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8、王の叱咤

「つってもよ」エルドレッドが口をはさんだ。「〈屍者〉の蘇りはおまえの専売特許なわけだろ。そんなもん、おまえに頑張ってもらうしかないじゃねえか」

「基本的にはそうなんだけどね」

 とイアン。

「それに、おまえは戦争にはならないと言っていたが、おれは〈ギルド〉はやると思うぜ。気に入らねえ輩は力でねじ伏せるのが冒険者だ」

「たしかに冒険者はそうだね。でも、ぼくらはちがう」イアンは言った。「〈屍者の国〉は黄昏者の理想郷なんだ。きみたちを戦争に駆り立てる装置じゃない」

「御託はいいんだよ、御託は」とエルドレッド。「〈ギルド〉はおまえの気持ちに忖度なんかしねえ。冷酷で無慈悲な組織なんだ。ここにいるおれたちは全員、〈ギルド〉に見殺しにされたようなもんなんだぜ。

 おれは剣を取るぜ。おまえはどうなんだ。戦う覚悟があるのか」

「エルドレッド!なんですかその無礼な物言いは」

 マイアはエルドレッドに飛び掛からんばかりの勢いだった。

「それが天命に沿うものなら、ぼくにも戦うつもりはあるよ」イアンは静かに答えた。「でも、それは今じゃない。それに、もし〈ギルド〉と戦争する事態になったとしても、鍵をにぎるのはこの娘なんだ」

「このガキがあ?」

 エルドレッドは鼻を鳴らした。「たかが第2層で死ぬような能なしなんだろ」

「・・・」

「口がすぎるぞエルドレッド」

 さすがに不快そうに眉をひそめたイアンを見てダントンがたしなめたが、エルドレッドは構わず続ける。

「おまえは知らないかもしれないがな、第2層で死ぬような奴は才能がないんだ。生前に何度かお守りしてやったこともあるが、ろくな奴がいなかった。おとなしく家の庭でも手入れしてるほうがよっぽど役に立つぜ」

「エルドレッドの言うことにも一理ある」イアンはあくまで抑制的な調子で答えた。「でも、この娘は〈屍者の国〉には必要な存在なんだ」

「このガキが?初心者の女冒険者を集めて侍女にでもするつもりか」

「まさか、王様ごっこになんてぼくは興味ないよ。うまくいけば、彼女は〈屍者の国〉の戦力の要になるはずなんだ」

「は、どうだか」

 エルドレッドの挑発的な物言いに、あくまでイアンは冷静に対応しているように見えた。しかし、近くに控えていたマイアは、イアンの人差し指がせわしなく椅子の肘をたたいていることに気付いた。

「エルドレッド、ちょっと・・・」

「こんな能なし、ダンジョンに喰われる以外に使い道があるとは思えねえけどな」

 そう言ってエルドレッドがメイベルの頭を剣の柄で小突いた瞬間だった。

 されるがままのメイベルの顔が力なくシルク生地に埋もれたとき、イアンの中で何かがはじける音がした。


「〈屍者〉の分際で死者を冒涜するな、この愚か者」


 腹の底から這い出るような、死体すら凍り付かせるような声音に、その場にいた全員が思わず居住まいを正した。

 誰よりも死体とその魂の残滓に触れ、死の恐怖と無念を熟知している者にしか出せない冷気。レイノーラも感じ取ったその殺気立った冷たさこそ、年若いイアンが〈屍者の国〉の王たるゆえんだった。

 エルドレッドは硬直して剣の柄から手が離せなくなっていた。

「分をわきまえるんだ、エルドレッド。そちら側に行ってはいけない」

「っ・・・」

「戒めが必要だ。エルドレッド、左腕を」

 イアンは淡々と言った。

 エルドレッドは観念したように無抵抗で左腕をさらした。イアンの手がひらりときらめいたかと思うと、エルドレッドの左腕の腱を断ち切った。当然、血は滴ることはない。

「いいか、ぼくらはみんな日陰者なんだ。持っているものより失ったものを数えるほうが早い、そんな人生を送ってきた社会のつまはじきだ。忘れるな」

「兄さん、謝罪を」

 エリーゼがため息まじりにエルドレッドを小突いた。エルドレッドは剣士式の黙礼をイアンに向けた。

「イアン様、このあたりでよいでしょう」

 絶妙なタイミングでダントンが口をさしはさんだ。「エルドレッドとて、この国の行く末を憂う臣民の一人。王じきじきの叱咤も十分に薬となったことでしょう」

 イアンが短刀を収めたことで場の緊張がほどけた。

「一体何回目なのかしら」エマが嘆息した。「あなたも懲りませんね、エルドレッド。これではエリーゼにお仕置きされたほうがマシだったんじゃありません?」

「・・・うるせえ」

「イアン様。兄の無礼をお許しください」

 エリーゼが僧帽をかぶった頭を下げた。「この国と〈屍者〉を想う気持ちはあるはずなのですが、なにぶん不器用な男ですから」

「だれが不器用だ、だれが」

「兄さんはしばらくしゃべらないで」

「わかってるよ、エリーゼ」

 イアンは微笑んだ。「エルドレッドに悪気はない。これもすべてぼくの屍者技術の問題なんだ」

「そう真面目くさって謝られると、おれの立場ってもんがなくなるんだがな」

 エルドレッドが頭をがしがしとかいた。「とりあえず、その娘で何をやろうとしてるのか話してくれよ」

 イアンはうなずいた。

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