22、錯綜する思惑
事がすべて終わり、教育理事は惨憺たる現場にひとりたたずんでいた。
「やってくれましたね・・・」
結果を簡潔に言えば、〈ギルド〉の冒険者の惨敗だった。エルドレッドとエリーゼの二人相手に、数十名に及ぶ冒険者たちは一掃され、〈ギルド〉本館も大きな被害を受けた。
〈屍者の国〉の実力は、これまでの遠征で十分にわかっていたつもりだった。しかし、たった二人でもあれほどの力があるとは予想外だった。
特に、妹のほう・・・と、教育理事は思う。兄のエルドレッドは剣と槍をあやつる剣士として警戒していた。しかし、そこそこの白魔法師にしか見えない妹が、冒険者集団を圧倒するほどの物理能力を持っているなんて情報はなかった。
あの右腕。
人形の右腕。
あれに叩き飛ばされた冒険者の数は知れない。
「この不細工な右腕も使い道があるでしょう」
彼らが姿を消す間際、エリーゼはそう言い残した。いつぞやの教育理事の皮肉への意趣返しとでも言うように。
「っ・・・」
教育理事は唇を強くかんだ。血がしたたる。
これを総帥に報告しなければならないことを考えると、教育理事は頭が痛んだ。
しかし・・・
「見方を変えればこれは僥倖ですね」
今回の一件で〈ギルド〉は大規模遠征の大義名分を得たことになる。冒険者が我が家であるところの〈ギルド〉で一方的にしてやられたとあっては、これまでの遠征とはくらべものにならないほどの気運になるはずだ。
選挙を見据えて及び腰だった総帥も、周囲の圧力が高まれば動かざるを得ないだろう。そして、冒険者を動員して遠征する業務を担うのは、教育理事その人だった。
これを足掛かりに総帥への階段をのぼっていく、というのが教育理事のひそかな計画だった。
エルドレッドの裏切り工作が上手くいくかどうかなど、本音で言えばどうでもよかったのだ。総帥や忌まわしい財務理事の顔を立ててやったにすぎない。適当に煽って向こうから先制攻撃を仕掛けさせれば成功だった。
もっとも、こここまでの被害を被ることは想定外だったが。
「返すべき借りがまた一つ増えましたね」
先の遠征が失敗したことで、教育理事としての自分の立場は下降の一途をたどっていた。自分に屈辱を味わわせた〈屍者の国〉には、何としても鉄槌を下さねば。
「リットマン、冒険者たちに触れを・・・」
教育理事は周囲を見回したが、リットマンの姿は喧噪にまみれていつの間にいなくなっていた。
「リットマン、報告を」
「はい、レイノーラ様。計画は順調です。明日にでも教育理事から大規模遠征が議題にかけられるでしょう」
「通りそうですか」
「九分九厘、通るでしょう。冒険者全体で、〈屍者の国〉への反感が高まっています。選挙を控えた総帥が抑え込むことは難しいでしょう。最短で1週間ほどで遠征部隊募集の触れが出され、教育理事の指揮のもとで遠征軍が組織されるでしょう。しかし・・・」
「なにか?」
「あのイアンという男は、どうやら我々の意図を感づいているようです」
「そうでしょうね」
「それも考慮済みだと?」
「彼は〈屍者の国〉の王として、最前線の元・冒険者たちを統べる男ですよ。ぼくらの思惑が見抜かれることは想定してしかるべきです。しかし、彼は我々の計画にのった。向こうにどんなメリットがあるかわかりませんが、遠征が決まった時点で我々の成功は約束されたようなものです」
「信じてもよいのでしょうか?」
「わたしを疑うと?」
「レイノーラ様ではありません。イアンというあの男のことです。レイノーラ様が計画の成否を託すほどの能力があの男に、ひいては〈屍者の国〉にあるとは思えませんが」
「たしかに、〈屍者の国〉が早々に遠征軍に蹂躙されれば我々の計画はご破算です。しかし、安心してください。そんなことは起こりませんよ」
「なぜそう言い切れるのです?」
「〈屍者の国〉に赴き、彼らに会えばわかりますよ。あれは、生者の手に負える連中ではありません。生物の宿命である死を超越した彼らと正面切って戦争をするなど、教育理事の計画は愚の骨頂です」
「〈屍者〉と手を取り合うべきだと?」
「そうですね。血は通っていなくても、心は通い合うかもしれませんね」
「ご冗談でしょう」
「当然です。では、また次の報告で」




