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4、深奥

 静まり返った部屋で、レイノーラは改めて円卓を囲う面々と向き合った。

「招かれた身でありながら懐中に手を伸ばすなど、〈ギルド〉の使者として何たる非礼。謹んでお詫び申し上げます」

 すると、恐れ多いとでも言うようにイアンは両手を前で振った。

「いえいえ、先に手を出したのはこちらです。ほら、マイア」

「・・・申し訳ありません」

 マイ・アオムラ、いやマイアは不服そうだった。

 この女タンクは実に感情豊かな、苛烈な女だった。そしてイアンに対する態度を見るに、少年に絶対の忠誠を誓っているらしい。

 イアンによれば、彼女も含めてここにいる全員は血の通わないしかばねだと言う。レイノーラにはそのことが信じられなかった。

 嫌悪や敵意も感情は感情。レイノーラへの彼らの態度、ふるまいは人間味に溢れすぎていた。武器を収めていてもレイノーラへの敵意をむき出しにしているその他の面々も、実に()()()()ととしている。

 ・・・いや。

 レイノーラは視線を移す。イアンの後方、執事然として控えている男。彼だけは物言わぬ骸という表現が似つかわしい。

 こうしてひと悶着が起きているあいだも、この執事だけは顔色一つ変えずにじっと控えていた。実に不気味だった。

「ところで、あなたがこうしていらしたということは、〈ギルド〉はわれわれの要求を受け入れたということでしょうか」

 イアンの声にレイノーラは視線を戻した。

「い、いえ、そういうわけではありません。わたしはあくまで・・・」

「おれたちに宣戦布告しにきたのか」

 横合いから口をはさんだのは長槍と剣の男、エルドレッドだった。不遜な態度で足を大テーブルに乗り上げている。

「エルドレッド、またきみは」

「うるさい、イアンは黙っていろ」

 エルドレッドはイアンをにらみつけた。

 レイノーラは内心驚いた。マイアとずいぶん態度が違った。〈屍者の国〉への忠誠心にはばらつきがあるということか。

 あるいはこのあたりがねらい目なのか。

「おまえ、レイノーラと言ったか」エルドレッドはレイノーラをねめつけるように睥睨した。「イアンはともかく、おれたちはおまえを信用していない。こちとら三回も攻め込まれてるんだ。最初の二回はまだしも、最後の一回、あれは間違いなく攻略部隊だ」

「攻略など・・・」

「白々しい。元冒険者であるおれたちを騙せるとでも思ったのか」エルドレッドは吐き捨てるように言った。「貴様が武器を携えているのが何よりの証拠だ。あの書状には武装解除の要項が入っていたはずだ。なあダントン」

 老齢の戦士が無言でうなずいた。

「〈ギルド〉の使者を名乗る人物が、おれたちの要求を無視して武装して乗り込んできたんだ。おれたちと一戦交えようって以外にどんな魂胆があるって言うんだ」

「ちょっと兄さん、言い過ぎじゃない」

 白杖をたずさえた少女が眉をひそめた。「いくらなんでも、完全非武装で敵地にやってこい、なんて無茶よ。護身用にお守り一本抱えてたって避難するほどではないわ」

「エリーゼは黙っていろ」

 お守り、か。

 レイノーラは苦笑した。これでも〈ギルド〉垂涎の逸品を借り受けたのだが。

「何を笑っているのかしら」

 黒杖の女が目を細めた。「イアン様と〈屍者の国〉を侮辱するなら吹き飛ばすわよ」

「失礼」レイノーラは言った。「不快にさせるつもりはなかったのです。ただ、自分の小心者加減につい」

 レイノーラは懐からステッキを取り出した。冒険者たちが武器を構えるのを無視して、静かにステッキを大テーブルに置いた。

 冒険者たちからかすかな驚きの声が漏れた。

「あなた方とここで一戦を交えるつもりはありません」レイノーラは言った。「そちらの白魔法師の方がおっしゃられたように、これは護身用のつもりで持ち込んだものです。しかし、無用な誤解を招くばかりか身を守るのにもたいして役に立たないとあっては、もはや必要ないでしょう」

 臆病なわが身をお許しください、とレイノーラは頭を下げた。

「〈ギルド〉にもこれほど見上げた者が残っていたとはな」

 顔を上げると、先ほどまで傍観を決め込んでいた老戦士だった。腕を組んだ姿勢で、細い目を長槍と剣の男に向けた。

「エルドレッド。どうやら頭を下げるべきはお主のようだぞ」

「はあ?ぬかせ。おれは間違ったことは言ってねえ」

「では、まだやるのかね」

 老戦士が意味ありげに眉を上げると、エルドレッドは舌打ちをして狸寝入りを決め込んだ。

「ありがとう、ダントン」

 イアンがダントンに向けて目礼した。ダントンは軽く手を挙げるにとどめて、レイノーラに目を向けた。

「レイノーラ殿、とお呼びしてもよろしいかな」とダントン。

「もちろんです、ダントン氏」

「あなたの決意はよく伝わった。〈ギルド〉を信用するわけではないが、どうやらあなたは対話をするに足る人物のようだ」

 ほかの冒険者が沈黙で同意を示した。レイノーラがほっと一息ついたのもつかの間、だが、とダントンは続ける。

「エルドレッドもあながち的外れではない。われらは〈屍者の国〉の臣民にして王イアンを掲げる者。身命を賭して彼を守る責務がある。そして〈ギルド〉はすでに三度我々に剣を向けている」

