教え
今日は日曜日。
お嬢様当番も無くて、学校の課題やテスト勉強も無い。
全くもって完全な自由だ。
妹を見つけるまでは休日を全て外に出て探したり、聞き込みをしたりと自分の時間なんて無かったし、お嬢様の所で住み込んでいる時は彼女の遊び相手かタバコ休憩に行く藤川さんのヘルプをしたりだったからなぁ……。
「ゆうこ、今日なんか予定ある?」
「お兄ちゃんにキスしたし、宿題もまだ無いし、暇だよ」
何をすればいいんだろうか。
学校に友達は……いないわけじゃないんだけど、学校で会った時だけ喋る友達というか、深い友達じゃないから休日に会うとかはまず無いだろう。
普通の男子高校生の休日って……何すんのが正解なんだ?
「どうしたの、お兄ちゃん」
妹は両手でトーストを掴み、サクサクと音を立てている。
俺が簡単に作ったシーザーサラダとスクランブルエッグを挟んで食べてくれと言ったが、彼女は俺の作った物を丁寧に味わいたいと……とても嬉しい事を言ってくれて、チビチビと味わって食べてくれている。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「見られてると、食べずらい」
「気にしなくていいぞ」
「気になるの、いじわるお兄ちゃん」
妹はプイと顔を逸らし、俺に見るなと言っている。
だがそう言われても、お前が元気に食べてくれている姿は見ていて飽きないし、楽しいんだよな。
チラチラと横目で俺を見ながら、妹は朝食を残さず食べてくれた。
さてこれからどうするかというスタート地点に頭が逆戻りしながら皿を洗っていると。
「ふぁ……あっ、ごめん」
とても可愛いあくびが聞こえてきた。
そのあくびは、まるで“ここが安全だ”と思ってくれているような柔らかな音で、俺は完食してもらえた事に加えて更に嬉しくなっていった。
「まだ眠いのか?」
「お兄ちゃん気持ち良さそうに寝てたから、動けなくて、寝るのに時間かかったの」
「うっ……」
「あ、責めてないからね? 私がお兄ちゃんの初めての相手になれて、嬉しかったよ」
確かに俺は昨日眠る事だけを考えていた。
妹は座った状態で眠る事を強要されていた訳で……これ俺のせいじゃん。
首を振って否定してくれているが、俺が膝枕を求めなかったらこうはならなかったのも事実。
やっぱり膝枕は……無しだな、妹にかかる負担が大きすぎる。
「二度寝するか?」
「うん、だから布団借りてもいい?」
いやいや、お前の部屋もあるしベッドもあるだろうが。
何故俺の布団を使おうとしてんだよ。
「自分のベッドを使いなさい」
「だって……」
妹は台所にいる俺に近づき、後ろから抱きついてきた。
この程度で反応してはダメだ、もちろん普通の兄妹らしい反応はするけれど、過度に彼女を普通じゃないと責めるような発言はすべきじゃない。
「洗いにくいから離れてくれ」
「お兄ちゃんって、私の匂い好きでしょ?」
「えっ……」
「だからね、私の匂いを染み込ませておくの、神目さんの言っていたとおり、お兄ちゃんの努力に対するお礼だよ」
心臓を氷の手で捕まれたような感覚がした。
昨夜俺が彼女から感じた"メス"の匂いに苦悩し、苦しんでいたのを知っているかのような言葉。
私はお前の事を全て知っているぞと言われているような気さえしてくる。
自己嫌悪ではなく、今の俺は恐怖に襲われている。
口では守ると言いながらも、妹に"メス"を感じていた俺の矛盾点を責められたらどうしようとか。
「いや……その、俺は別にそんな変態じゃないぞ」
俺も義父と同じだと思われてしまうのではないかとか、様々な最悪が次々に浮かび上がっていく。
必死に言い訳をして誤魔化すが。
「昨夜、お兄ちゃんが私のお腹に顔を埋めてたの、覚えてないの?」
知らない。
俺はそんな事をしていない。
「いや昨日は普通に寝てたから……気のせいだろ?」
「お腹と太ももの間で呼吸を荒くしてたのに、覚えてないんだ」
妹が俺を優しい眼差しで見ている。
だけどアレは確実に、優しさのこもった物じゃない。
