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9、〈屍者〉を育てる

「簡潔に言うと、彼女は〈屍者〉が抱えている問題の一つ、成長の不可能性を打破してもらう」

「簡潔すぎてわかんねえよ」

「・・・つまり、〈屍者〉でも努力すれば成長が可能であることを実践してもらうんだ」

と、イアンは補足した。「みんなも知ってのとおり、〈屍者〉は二度目の生をうけた時点ですべてが固定されてしまう。老いや死を超越するかわりに、成長や変化から切り離される」

「それがどうした」

「頭を使いなさいよ、あなた」エマが言った。「わたしたちは発展する必要があるのよ。技術的にも、国の規模としても。それなのに肝心なわたしたち〈屍者〉が何も変わらないんじゃ話にならないでしょう」

「・・・」

エルドレッドはすねたようにそっぽを向いて口を閉じた。かわりに横合いからエリーゼが言う。

「しかしイアン様。わたしたち〈屍者〉は文字通りすでに死んだ存在。それが成長するというのは、どうも考えにくいんですが」

「たしかに成長というのは〈屍者〉にとってもっとも苦手なもののひとつだ。でも、これには原因があるんだ」

「と言うと?」

「ぼくの技術では、〈屍者〉は死んだ時点で流失するはずの魂を肉体に固定されることでよみがえる。これが〈屍者〉の非可変性の原因なんだ。裏を返せば、この固定のねじを緩めれば〈屍者〉にも成長や変化というものが生まれるんじゃないか、というのがぼくの仮説だ」

「魂のねじをゆるめる、と・・・」

エリーゼは困ったような顔をした。「そんなことをして大丈夫なのですか」

「それも含めての実験なんだ」イアンは言った。

「実験って、おまえ・・・」

エルドレッドが何かを言いかけたが口をつぐんだ。

「もし彼女が〈屍者〉として成長することができれば、あらゆる可能性が開けてくる。〈屍者の国〉の発展だけじゃない。新しい文明の創造だって可能になるかもしれない」

イアンの言葉をそしゃくするようにダントンはうなずいた。

「文明はともかく、少なくとも目下起こりうる戦争に際して、あらゆる〈屍者〉の軍事的な訓練が可能になるわけですな」

「なるほど。〈屍者の国〉に必要ってのはそういうことか」

とエルドレッド。「ぺーぺーの初心者を〈屍者〉としてよみがえらせたのは、すでに冒険者として技術を習得していたおれたちじゃだめだったってことだな」

「すばらしいです、イアン様!」マイアは感嘆の声を上げた。「これで憎き〈ギルド〉が万が一攻めてきても安泰ですね」

「そうだね。いずれにしても、この実験はとても意義があるものなんだ」

イアンがそう言ったとき、机上で横になっていたメイベルがかすかに身じろぎした。ぴくりと小さく痙攣したかと思うと、ほうと息を漏らす。

「目を覚ましましたかな」

ダントンの声に呼応するように、メイベルが目をわずかに開けた。

「エリーゼ、たのむ」

同性のエリーゼがメイベルの傍らに駆け付けた。

「やあメイベル。調子はどうかな」イアンはメイベルの顔をのぞきこんだ。「ぼくらが見えるかい」

「は、はあ・・・」

声はすこしかすれていたが、メイベルはうなずいた。

「よかった。意識はしっかりしているようだね、メイベル」

「めい・・・べる。はあ・・・?」

メイベルは上半身を起こそうと身をよじらせた。エリーゼが手助けする。

「あ、あの・・・」

メイベルは周囲を見回しながら、おそるおそる声を発した。

「ここは、どこ・・・で」

「ここはダンジョン第9層、〈屍者の国〉です」

エリーゼが優しく答えた。

「ダンジョン・・・第9層・・・」

「そうです。混乱するのも無理はありませんね」エリーゼは言った。「メイベル、あなたはダンジョン第2層でポイズンボアに襲われて命を落としたのです」

「命を・・・?」

「そうです。あなたは一度死にました」噛んで含めるようにエリーゼは繰り返した。「しかし、あなたは幸運でした。ここにいらっしゃるイアン様があなたをこの地によみがえらせてくれました」