「ダントン。あなたまで・・・」

 イアンが眉をひそめた。

「イアン様、構いません」とレイノーラは制した。「ダントン氏の仰る通りです。ダントン氏、続けてください」

「かたじけない。であるならば、あなたの訪問の意図が明らかになるまでは、我々としても武装を解くわけにはいかない。ご理解いただけますかな?」

「もちろんです」

 要するに腹を割って話せ、ということである。

 レイノーラは軽く唇を舐めた。

「わたしがあなたがた〈屍者の国〉を訪れた目的は三つです。一つ、〈屍者の国〉の詳細を把握すること。一つ、〈屍者の国〉の目的を調査すること。一つ、あくまで対話によって〈屍者の国〉の解体を要請すること」

「我々の解体、ですか」

 それを聞いてもイアンは不快な表情を見せなかった。「さきほどのご発言によれば、それは宣戦布告とは別種のもの、ということですね」

「そのとおりです。()()()()帯びた任務は武力討伐ではありません」

 レイノーラは言外の含みをこめた。

「なるほど」

 イアンは微笑を崩さなかった。〈屍者の国〉としても想定していた返答、ということなのだろう。

「残念ながら、あなたの三つの目的のうち最後の事項を呑むことはできません。ぼくらには果たすべき天命があります」

「どうしても、ですか」

「どうしても、です」

「現在の状況が続けば、〈ギルド〉は〈屍者の国〉のせん滅をためらわないでしょう」

「なんだと貴様」

 マイアが構えるのをイアンが制した。

「それでも、です。戦争はぼくの望むところではありませんが、戦いを避けるためにぼくらの天命をまげるつもりはありません」

「そう、ですか」

 レイノーラはたいして落胆もしなかった。〈屍者の国〉の解体というのは、あわよくば、程度の目的である。〈ギルド〉のお偉方とてそんなこと期待すらしていない。

「では、〈屍者の国〉の解体それ以外の事についてはどうでしょう」

 レイノーラは言った。

「そもそも〈ギルド〉が遠征部隊を派遣したのは〈屍者の国〉が素性不明の集団であったことが大きな原因です。構成員はおろか目的すら判然としていません。

 なぜここに〈ギルド〉の冒険者がいるのですか。

 またマイ・アオムラ・・・いえ、マイアは死亡したと聞いています。先ほどおっしゃった〈屍者〉というのは事実ですか。

 〈屍者〉を集めて国を建て、あなたがたは何を目指すのですか」

 失礼を承知でレイノーラは畳みかけた。これは〈ギルド〉全体を代弁した発言でもあった。人間はとにかく正体不明の存在を恐れる。素性を明らかにしたいというのは自然な欲求だった。

「あなたの言うことはもっともです」

 レイノーラの言葉を咀嚼するようにイアンはゆっくりと言った。「それらの質問に答える用意がぼくにはあります。もともと隠し立てるつもりはなかったのです。ただ・・・」

 イアンは目線をそらした。その先には立てつけたような古い木戸がある。

「言葉を重ねるよりも実際に見てもらったほうが早いでしょう」

 そして席を立つ。

「イ、イアン様」

 マイアが慌てている。彼女だけではない。先ほどまで落ち着きを見せていたダントンは白杖のエリーゼも腰を浮かせてる。

 なんだ、木戸の奥に〈屍者の国〉の秘密でもあるのか。

 レイノーラは目を細めてイアンの言葉を待った。

「〈屍者の国〉について理解を深めていただくためには、なにより〈屍者〉について知っていただくのが近道でしょう。みんなも構わないよね」

 その言葉にマイアは嫌悪感をあらわにした。

「イアン様、本当にあの場所にこの者を招き入れるのですか」

「見られて困るものではないからね」

 とイアン。

 そこへ黒杖の女(エマと言ったか)が口をはさんだ。

「僭越ながら、イアン様。神聖な場に部外者を許すのはいかがなものでしょう」

 黒杖の女に対し、白杖のエリーゼは椅子に腰を落ち着けて言う。

「わたしは・・・気は進みませんが、イアン様がよしとされるのなら、反対はしません」

 隣席のダントンも無言でうなずいている。

「二対二、だね」

 イアンはエルドレッドを見た。

 エルドレッドは片目を薄く開けると、手をひらひらと振った。口をはさむつもりはないらしい。

「三対二、決着だね」

 イアンは微笑んだ。マイアとエマがわざとらしいほど大きなため息をついた。

「では、レイノーラ氏。行きましょうか」

「は、はあ・・・」

 イアンが木戸に向かった。状況がよく呑み込めないまま席をレイノーラはあわてて席を立つ。そのとき、ダントンがイアンに向けて

「お待ちくだされ、イアン様。護衛を一人おつけください」

「ダントン・・・」

 イアンの顔が露骨にゆがみ空気が一段階冷えた。しかし、ダントンは目をそらさなかった。しばらく両者にらみあっていたが、やがてイアンが力を抜いてため息をついた。

「わかったよ・・・。おじいさん、ついてきて」

 イアンが声をかけたのは、執事の男だった。

 王の護衛によりによってこの執事を選ぶのか、とレイノーラは訝しんだ。しかし、周囲の冒険者は「それならば文句もない」というような態度だった。

 〈屍者の国〉への疑問は尽きるどころか増すばかりだった。頭が痛くなるようだが、それもあの木戸をくぐれば解消されるかもしれない。

 レイノーラはイアンについて木戸をくぐり、〈屍者の国〉の深奥に迫った。

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