愛
目でも楽しめるように綺麗な模様をつけたリンゴを飾り付け、甘さを控えめにしたホイップと、チェリーやチョコレートで豪華な雰囲気を作る。
そして中央には、甘さを控えめのホイップとは違い、甘めに作った固めのプリンが鎮座する。
お嬢様が喜んで食べていた時のプリンアラモードよりも進化した、俺のオリジナルプリンアラモードだ。
冷えた温度を保つ為、あらかじめ冷やしておいたクローシュを被せて、何百回も通った道をカートと押して 緊張します 進む。
「さっきの藤川さん、変だったな」
あの後すぐに厨房の外に出て、廊下を確認したが誰も通った様子は無かった。
小走りでも次の曲がり角まではかなりの距離があるから、覗いていたのなら、そこで後ろ姿を見つけられるはずなのに、カーペットにシミやズレも存在していなかったんだ。
「お嬢様が見ていたとすると……いやあの小柄な彼女じゃ確実に走らないと見えない場所まで行けないよな」
大きなドタバタという足音も聞こえなかったし……そうなると執事さんだろうか。
そんな事を考える中で、一瞬だけ藤川さんの旦那さんの事が浮かんだがすぐに消えた。
確かにお嬢様の会社で働いてはいるけれど、この屋敷にいる訳じゃない。
だから、妻に手を出そうとした俺を睨んでいて、それを見た藤川さんが誤解を解く為に俺をお嬢様の所に向かわせたとかは……。
「ありえないな、考えすぎか?」
「何がありえないのですか?」
「ぬわっ!?」
お嬢様ッ!?
ちょ、今どこから出て来たんですか?
いきなり後ろから話しかけてくるのは止めて欲しいと何回言っても聞いてくれないんだよな。
「予想通りの反応です、やはり貴方は面白いですね」
俺のリアクションに満足したのか、上品にクスクスと笑っている。
だがしかし、待って下さいお嬢様。
その手に持っている物は……何と言ったらいいのか、半裸の男二人が絡み合う、そんな本を隠そうとせずに持ち歩くのはダメでしょう!
「お、お嬢様それ……また同人誌ですか!?」
「はい! 新刊を買ってきて貰ったんですが……見て下さい」
ページが捲られて、とても見ていられないようなシーンが現れる。
縛られて自由を奪われた男に、いかにもなイケメン男キャラがキスをしているシーンだ。
「前から言ってるでしょう、同人誌を読むのは止めて下さい! 貴女はこの神目家を継ぐ者であり、女子高生なんですよ!?」
「だからこそです」
だから……こそ?
待ってください、そんな真面目な顔で何を言うつもりですか?
言っておきますけど、どんな理由でも認めませんからね。
お嬢様のお父様が聞いたら泣きますよ?
「……一応理由を聞きます」
「かつて私は、男女の淫らな関係を描いた同人誌を嗜んでいましたが、貴方はそれを取り上げましたよね?」
「その後で処分しようと持ち歩いてた所を藤川さんや他のメイドさんに見られたせいで、一時期あだ名がエロガキでしたからね、絶対忘れませんよ」
「何故私の本を取り上げるのだろうかと、二冊目を読みながら考えていました……そして、その答えが見つかったんです」
「後でそれも捨てますから出して下さいね」
「きっと貴方は、あの同人誌の女性を私に見立てて、男性を自分以外の人に見立て、嫉妬したのだという結論が出ました」
……はぁ。
いや確かにお嬢様の事は好きですよ?
貴女に感謝もしているし、他の人が理解しない貴女の魅力も理解っているつもりです。
ちょっと、ちょーっとだけ、ただの所有物だと言われて落ち込んだ事もあったけれど、貴女は素敵な人です。
だけど、それは無い。
絵にそんな感情を持てない。
「私もあの時のように、貴方を悲しませたくなかった……でもこんなにも面白い物を失いたくない……だから、さらに悩みました」
「そんな暇があるなら勉強でもしたらどうですか?」
「そして、男同士の本ならば貴方は傷付かないし、私も楽しめる……流石天才美少女、完璧を閃きましたね」
話聞いて下さいよ!
俺の発言無かった事にされてるんですけど。
そしてその本をギュッと抱きながら話すのを止めて下さい。
「あの、お嬢様?」
「どうしましたか? あ、言っておきますけどまだ全部読んでませんから貸しませんからね」
「いりません! そうじゃなくて、そんな男同士の本読んで何が楽しいんですか!?」
「だって……ここには愛がありますから」
「あ、愛!? 聞き間違いですか? 今愛って、ラブって聞こえましたけど」
「間違いなくそういいました!」
俺だって世の中に色々な同人誌がある事は知っているし、純愛物も確かに存在はしている。
だから言っている事自体は間違っちゃいない、でも……。
「それはどう見ても、純愛物じゃないでしょう!」
「いえ、これは立派な純愛物ですよ」
お嬢様はまっすぐに俺を見ている。
ここまで自信を持って、はっきりとそう言われると、彼女の持っている拘束シーンが載せられた本が、もしかしたら純愛物なのかなと錯覚しそうになってくる。
でも、ここで退いたらダメだ。
いつか絶対にあの本の存在が執事さんやメイドさんにバレて、俺も知っていると言って巻き込まれるにちがいない!
