけど、妹の体に興奮してるよね? そんな人だから、藤川さんや神目さんが少し体を触れさせればきっと、そっちに行っちゃうでしょ? だって気持ちよくなれるもんね、心なんて後から何とでも言い訳できるんだから」
「違う! 俺は……お前を捨てたりしない!」
妹が抱き締める片腕を解放し、俺の頬に手を当てる。
そして、逃げられないように後頭部を押さえてから。
してはいけないと言ったはずの、唇同士のキスをした。
甘くて柔らかなはずのキスなのに、とても痛くて、冷たくて。
なのに、"オス"は喜んでいるという矛盾が自分の中で暴れている。
「お兄ちゃんは約束を破る人だから、信じない」
「……ッ! 俺は何度も言ったはずだ、本気でお前と暮らす為に部屋借りて仕事してんだ! 覚悟と努力は伝えたつもりだぞ」
「そうだね、それはとても嬉しかったよ」
「だから……っ!」
話の途中で引き倒された。
とっさに妹にのし掛からないよう、妹の体を掴んで床の間に俺が入る事は出来たが、背中が痛い。
俺の腹部には妹が座り、ただジッと、どす黒い目で俺を見下ろしていて、何も話さずに上着を脱がそうとする。
「やめろ!」
「やめない、お兄ちゃんは喜んでるから」
「俺は妹と変な事はできねぇし、したくねぇんだよ!」
「なら何でさ、興奮してるの? 私に当たってる"モノ"はどう説明するの?」
答えが……見当たらない。
どうやっても、ソレを否定できない。
内なる獣の暴走は、もはや体に現れていて、行動に出ないように意識で縛り付けているだけで、本能すらもはや敵と化している。
それでもダメだ、絶対に……この一線を越えたら、本当に兄妹でいられなくなる。
「頼むから……信じてくれ」
「信じる? 何で?」
「俺がお前を守るから! こんな事しなくてもいいように、普通の生活をさせやる! だから……手を止めてくれ!」
「うるさい」
また、キスだ。
無理矢理舌を入れられて、兄妹じゃやらないやつだ。
でも耐えなきゃ、負けたら、ダメなんだ。
「嘘つきお兄ちゃん、もう黙って」
「嘘なんて……」
「帰る時間も嘘だし……私を妹として見ているって言ったのも、嘘だった」
「…………」
行動で示すと決めたのは俺だ。
言葉じゃなくて、行動を信じろと言ったのも、そうしたのも俺だ。
そして今は、俺の意思とは真逆の行動をしてしまっている。
彼女はきっと、行動で示すという俺の考えを理解していたのかもしれない。
「ねぇ、お兄ちゃんは私が大切?」
「大切な兄妹だ」
「私はお義父さんの所に戻るのは嫌なの、お兄ちゃんも嫌?」
「嫌だ」
「それは、また嘘?」
「嘘じゃない! 俺はお前を本気で」
「それも、嘘?」
妹は俺の膝あたりまで下がってから、ベルトを触りだした。
固定された金具を外して、すぐにズボンが脱げるように。
考えられる最悪を、すぐに実行できるように。
「違う……本当だから、やめてくれ……やめて下さい」
俺の意識は決壊寸前だった。
だから、最後の手段として泣く事が勝手に選ばれた。
彼女もこれは予想外だったのか、一瞬だけ手が止まる。
「少しでも抵抗したら、私はお義父さんの所に帰るから」
「……ダメだ」
「このまま私で満足して」
「それもダメだ」
「なら、お兄ちゃんが私を抱いてくれないと、私はお義父さんに抱かれる事になるの」
どうしてそうなるんだ。
もっと視野を広く持ってくれ。
支配や恐怖だけじゃない、人にはそれ以外に家族愛や心って物がある。
なのに、彼女はその全てを否定する。
この世界には恐怖しかないのだと、自分の身を盾に俺に迫ってくる。
「お兄ちゃんは嘘つきだけど、一回だけチャンスをあげる」
「チャンス……」
「私を守るって言葉が嘘じゃないなら、このまま私を抱いて」
「そんなのチャンスでも何でもない!」
「嫌なの? なら、私は嫌だけど、お兄ちゃんが私をお義父さんの所に向かわせる事になる」
妹が提示したチャンス。
それは。
「お兄ちゃんの言葉は信じない、行動で見せて」
「俺は……」
「私、お義父さんの所に戻りたくないの……だから」
「お前を守らないといけない」
「私を守ってよ、お兄ちゃん!」
守る為。
その与えてはいけない餌を、獣に与えてしまったんだ。




