7、対〈ギルド〉
レイノーラと護衛役の祖父を見送ると、イアンは霊安室で一人になった。
「ボナパルト氏はもしかしたらぼくのことを、好き勝手に遺体をかっぱらっては蘇生している頭のねじが外れた少年、とでも思っているのかなあ」
〈ギルド〉全体の見解も踏まえれば、あながちそれは的外れでもなかった。
だが、イアンにしてみれば決して無秩序に〈屍者〉を生み出しているわけではない。イアンは、自分の琴線に触れた遺体、懐かしい雰囲気を感じるような遺体を選んで、迎え入れている。
このあたり、エルドレッドに言わせれば「神様気取りの傲慢さ」というものらしい。
「人の分際で神様になろうなんざ、そのうち足元をすくわれるぜ」
とエルドレッド。
彼は血気盛んなわりにこうして首元に剃刀をあてるような鋭いことを言う。
逆にマイアやエマにしてみれば「自分は王に選ばれた存在」という選民感を味わえてなかなか気分が良いものらしい。
ダントンとエリーゼはどう思っているのかは、イアンにもわからなかった。しかし彼らにしたってイアンが心の声に従って迎え入れた大切な家族だ。
むろん、メイベルにしたってその例外ではなかった。
イアンの腕のなかでかすかに身じろぎするメイベルは、まだ意識が混濁しているようだ。規則的だがかぼそい呼吸音だけがきこえる。
ほんの一瞬、メイベルの焦点が合ったように見えた。
「神様・・・?」
蚊の鳴くような声で一言そうつぶやくと、メイベルはすぐにまた眠りに落ちてしまった。
「女、ですか」
マイアはじとりと湿った目線を向けた。嫉妬は醜いわよ、とたしなめたのはエマだった。
ところかわって、例の大テーブルの間。
イアンはメイベルを大テーブルに敷いたシルク生地のうえに横たえた。
「名前はメイベル。メイベル・アンテロープ」
「アンテロープ、ですか」
ダントンは意味ありげにつぶやいた。「装備を見る限り、どうやら初級者のようですな」
「そうね」とエマ。「懐かしいわ、この短剣。〈ギルド〉のぼったくりが商ってる眉唾物じゃない。わたしもこれに騙されていた時代があったわね」
「彼女は第2層で死亡した冒険者だ。職種はよくわからない」
とイアンは付け加えた。
「第2層?」エルドレッドが眉をひそめた。「一般人と変わらねえ役立たずじゃねえか」
「ちょっと兄さん」
「そんなガキのお守りより、今はほかに話し合うべきことがあるだろうが」
エルドレッドの言に一同静まりかえった。彼はイアンをにらんで続ける。
「じいさんがいないってことは、あの男は帰ったんだな」
「そう。おじいさんには帰りの護衛をお願いしている」
いまごろは第6層を過ぎたあたりだろう。
「〈ギルド〉と話はつけたのか」
「話って?」
「とぼけるな」エルドレッドは吠えた。「戦争だよ、戦争。やるんだろ、〈ギルド〉と。そのためにおまえはおれたちをこうして〈屍者〉としてよみがえらせたんじゃないのか」
「ちょっと兄さん、イアン様に無礼でしょう」
「心配しなくても今から話すよ」
イアンは言った。
「結論からいれば、和議は成立しなかった。というか、〈ギルド〉が本気で和議を望むなら幹部クラスの高官を寄越しただろう。ボナパルト氏も可哀そうな人だよ。うまく情報を手に入れることができれば御の字、失敗すればそれまでの、まさに人柱だ」
「しかし、和平が成立しないのは当初の想定の範囲内です」とダントン。「問題はここから先の〈ギルド〉の動向でしょう」
「そのとおり」イアンはうなずいた。「ボナパルト氏が言うには、〈ギルド〉の総帥がぼくらを見逃すはずはない、と」
「では、やはり戦争に?」
エマが言って眉根を寄せた。
それみろ、とぼやいたエルドレッドにエリーゼが肘鉄をくらわせる。
「いや、戦争になる可能性は低いと思うよ」
イアンは言った。「もうすぐ総帥選が近いからね」
「なるほど。これ以上闇雲に犠牲者を出すのは望ましくない、と」
ダントンはうなった。
〈ギルド〉のトップである総帥は、冒険者と〈ギルド〉幹部の投票によって選ばれる。つまり、むやみやたらに〈屍者の国〉との戦争を敢行して敗走でもしようものなら、周囲の支持を一挙に失うわけである。
ましてや〈ギルド〉はすでに3度、クラン単位の冒険者を失っている。
現在3期目、4選を目指すアイゼンハルトがそのリスクを負うはずがない、というのがイアンの発言の意図だった。
「総帥選が近づくと露骨に冒険者の遺体が減るからね。表舞台と関わりのないぼくにもすぐわかったよ」
死体がなければ研究が進まない、と祖父が不謹慎な不平を漏らしていたのをイアンは思い出した。
「ですがイアン様。和平はないのですよね」とマイア。「戦争もなし、和平もなし、となれば〈ギルド〉はどう動くのでしょう」
「和平に見せかけた破壊工作、とかかしら」
エマが唇に手を当ててつぶやいた。
「エマの言う通りだね」
イアンが言うと、エマは照れくさそうに身じろぎした。マイアがじとりとにらむ。
「いずれにしても、〈ギルド〉から改めて接触があるだろう。そして、ぼくらはそれを受諾する」
「破壊工作だとわかっていても、ですか?」
とエリーゼ。そのとなりでエルドレッドが物問いたげな視線をイアンに向けている。
「それがぼくらの利益になるからね」とイアン。「ぼくらは今、三つの問題を抱えている。それらを解決するには〈ギルド〉の組織力が不可欠なんだ」
「一つは、人手不足の問題ですかな」
とダントン。
「そう。ぼくらは国を名乗るにはあまりに小規模だ」とイアン。「だけど、これは三つのなかでは一番優先度が低い」
「一番優先度が高いもので言いますと?」
「屍者技術の発展」
イアンは端的に答えた。なるほど、とダントンは合点がいったようにうなずいた。
「では、残る一つは?」
とたずねたのはマイアだ。
「領土の拡大だ」
イアンは答えた。
「なるほど。たしかに狭いですもんね、ここ」
とエリーゼ。
「ぼくが冒険者の遺体を回収しすぎたからね」とイアン。「ダンジョンが第9層を形成するうえで十分な素体がなかったんだろう。まあ、これについてはおいおい解決する予定だ」
「〈ギルド〉の組織力を使って、ですか」とダントン。
「そう。つまり最優先で解決すべきは屍者技術の発展というわけだ」