それに俺はお嬢様に腐女子になって欲しくない!
「あのですねお嬢様、さっきのページを見た限りその本は純愛じゃないですよ」
「むむむ……なら、どうしてそう言えるのですか?」
「そこに愛があるのなら、拘束する必要が無いじゃないですか!」
「拘束……ですか」
「それだけじゃありません! 拘束された男は泣いてましたよね? 全て読んだ訳じゃありませんけど、嫌がる男を襲っているじゃないですか」
「嫌がる……」
どうだ、こればっかりは俺の方が正しいだろ。
いくら多様性の時代だと言われても、人の趣味を責めたり否定するのが良くない世の中になっているとしても、間違っている物は間違っている。
俺はお嬢様を心から心配しているからこそ、心を鬼にして言っているんです!
「それが、ダメなのですか?」
「……え?」
いや、ダメでしょ。
何そんなポカンとしているんですか?
「いえ、確かにこの本の内容は恋人のいる男性に恋をした男性が無理矢理彼女の前で彼氏を襲うという内容ですが……」
なおさらダメです。
しかも彼女持ちを襲うとか……すっげえエグい展開じゃん。
どう考えても普通じゃないですってば。
「はら、やっぱり」
「この襲っている男性の行動は、愛ではないのですか?」
「いやそれはですね」
「好きになって、その人の全てを手に入れたいという愛が彼を動かして、行動に至ったのですよ? これは愛です」
「相手の事も考えて下さいよ! 確かにこのキャラは幸せかもしれませんけど、相手はそのせいで不幸になりますよ」
「そもそも、相手の気持ちなんて見えない物を何故気にするのですか?」
お嬢様は、ニコニコと笑っている。
「それは……そう、愛って心を受け止めるって書くじゃないですか、その行動には心がありません!」
「手元に置くか、そうでないか、その二択ですよ」
歪んだ価値観を、まるで世界の常識を語るように。
むしろ彼女の笑顔は、子供に言葉を教えるような……若干の哀れみを含んでいるようにも見えてくる。
「心なんて物はうつろう物です、目に見えず、管理できず、大きさも尺度も全てが個人よってランダムなのですよ? そんな物は後でいいじゃありませんか」
「それは……」
「この本も、他の本もそうでしたが、作品の主人公は最短ルートで愛を伝えています……ハァ」
笑顔が少し崩れる。
傾き落ち行くオレンジ色の太陽を見つめながら、目の前の彼女はゆっくりとため息をつく。
「絵やストーリーは違えど、この愛に生きる姿は最高にカッコいいとは思いませんか?」
彼女はふざけてなんかいない。
本当に信じる愛の形が、完全に歪みきっているんだ。
「ですがお嬢様は……俺の妹と話した時には、金を払わないと愛して貰えないと話していましたよね? 妹は俺に愛されているといいましたよね? 貴女の話はその時と矛盾しています!」
「給料を払うから、私の手元にいるのですよ? 私が欲した物ではありませんが、それは愛でしょう?」
……お嬢様の愛の正体が分かった。
管理して支配する事、それこそが彼女にとっての愛なんだ。
違う、そんなの愛じゃない。
もしそれが愛なら……妹は義父に愛されていたって事になる。
認めない、認められない、認めたくない。
廊下の奥から、藤川さんが銀色のカートと共に近づいてきている。
そうだ、あの人に本当の愛って何かを教えて貰えれば……お嬢様でも……。
「それに、私はあの時妹さんが貴方に愛されていると本気で思っていましたよ?」
「どうして、ですか?」
「だって、妹さんは貴方が支配しているのでしょう? 私の家に来る前からあんなに密着させて、体を楽しんでいたではありませんか」
違う。
俺は妹を支配なんてしていない。
俺は義父のように、妹の尊厳を踏みにじるような事はしていない。
彼女を尊重している。
絶対に違う。
俺が妹にしていた事は、支配なんかじゃない!
「あ、藤川! 今日のご飯を持ってきてくれたのですね?」
「そうだけど……あ、お前まだこんな所にいたのか……」
無邪気な子供のように、お嬢様は藤川さんの持ってきた料理をクローシュを開けて覗こうとしている。
藤川さん、助けて下さい。
俺じゃお嬢様を説得できませんでした…….だから、貴女から……。
「美味しそうなミートパイですね! あ、茄子を入れてたら分かりますからね?」
「入れてねぇよ……」
「ならいいのですけれど……あ、藤川」
「なんです? 言っときますけど作り直しとか嫌ですからね、めんどいです」
「いつも通り、ご飯を食べたら今日も話し合いをしますから、必ず部屋に来て下さいね」
ウインクをして、お嬢様は俺と藤川さんが持ってきたカートを押しながら自分の部屋がある方向に向かっていく。
「……話し合い……また……話し合いがあるのか」
隣にいた藤川さんは、喜びの笑顔とウインクをしていたお嬢様の表情とは真逆の表情をしていた。
あまりに彼女らしくなくて、何を話し合うのか聞こうとすると。
「……今日はもう帰れ、頼むから」
震えた声で、俺を見ずにそう告げてからお嬢様の部屋に向かっていった。