「わた、わたし・・・」

「ええ、そうです。幸運をつかみ取ったのはあなたですよ、メイベル」


「めいべるとは、だれですか」


「!あなた、記憶を・・・」

エリーゼが驚きの声を漏らした。

イアンも大きく目を見開く。

「メイベル、自分の名前を言ってくれ」

とイアンは問いかけた。

「・・・?」

「きみの生まれ故郷はどこだ」

「はあ・・・」

「きみの母親と父親の名前はわかるかい」

メイベルはあきらめたように目を伏せた。

イアンはため息をつこうとして、メイベルの手前、寸前でこらえた。

「これは、蘇生して間もなくにみられる記憶の混同ですか」

マイアがつぶやいた。

この場にいる者のなかでは、マイアが〈屍者〉としては一番若い。蘇生当時のマイアも、記憶の混濁がみられた。だが、イアンは首を横に振った。

「どうやら魂のねじをゆるめた弊害みたいだ」

「では記憶は時間が経っても戻らないのですか?」

「わからない。少し様子を見てみよう。幸い、魂のかけら自体は不足なくメイベルに結びついている。ねじを締めなおすのは難しいことじゃない」

「実験は失敗、ってことか」

とエルドレッド。

「いや、それはこれからだ」とイアン。「記憶うんぬんの問題は、要はねじの締め方の問題だ。ぼくが何とかする。重要なのは、これからメイベルが成長できるかどうかだ」

イアンはメイベルの髪に触れた。メイベルは驚いたように肩を震わせたが、やがてイアンに身を任せた。

「メイベル、ぼくの声に覚えがあるかい」

「ある、ような気がします。わたしは、神様の声を聴いたような気がするのです」

メイベルは気づいたように首にかかっているロサリオに手をやった。だが、それを握っても記憶は戻ってこないらしい。

「魂としての記憶はあるみたいだね」イアンは言った。「けど、残念ながらぼくは神様じゃない。ぼくは〈屍者の国〉の王だ」

「〈屍者の国〉」

「そう。そしてきみは〈屍者〉であり、この国の民であり、ぼくらの家族だ。これからきみには、ぼくらとともに理想郷実現のために協力してほしい」

「理想郷・・・」

「誰もが虐げられず、安心して暮らしていける世界だ」

メイベルの顔が少しほころんだ。

「それも、聞いた覚えがあります。わたしは、わたしは・・・」

「そう。きみはそれに同意してくれた。だからここにいる。・・・マイア」

イアンの声かけに、マイアはすぐさま傍らにひざまづいた。

「は、ここに」

「メイベルにいろいろと教えてあげてほしい。〈屍者〉のこと。〈屍者の国〉のこと。そしてできれば、冒険者としての戦闘技術も教えてあげてほしい」

「成長を手助けするということですね。お任せください!」

「・・・イアン様、その役目にはエリーゼのほうが適任では?」

ダントンが遠慮気味に口をはさんだ。

「なんですかダントン!」マイアは目をつりあげた。「わたしでは不足だとでも言うのですか?これでもダンジョンの経験は誰よりも豊富なんですよ」

「それは知っているが、しかし・・・」

ダントンは言葉を濁した。

「たしかに新人教育にはエリーゼのほうが適任だけどね」

とイアン。マイアはがっくりと肩を落とす。

「でも、エリーゼには別の要件を任せるつもりなんだ」

「なるほど、そうでしたか。この老骨の差し出口、お許しください」

「というわけでマイア、お願い」

「承りました」マイアは気を取り直したように直立した。「このマイア、万難を排して取り組ませていただきます」

「よろしくね」イアンは言った。「残るぼくらは、ひとまず〈ギルド〉からの連絡を待とう。必ず接触があるはずだ」

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