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25、〈屍者の国〉の思惑

 レイノーラが息を整える暇もなく〈ギルド〉の会議室の扉をたたいたとき、室内ではアイゼンハルト総帥のほか、財務理事と実務理事が席をつらねていた。かたわらに所在なさげにたたずむ見知らぬ男は、報告書を携えた文官仲間のようだ。

 レイノーラの姿をみとめた財務理事が眉をひそめる。

「遅いぞ、レイノーラ」

「申し訳ございません」

 部屋には停滞した重苦しい空気が漂っていた。ひょうきんな実務理事ですら神妙な面持ちで報告を待っている。

 なにより、教育理事の姿がないことにレイノーラは気づいた。

 ということは、あのうわさは事実なのかもしれない。

 レイノーラは文官仲間を見やった。

 文官は全員がそろったのを確認して、乾いた唇からかすかにふるえた声を発した。

「ご報告いたします。〈屍者の国〉撲滅のためダンジョン第9層を目指した遠征攻略部隊は全滅したことが、救助部隊の先遣隊員による情報で明らかになりました。その数、およそ・・・三千」

「三千・・・」

 〈ギルド〉にとって十二分に壊滅的な被害と言えた。

「第9層で何が起こったのですか?」

 実務理事の問いかけに文官は頭を悩ませた。

「それが分からないのです。生存者がいないのですから・・・ただ、先遣隊員からの報告によれば、第9層は黙示録に登場するような地獄絵図だったとのことです」

「黙示録だと?」

「冒険者の姿はおろか、モンスターすらポップしないほど悲惨な有様だったと。人知を超えた業火に焼き尽くされたとしか思えない、というのが彼の言葉そのままです」

「魔法か?」

「まだ何とも。詳しい報告は本隊を待たなければ・・・」

「教育理事はどうなった?」

「消息不明、ということになっていますが、おそらくは・・・」

 ここで沈黙が訪れた。

「・・・この先のことを、考えねばなりませんな」

 財務理事がしぶしぶといった態で発言した。「〈屍者の国〉の撲滅より先にわれわれ〈ギルド〉が終わりかねない。三千もの冒険者を一時に失ったとあっては、これまでのように依頼の仲介業務をまともに行えないでしょう。そうなれば〈ギルド〉は主たる収入源を失うことになる・・・いかがされますか、総帥」

「貴様に言われなくてもわかっている」

 総帥の声は低く淡々としていた。「ひとまず本隊の報告を待たねばなるまい」

 それが時間稼ぎであることは、この場の誰にも明らかだった。

 今回の一件で〈ギルド〉は大多数の冒険者を失っただけでなく、幹部の一人である教育理事を亡くした。それにもかかわらず敵である〈屍者の国〉の王の首を取ることはおろか、その尻尾をつかむことすらできなかった。

 〈ギルド〉内部では総帥の責任と問う声が日に日に大きくなっている。アイゼンハルト総帥の再選の夢はすでに潰えたも同然だった。

 この部屋に渦巻くのは、〈ギルド〉内の混乱を契機にした種々の欲望だった。

 レイノーラは部屋の面々を見やる。

 財務理事などはいかにもわかりやすく、これを機に総帥の座につこうと舌なめずりをしている。いま彼のなかにあるのは、いかにすべての責任を総帥に押し付けた状態でその座を継ぐか、という欲望だった。

 一方、実務理事の心の内はうかがい知れない。

 彼が何を考えているのか。

 レイノーラの思惑に彼が気付いているかどうか。

 そのときだった。

 部屋になだれこむように入ってきた一人の男がいた。さきほど文官の話していた、救助隊のメンバーのようだった。

「何事だ」

 アイゼンハルト総帥が不機嫌な声で問いかけた。

「き、救助隊本隊からの速報です」

「〈屍者の国〉の王の首をとったか」

「残念ながらそれは・・・状況は最悪の一言に尽きます」

「まさか救助隊が全滅したなどとほざくなよ?」

 総帥がにらみをきかせた。

 救助隊員は震えあがって首をぶるぶると振った。

「救助隊は成果こそないものの、被害は被っておりません。全員無事であります」

「では何が問題なのだ」

 救助隊員は息を整えながら、これまでの経緯と現在の事態を説明し始めた。

「われわれは第9層にたどり着き、生存者の捜索にあたりました。しかし、まもなくそれが絶望的な任務であることが明らかになりました。先遣隊の報告どおり、モンスターすら出没しないような地獄と化した第9層で、生存者がいるなどありえなかったのです」

「・・・」

「第9層の捜索を終えたわれわれは、第10層に目を向けました。あるいは、第9層の地獄を逃れた冒険者の一部が、第10層に逃げ延びた可能性がありましたから」

「第10層に逃げたとて、モンスターに食い殺されるのがオチではないのか」

 と財務理事。

「むろん、われわれも期待をしていたわけではありません」

と、救助隊員は答えた。

「しかし、事態はわれわれの予想を大きく上回るものでした。

 第10層はすでに攻略されていたのです!」

 なるほど、とこの時点でレイノーラは感づいた。

 実務理事もあごに手を当てて考え込んでいる。財務理事だけが得心がいっていなかった。

「第10層が攻略されただと?第9層を超える最下層だぞ!いったいどこのどいつだ」

「〈屍者の国〉のほかに考えられません。第10層はすでにモンスターが駆逐されたあとで、われわれが探索を行っているあいだもモンスターはほとんど出現しませんでした」

「やつらにそこまでの力があるのか・・・」

 財務理事は驚嘆の面持ちだったが、レイノーラからすればさして驚くほどではなかった。もともと彼らの実力にはある意味で最大の信頼を置いていた。三千の冒険者を一瞬で塵にしたのは想定外だったが、しかしそうとなればもはや第10層を攻略した程度で驚きはしない。

 実務理事が言う。

「つまり彼らは、われら〈ギルド〉の根城に招かれると同時に第10層の攻略を進めていたということですね。いやはや、恐ろしいまでの手際だ」

「お言葉ですが実務理事。彼らの思惑がその程度であればどれほどよかったでしょう」

 救助隊員の言に、実務理事は眉をひそめた。

「どういう意味ですか」

「わたしもこの目で見るまでは信じられなかったのです。しかし、考えてみていただきたい。なぜ彼らが〈ギルド〉を訪れ、これ見よがしな騒ぎを起こし、われわれの第9層に招き入れたのか。そしてなぜ、それと並行するようにわざわざ第10層の攻略を進めたのか・・・」

「・・・まさか」

 実務理事が愕然とした。

 救助隊員の言葉を待つまでもなくレイノーラは感づいていた。彼の思考に、救助隊員が見た地獄絵図に、この場にいる幹部たちの意識が徐々に追いついてくる。

 総帥はこれ以上ないまでの苦渋の表情を浮かべていた。

 救助隊員は言った。


「彼らは第11層を出現させることに成功したのです」


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