確実に意識の無い行為をどうやって言い訳するのかなんて分からないけれど、勘違いを生む訳にはいかないんだ。
「きっと寝心地良かったから……寝相が悪かったんだろ」
「そうなの? でも、あの時のお兄ちゃんはとっても嬉しそうだったけれど」
「いい夢を見てたんだよ」
「どんな夢?」
いい夢を考えろ。
なんでもいい、妹が変な勘違いをしないような平凡かつ一般的な夢の話を作り出すんだ。
首を傾げて、"私は知ってるし、分かってるよ"というような笑顔を浮かべる彼女の考えを破壊しろ。
「ねぇ、お兄ちゃん」
背中に胸が押し付けられる。
柔らかで、触れてはいけないそれは確実に俺を誘惑していた。
彼女のルールのお礼を受け入れろと、今は少し落ち着いているけれど、妹に手を出さない事で困惑させている現実を、最悪な方法で解決しろと言っている。
お嬢様のいっていた、お礼を受け取ってもらえる努力をしているのかもしれない。
「どんな、夢なの?」
耳に息が吹き掛けられる。
体がゾクゾクと勝手に反応し、微かに揺れた俺の体を彼女は見逃さない。
さらに強く抱き締められて、さっきまでとは違い、耳元でゆっくりと囁くように喋っている。
「教えてよ、お兄ちゃん」
「ちょっと……お前それやめろって」
「耳弱いんだね、やめてあげない」
生暖かい吐息。
脳にまで響く甘い声。
思考がクラクラとして纏まらない。
楽しい夢を……えっと、楽しい夢。
「学校でモテまくる夢を見てたんだよ」
「モテる……そっか」
妹は俺を解放した。
そしてスタスタと俺の布団をめくり、その中に潜っていく。
俺にそれを止める事は出来ず、ただ豹変した彼女の態度に驚く事しか出来ずにいた。
さっきの妹の表情からは笑顔が消えていた、そして彼女は、怯えていた。
「寝るから、襲いたくなったら体を勝手に使ってね」
「……しないって、そんな事」
妹は布団からポイポイと着ていた物を投げて、下着すらも脱いでしまった。
もちろん布団で視界が遮られているので何も見えないけれど……。
俺が襲いやすいように、あらかじめ服を脱いでいるのだなと理解してしまった。
未だ信用は築けず、言葉は届かない。
俺がどれだけ否定しても、彼女はそれを否定する。
「ちょっと屋敷に行ってくる、月曜の仕込みと藤川さんの手伝いをしてくるよ」
「藤川さんは人妻なのに、行くんだ」
「もう好きじゃないっての、そもそもあの人妊娠三ヶ月だからな、仮に好きだとしても、あの人を旦那から奪う事なんて出来ないって」
藤川さんが妊婦だと知らなかったのか、妹はピクリと反応した。
だけどすぐに、戻ってしまった。
「ならお兄ちゃんはますます出る幕ないね、可哀想、略奪も出来ないの?」
「あのな、藤川さんと旦那の二人を引き裂く事とか普通……いや絶対できないっての! 法や社会に道徳が結んだ固い絆に勝てるわけないっての! あと別にそんなつもり無いし、藤川さんの旦那さんいい人だから嫌いじゃないし、俺は幸せを祝うつもりでいるよ」
妹は肩まで布団をかぶせて、枕に顔を埋めてしまった。
俺の言葉の返事も無く、自分の家なのに居心地が悪くなりながら、俺は玄関で靴を履いている。
「午後六時には帰るから、夜に食べたい物とかあるか?」
「……食べさせてもらえるなら、何でもいい」
「わかった、んじゃ行ってくる」
玄関を出て鍵を締め、やる事なんて無いのに俺は屋敷に向かった。
図書館で勉強とかも考えたけれど、色々と藤川さんに相談したかったんだ。
お嬢様は妹を善意で悪化させ、妹は未だ自分を縛るルールから出てこないし、出てこれない。
メッセージで色々と相談してはいるけれど、直接会って、話をしよう。
藤川さんだけは、俺に常識的なアドバイスをくれるはず。
これまでと同じように、彼女なら、助けてくれる。
「本当なら俺が、守らなきゃいけないんだけどな」
大見得切った俺に対し、彼女は呆れるだろう。
それでも、妹の平和と幸せの為にも、どうか頼らせて下さい。
自分を売るようなお礼を止めさせ、今は努力も何もしなくていいんだと、妹に理解させる方法を俺に授けて下さい。




