姉のような人
妹が戻ってくるまでの間、お嬢様に妹の過去について話をした。
可愛そうな話をしたつもりだったのだが、彼女は表情一つ動かさなかった。
そして全て聞き終えてから。
「だからといって、貴方に負担を背負わせるのは違います」
そう言いながら、紅茶を啜っているだけで、俺の望んだ手助けや同情は何一つなかった。
お嬢様は分かっていない。
貴女の言った言葉はどれも正論かもしれないが、それが妹には歪んで聞こえるのだという現実を分かってない。
人に流されず、自分を貫く姿勢は美しいと思えるけれど……少しでも、共感してほしかった。
可愛そうだと、手を差しのべないにしても、寄り添って欲しいと期待していたんだ。
「妹さんが戻ってきましたので、続きをと思いましたが……もうそろそろ夕方です、今日のお喋りはこれぐらいでいいでしょう」
お嬢様は飽きたのか、それとも疲れたのか。
何にせよ俺と妹に帰れと言っている。
俺が頭を下げ、妹もつられて頭を下げると、彼女は手を二回叩いて人を呼んだ。
「藤川、来なさい」
四方にある扉のうち、お嬢様の後ろの扉が開いた。
そこには俺よりも身長が高い金髪のメイド、藤川さんが立っていて、俺達の所にやってくる。
藤川さん……いつ見てもカッコいいよなぁ。
メイド服よりも執事服の方が絶対に似合うほど、とにかく顔がいい。
今でも思い出すが、俺に料理のイロハを教えてくれたのは……彼女だった。
『お前……人妻にこんな格好させて楽しいのか?』
『楽しいです! あ、その嫌そうな顔……最高です!』
『今日の料理で褒めて貰えたら言うこと聞いてやるとは言ったけどよぉ……男装して欲しいとかお前、趣味ねじ曲がってるぞ』
『だって藤川さんカッコいいんですもん、イケメンなんですから……むしろ俺は被害者です、イケメン男装執事になってくれとお願いする事を強要されてるんです!』
『はぁ……ってお前、今シャッターの音したぞ盗撮魔がゴルァ!』
厳しくも、優しい、それでいて身に付けている技術は本物。
何よりも美しくカッコいい、そんな彼女に全てを学んだ、人妻と知るまでは本気で藤川さんに惚れていたし、彼女の好きだと言うタルトを作って思いきって告白しようとした事もあったっけ。
俺のスマホに眠る彼女の男装写真に何度助けられたか……はぁ、今日もカッコいいな。
今はもう恋愛感情は無いけれど、唯一心を許して何でも話せる、先生にして姉のような、俺の大切な人だ。
「お呼びですか、お嬢様」
「今晩の夕食は貴女が作りなさい、ゆうま君はどうやらかなり疲れているようですから……貴女は暇でしょう?」
「暇な訳……あー、はいはい、分かりました」
「いいですか、絶対に茄子は入れないで下さいね、絶対ですからね! 前みたいに細かく隠しても分かりますから!」
「好き嫌いしてっからそんな空気抵抗が少ない体になってんだろうに……」
「ぐぬぬ……貴女、ちょっと胸があるだけでバカにするのは止めて下さい! 見て下さいあのゆうこさんの胸! 貴女の負けです!」
「いやアタシはゆうまの妹と競ってないし、話をすり替えないでもらえますか?」
"ぐぬぬ"と涙目で藤川さんを睨むお嬢様は、とても幼く見えて、さっきまでの空気がどこに行ったのか分からなくなるぐらい、空気が明るくなった。
藤川さんは本当にすごい。
まるで太陽のような人だ。
彼女の前じゃお嬢様や俺だって、まだまだガキに見えているんだろうな。
それとも……これが母性、いや人妻パワーか?
「お兄ちゃん」
「どうした、ゆうこ」
妹が後ろてを組みながら、藤川さんを見た後で俺を見た。
「藤川さんってメイドが、好きなの?」
「好きだった、かな、あの人結婚してるし」
「あんなに堂々としていて、カッコいい女性とお兄ちゃんじゃ釣り合わないもんね」
それ意味によっちゃ俺をバカにしてんのか藤川さんをバカにしてんのか分からないんだけど。
まぁコイツのニヤニヤ顔を見るに、前者なのは間違いなさそうだ。
だが妹よ、恋愛感情が失われたからこそ、築ける関係性があるんだ。
好きだ嫌いだと騒ぐような、そんなレベルじゃない。
俺と藤川さんには、お前と俺のような絆がある。
「ここだけの話だけどな」
妹に手で耳を貸せとジェスチャーをして、お嬢様と藤川さんに聞かれないように。
「俺はあの人をお姉ちゃんみたいな人だと思ってる」
そうやって、家族のような人だと教えてやった。
「え、キモ」
「ちょ……おま」
「他人でしょ、それをお兄ちゃんの世界でいきなりお姉ちゃんにするって、相当キモい」
「んなっ!?」
だが俺の言葉はこんな所でも妹に届かない。
妹は二歩程俺から離れて、じとーっと俺を見ている。
え、これキモいの?
