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24、終幕

 ダンジョン第9層。

 現在、ダンジョン最下層に分類されるこの階層を、遠征部隊は順調に足を進めていた。定期的に発生するモンスターとの接敵をのぞいて本丸であるところの〈屍者の国〉の面々はちらりとも遭遇しなかった。

「おかしいですね」

 ここにきてようやく、教育理事の心にも不安が芽生えた。かたわらに雑用係を呼び寄せて言う。

「レイノーラの報告によれば、第9層に彼らの巣窟があるのですね?」

「そのはずです」雑用係はあわただしく資料をめくった。「レイノーラは先導係に案内されて〈屍者の国〉に足を踏み入れた、とあります。考えられるとすれば、我々がどこかで道を間違えたか、あるいはすでに〈屍者の国〉の連中がずらかったか」

「死人に土の中以外のどこに居場所があると言うのです。それに、われわれはダンジョン第1層からやってきたのですよ。もし彼らが逃亡をはかったのなら、どこかで出くわすはずでしょう」

「お、仰るとおりです」

 雑用係は気圧された。

「で、では、遠征部隊を複数に分けてしらみつぶしに捜索させますか?」

「・・・いえ」教育理事は首を振った。「それこそが彼らの作戦かもしれません。彼らに足りないものが物量であり、われわれが誇る最大の武器が数の暴力であることは間違いありません。われわれはこのまま一個師団を維持しながら攻略を続けます」

 教育理事の指示により、遠征部隊は大規模編成を保ったまま、狭く暗い第9層をしらみつぶしに捜索してまわった。岩陰から天井に至るまで、ねずみ一匹通すなというのが教育理事からのお達しだった。

 しかし、どこを探しても〈屍者の国〉の連中は一人とて現れなかった。

 いよいよ彼らの逃亡が現実味を帯びてきたころ、遠征部隊はとある大きなスペースに至った。

 洞窟の雰囲気をもつ狭苦しい第9層ではめずらしく、大規模部隊をまるまる収容できるほどの広さを持っていた。天井もかなり高く、冒険者たちは久しぶりに圧迫感から解放され、リラックスした様子が見られた。

 しかし、教育理事はひとり爪をかんでいらいらと考え事にふけっていた。頭の中にあるのは当然、〈屍者の国〉の所在である。

 攻め落とすべき敵拠点や打倒すべき敵一味がいなければ、遠征の成功も失敗もあったものではない。教育理事は何としても今回の遠征で成果をあげなければならなかった。

 倒すべき敵を見つけられないまま帰ってきました、というのはある意味、敗北よりも屈辱的な事態だった。

 教育理事はだらけた雰囲気が漂う陣中に喝を入れるように声をはって言った。

「怠けている時間はありません。武具の手入れが終わり次第、再編成のうえ捜索を再開します。直ちに取り掛かりなさい」

 そして教育理事はかたわらの雑用係に向かって、「何をしているのです!あなたもさっさと準備なさい!」

 雑用係は尻をけ飛ばされるように陣中に飛び込んでいった。

 教育理事の檄にもかかわらず、冒険者たちはゆるい雰囲気のまま武具をかついでだらだらと整列をはじめる。

 烏合の衆の分際で、と教育理事は腹立たしい思いで爪を噛んだ。

 こんなことなら早々に一個師団を分解して網を張るように第9層の徹底捜索に乗り出すべきだった。

 死人のくせに生者の手を煩わせるなど、どこまでも図々しい連中だ・・・教育理事はますます苛立ちをつのらせた。

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 教育理事がそんなことを思い浮かべたのは、あとから思えば皮肉なものだった。

 冒険者たちのあいだでもひときわ鋭敏な神経を持つ者が、異変を感じ取ったのは、そんなときだった。

「なあ、今揺れなかったか?」

 最初は一つのつぶやきだった。それが瞬く間に波になって集団のなかを広がっていく。

「揺れたよな」

「風向きが変わったか?」

「生暖かい気が・・・」

「モンスターの気配はないぜ」

 ざわざわと騒がしくなるにつれて、教育理事の苛立ちがつのっていく。いよいよ声を荒げようかというタイミングで、ひときわ大きな揺れが襲ってきた。

 冒険者集団の中にどよめきが起こり、ここにきてようやく教育理事も異変を認識するにいたった。

「いったい何が起こっているのです」

 教育理事の声にこたえるべき雑用係は喧噪のただなかだった。

 教育理事は状況の把握に滞り、それが結果として冒険者たちの対応の遅れを招いた。

 もっとも、即座に対応できたからといって結果が変わったわけでもないが。

 しだいに揺れの頻度と大きさが増していき、明らかに体感できるほどに周囲の気温が上昇していくのを教育理事と冒険者集団は感じた。

 ダンジョン下層部を幾度も経験した熟練者はそれを竜の出現と勘違いした。火竜の地ならしや吐息と取り違えたのである。

 しかし、それが誤りであることにはすぐに気づいた。

 冒険者集団が集まる大空間の天井に、ぽつんと小さな灯りがともった。かと思うと、数秒のあいだにはっきりと視認できる大きさになり、冒険者たちは一様に天井を見上げた。

「なんですか、あれは・・・」

 教育理事は目を細めた。

 そのあいだにも天井の灯りは膨れ上がるように大きくなり、太陽のように周囲を煌々と照らした。その光線によって大空間は瞬く間に燃え上がるような暑さに包まれた。

 まるで天球だった。

 冒険者たちはじりじりと天球から遠ざかるように後ずさりしはじめた。やがて一人が駆けだすと、堰を切ったように冒険者たちは出口に殺到した。

「おまえたち、落ち着きなさい!」

 教育理事の声が届くはずもなく、あたりは大混乱となった。

 しかし、天に浮かぶ火球のような物体から逃れる方法などあるはずもなく、いよいよ火球は冒険者たちを圧殺しかねないほどになった。

 教育理事はこの期に及んで事態の収拾をはかり統率をはかろうと声を張り上げている。

 だから、彼女の耳に魔法の詠唱は聞こえなかったはずだ。

 大空間の一隅、誰も気づかない高所から、エマとエリーゼは同時詠唱を唱えた。


「地獄篇・終章〈黙示録〉」


 そのとき、何が起こったのかは今なお不明のままである。

 なぜなら、その魔法の直撃をくらって生存した者は一人としてなく、〈ギルド〉による事態の把握が至難を極めたからだ。

 分かったことはただ一つ。

 〈ギルド〉幹部をふくむ冒険者三千名の大規模遠征部隊は、一瞬にして全滅したのである。

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