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3、屍者の国

 〈屍者の国〉に関する情報が初めて〈ギルド〉に入ったのは、およそ一か月前のことだった。

 ダンジョンは第8層まで先行調査が終わっており、そのうち第7層までが攻略対象として冒険者による遠征が行われている。

 今回、ダンジョン第9層の情報収集として、先行調査隊が派遣される運びとなった。目的はダンジョンの攻略ではなく、地形やモンスターの種類などの基本情報の収集だった。

 だが先行調査隊が、伝令係の一人をのぞいて帰らなかった。その伝令係いわく


「明らかにモンスターとは異なる集団が第9層を占領している」

 

 それが本当だとすれば前代未聞の事態だった。

 ダンジョンはモンスターの巣窟である、というのが一般常識だった。ダンジョンでモンスターの以外の集団が跋扈しているなど、非常識を通り越して空想の産物だった。

 あまりに前例のない現象のために、当初ギルドでは懐疑的な意見が強かった。これは、そもそも第9層はダンジョン最下層部の難関地区であったことも影響している。先行調査は非戦闘任務とはいえ、全滅の可能性も0ではなかった。

 とはいえ全滅は全滅。原因調査と生存者のため、追加の隊を派遣することが決まった。複数のダンジョン制覇経験のある熟練の冒険者も含めた一行は、2週間前に出発した。

 しかし彼らも帰らなかった。今度は伝令係すら生きて帰ることはできなかった。いよいよ未曽有の事態が起こっていることが明らかになり、〈ギルド〉は本格的な攻略チームを派遣することを決定した。

 三度目の派遣である。

 この攻略チームは、一定の成果を上げて帰ってきた。もっともこれは、彼ら冒険者の功績に帰してよいものかは疑問だった。

 またしても帰還したのは一名だったのである。しかも彼らは、正体不明の集団からのメッセージを携えて帰ってきた。意図的に生かされたのは明白だった。

 そのメッセージを要約すると、次のようになる。


 1、我々はダンジョン第9層を領土として〈屍者の国〉として建国を宣言する

 2、〈ギルド〉は〈屍者の国〉を承認すべきである

 3、我々〈屍者の国〉は〈ギルド〉と対立する意思はない

 4、過去に送り込まれた冒険者たちについては、領土を保全するためのやむを得ない正当防衛である

 5、我々は対話の機会を設ける用意がある。ついては代表者1名を選出のうえ、第9層に参上願いたい。

 6、ダンジョン第9層はすでにわれわれの支配下にあり、また案内役をあてがうため、冒険者の用意は不要である。貴君らの武装を確認した時点で敵対行為とみなす。


 このメッセージを受け取ったギルドでは、数日にわたって対応が協議された。

 論点は主に三つあった。

 一つは〈屍者の国〉なるものを承認すべきかどうか。これは議論するまでもなく満場一致で否決された。ダンジョン攻略の仲介役ともいうべき〈ギルド〉が、ダンジョンに巣くう正体不明の集団を承認するわけにはいかなかった。

 むしろ問題は〈屍者の国〉なるものがいかなる存在か、ということだった。

 この点については、〈ギルド〉の事務員から有力な情報が上がってきた。

 いわく

「冒険者の遺体を回収・保全・埋葬を行うエンバーマーの姿がなく、遺体処理・死亡判定の事務手続きが滞っている」

 これを〈屍者の国〉の一件と無関係ととらえる人間は〈ギルド〉幹部の内には存在しなかった。

 エンバーマーとは〈ギルドの掃除屋〉とも呼ばれる、死体の専門家である。危険なダンジョンに潜入する冒険者は、そのなかで事故死することは珍しくない。

 この場合、対応は大きく二つある。

 一つは、冒険者仲間が遺体を回収したうえでエンバーマーに引き渡し、遺族に見せられる状態に()()()うえで埋葬する。

 もう一つは、冒険者仲間が遺体を回収しそこねた場合、エンバーマーが遺体を回収したうえで、先と同じ手順を踏んで死を弔う。

 すなわち、エンバーマーの職務は遺体の回収からその埋葬まで多岐にわたる。いずれにせよ、〈ギルド〉では遺体の回収はマストとされていた。


 なぜなら、ダンジョンは冒険者の遺体を食事することが知られているからだ。


 ダンジョンは雷やタイフーンと同じ自然現象であると同時に、生物的なメカニズムを持つらしい、ということが知られている。

 簡潔に言えば、えさを喰らい成長するのである。

 突発的に発生したダンジョンが聖書の長大な物語のように深く深く伸びていったのは、ダンジョン内で死亡した冒険者を喰らって成長した結果なのである。

 そのため〈ギルド〉としては、ダンジョン内で死亡した冒険者の遺体を回収することで、ダンジョンの成長を阻止する必要があった。

 しかし、いくら冒険者といえども、遺体の回収などという汚れ仕事を喜んで引き受けるもの好きはいなかった。

 そこで〈ギルド〉が考えたのが、〈ギルド〉専属エンバーマーである。

 初代エンバーマーは、〈ギルド〉に捕らえられた思想犯だったそうだ。もはや陽の当たる世界で生きていけない彼に汚れ仕事をすべて押しつけ、以来彼の一族子孫が代々エンバーマーとして冒険者の遺体の処理を一手に担ってきた。

 〈屍者の国〉なる不吉極まりない集団の長として、また〈ギルド〉に反乱を起こす人間として、これほどの適任はいるまい。

 ここで、二つ目の論点が登場する。すなわち、

「〈ギルド〉と敵対する意思はない、という文言は信ずるに値するか」

 である。

 これは大きく意見が分かれた。否定派の主要意見としては、

「すでに三度にわたって遠征した冒険者が無残にも殺されている。その首謀者の言など到底信じることはできない」

 肯定派の意見としては、

「もし〈屍者の国〉が冒険者を皆殺しにできるような集団なら、わざわざこうして対話を求める必要はない。それをあえて試みようとしているのだから、一定の信を置いてよいのではないか」

 などなど。

 侃々諤々の議論が交わされたが、結局落ち着く先は「〈屍者の国〉の詳細が分かるまでは保留する」というものだった。

 大きくなりすぎた〈ギルド〉という組織で、責任の伴う決定を下せる人間はいなかった。

 だが、ここで問題が一つ発生した。論点の三つ目にあたる、

「〈屍者の国〉と接触する代表者に誰が就任するか」

 である。

 この議論については多くを述べる必要はない。もめたことは言うまでもなく、みじめな責任の擦り付け合いの応酬だった。

 〈ギルド〉を代表する使者と言えば聞こえはいいが、要するに人柱ということである。まして相手は〈屍者の国〉を名乗る集団。奴らが巣くうダンジョン第9層は、文字通り〈屍者〉であふれかえった地獄絵図になっているかもしれない。

 レイノーラがこの貧乏くじを引かされたのは、直近で起こった会計まわりの小火騒動の影響だった。レイノーラにとっては〈屍者の国〉に赴き情報を集めること、あわよくばこの騒動の収束をはかることが起死回生のチャンスだった。


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