いや藤川さんに直接お姉ちゃんみたいだと言った事が無いから分かんないけど、もしかして妹に言わない方がよかったやつ?
「自覚、無いの?」
「いや……でも俺弟みたいに扱われてるし」
「なら、聞いてあげるね」
お嬢様と藤川さんがギャーギャーと騒いでいる。
野菜を食べる事がどれだけ体にいい事なのかを説くが、それは発育に関係するのかと自分の胸をパンパンと叩きながら応戦していて……すごいカオスだ。
男の俺がこれを聞いていてもいいのだろうかと思える程、胸の話しかしていない。
「あの、藤川さん」
「だからそもそも野菜を……あ、お嬢様ちょっとタンマね、ゆうまの妹が何か言いたそうだから」
「またさらにデカイのが増えましたわ……うぅ……そんな見せつけるように揺らして、あんまりですわ」
膝から崩れ落ちるお嬢様。
あれは……絶対に演技じゃなさそうだ、ブツブツと"巨乳は悪だ"とか、"顔なら負けてない"とか……何か、見ていられない。
「お兄ちゃんが、藤川さんの事を話してたんです」
「へぇ、アタシの事を? 何て言ってたの?」
「お兄ちゃんは、藤川さんをお姉ちゃんだと思ってるらしいです」
妹がそう言った時、藤川さんは笑顔のまま固まった。
お嬢様も独り言を止め、じっと俺を見る。
妹はため息をついてから、お嬢様同様俺を見る。
そして、藤川さんは笑顔のまま、拳を作って音を鳴らし、俺に近づいてくる。
「ゆうこちゃんの前で言うのもアレだけどさ」
「分かってます、お兄ちゃんキモいですよね」
「あーうん、そこまでハッキリ言うつもり無かったけどね……おい、ゆうま」
「は、はい!?」
バカな、何故空気が死んでいるんだ。
女性三人の視線は俺を貫き、悪い事をしていないのに責められているような気分になってくる。
小学生の頃に教室で一人立たされて、周囲からの視線で責められ、先生がこれから俺を怒ろうとしている時のような、嫌な空気だ。
妹とお嬢様がクラスメイトで、藤川さんが先生。
でも……藤川さんなら女教師とかも似合いそう。
「お前にはこんなにも可愛い妹がいる、胸は無いけど美人のお嬢様もいる、それなのにお前は……アタシに男装させて」
「えっ……男装?」
お嬢様が一歩俺から距離を取った。
「既婚者で愛する夫がいる人妻相手に、妄想でお姉ちゃんプレイしてんのか」
「お兄ちゃん、キモい」
妹も、さらに下がる。
いやいや待て、待ってくれ。
確かにお姉ちゃんだと思ってるけど、そんなプレイのつもりじゃなかったんだって!
「待って下さい! 確かにお姉ちゃんみたいだと思ってますけど……そう、お母さんみたいだとも思ってますから!」
「アタシにはまだ、子供はいねぇんだよこの変態!」
藤川さんの拳が俺の腹部に飛んできた。
痛みと衝撃に襲われながら、視界の端にお嬢様と妹を捉えた。
お嬢様は拍手をしていて、妹は引き続き俺をじとーっと見ている。
妹がいるのに、してないけど姉弟プレイをしている俺を軽蔑して……いや、違う。
なんだ、あの表情。
笑ってる。
笑顔だけど、自然な笑顔なんだけど……。
明るい笑顔じゃ、絶対にない。
「ったく……飯作るかぁ」
「作る過程から確認しますわよ、野菜は許しませんからね!」
怒った藤川さんと、ご飯を求めて着いて行ったお嬢様。
二人が消えた後で、倒れている俺に妹が近寄ってきて……。
「帰ろっか、ゆうま君」
「イテテ……あと普通にお兄ちゃんって呼べよ」
「姉弟プレイなら、私がしてあげるからね」
予想もしていないような、彼女のルール的に言うなら兄妹と姉弟プレイをするという地獄のようなお礼をされる。
彼女の手を借りて起き上がると同時に、俺は抱き締められた。
右手は俺の頭を撫でて、左手は俺の腰にしっかりと当てられている。
優しく包み込む、それこそ物語の中の姉や母のように、そしてまるで逃げ出さないように捕らえるように抱き締められて。
「だから、捨てないでね」
一言だけ、そう呟いた。




