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21、拒絶と勃発

 イアンに言わせれば、〈屍者〉ほど不完全な存在はない。

 〈屍者〉に関する研究を始めたのは祖父だったが、現在イアンが生み出している〈屍者〉は祖父が望んだ存在ではないことだけは間違いなかった。

 いつか交わした祖父との会話の端々にのぼった言葉。

「死体を死体のままよみがえらせるのではない」

「死を超越した存在」

「生者の定義をひっくり返すほどのーー」

 祖父は明らかに生者と〈屍者〉の差異を意識していた。

 祖父が望んだのは〈日陰にありながら生者と遜色がないほどの存在〉だった。漠然とした表現だが、少なくとも姿かたちや声音や表情を似せることばかりを意味するのではないことは間違いなかった。

 その意味で、〈屍者の国〉を構成する〈屍者〉の面々は未完成だと言えよう。

 イアンは彼らにそれを隠さなかった。自分の技術不足を詫び、何としても〈屍者〉を完成させることを約束していた。

 何が言いたいのかと言えば、エルドレッドやエリーゼをはじめとする面々は〈屍者〉である自分たちの未完成さ、欠点を把握している、ということだ。

 ダントンやエマはそれをそのまま「欠点」と表現したし、狂信的なマイアはその欠点も含めて「完成している」と盲信的に言ったりする。

 エルドレッドやエリーゼに言わせれば、それは「〈屍者〉の宿命」なのである。


 翌日、エルドレッドとエリーゼは再び会議室に招かれた。

 部屋で待ち受けていたのは当然、教育理事である。

 エリーゼは周囲を見回したが、やはりと言うべきか、イアンの姿はなかった。バレないうちに再び地下安置室にもぐって遺体処理の続きをしているのだろう。

「おかけください」

 教育理事の声に、エリーゼとエルドレッドは正面の席に腰かけた。

 教育理事の傍らには昨日と変わらずリットマンが控えている。理事は机の上で手を重ね合わせると、世間話でもするように言った。

「お返事をうかがいましょう」

 エリーゼはエルドレッドをちらりと見た。

 エルドレッドもまた、今日の天気を答えるようにさらりと言った。


「答えはノーだ」


 エリーゼははっとした。

「理解できませんね」

 教育理事は冷笑的な笑みを浮かべた。「〈屍者の国〉の一員としての身分にいったいどんな未練があるというのです」

「未練とか執着とか、そういう話じゃねえんだよ」エルドレッドは言った。「これは〈屍者〉の宿命だ。おれたちにイアンを裏切ることはできねえ」

「元冒険者であるあなたにそんな倫理観があるとは驚きですね」

「だから、そういう話じゃねえんだよ」

「ご自分の家の再興には興味はありませんか?」

「・・・なんだと?」

 教育理事はいやらしく微笑んだ。

「あなたがたのことは調べがついています。リーエルン家、新興貴族ながら名誉ある近衛兵の職を代々になってきたまさに名家。本来であればあなたは近衛兵から議員までの道のりが約束されており、妹君にも輝かしい社交界での生活が待っていた。しかし・・・ずいぶん苦労されたようですね」

「・・・何が言いたい?」

「あなたとあなたの妹君の輝かしい未来、取り戻したくはありませんか?」

 エルドレッドは言葉に詰まった。

「兄さん・・・」

 エリーゼはエルドレッドの服のすそを掴んだ。エルドレッドがエリーゼの顔を見やる。

 その顔には一瞬のためらいがあったが、すぐに消えた。

 エルドレッドは言った。

「それでも、不可能なことは変わらねえ」

「意志の強さも行き過ぎれば頑迷という名の悪徳ですよ」

「知ったことか」

 エルドレッドは吐き捨てた。

「たしかにおまえの言う通り、おれたちは落ちぶれた。金も地位も名誉もすべて失った。取り戻せるなら取り戻したい、そう思っていた時もあったさ」

「・・・」

「けどな、どこまでいってもそれはおれの人生なんだよ。たられば話したってしょうがねえ。過去の栄華も地獄の現実も・・・死んだその先だっておれが自分で背負うしかねえんだ」

「あなたのエゴに妹君もまきこむと?愚かですね」

 そう言って教育理事は眉をひそめた。

「あいにく、おれと妹は一蓮托生なんだ。おれの罪はこいつのもの。こいつの罪もおれのもの。二人で一緒に背負っていくさ」

 教育理事は長い溜息をついた。

「愚かすぎてへどがでますね。冒険者というのはどうしてこうも愚かなのでしょう。リスクとリターンの計算もまともにできず、自ら喜々として死地の赴いていく。扱いやすいことこの上ないですが、こうなると融通のきかなさが鼻につきますね」

「おれたちとおまえが手を取り合うなんて幻想、本気で信じてたのか?」

 エルドレッドは鼻で笑った。

「それもそうですね」

 教育理事もふんと鼻を鳴らした。そして、かたわらのリットマンに視線をやった。

 リットマンもまた、エルドレッドとエリーゼをあざけりの侮蔑の交じった目で見ていた。彼が指をぱちんと鳴らすと、勢いよく会議室の扉が開け放たれた。

 武装した冒険者の集団がほこりをまき散らしながら飛び込んでくる。あっという間にエリーゼとエルドレッドは囲まれてしまった。

「悪く思わないでくださいね」

 教育理事は微笑んだ。「見たところ、あなた槍と剣の二刀流のようね。多数を相手にするのは苦手じゃなくて?」

「お気遣いありがとうよ」

 エルドレッドは答えた。そうしているあいだにも冒険者たちが二人を取り囲んでいく。「だがあいにく、そのあたりのすみわけはうまくできてるんでな」

「あなたの華奢な妹君に何かできるとは思えませんが」

 教育理事はエリーゼに無遠慮な視線をくれた。「それ、白魔法師の装束でしょう。味方ありきの僧侶風情に、この手勢を相手できると?」

「エリーゼ、頼む」

 エルドレッドは言った。

「いいの?」

 エリーゼは尋ねた。

 エルドレッドがたたきつけたノーという返事には、エリーゼのあずかり知らない葛藤があったはずだ。そうでなければ、〈ギルド〉にやってきてからのエルドレッドの不審な言動の説明がつかない。

 おおかた、エリーゼの身を案じての逡巡だったのだろうが・・・

 エルドレッドは小さくうなずいてみせた。それがエリーゼにはうれしかった。兄に気付かれないようにかすかにほほ笑むと、朗々と詠唱する。


「〈人形の剛腕・変化〉」


 エリーゼの人形の右腕が、スライムのようにぐにゃりと揺らめいた。その場にいた冒険者のうち、その気配に気づいたのはどれほどだっただろう。

 人形の右腕が、風船のように強烈な膨張を見せる。

「これは・・・」

 教育理事が椅子から立ち上がる。かたわらのリットマンが「お下がりください」と距離を取らせ、周囲の冒険者たちにげきを飛ばす。

「貴様ら!はやくしとめろ!」

「もう遅いです」

 エリーゼは言うと同時に、冒険者たちが飛び掛かった。


「〈人形の剛腕・露払い〉!」


 エリーゼは大きく身体を振った。遠心力で増大した右腕の力は、武器を構えて襲ってきた冒険者もろとも部屋を吹き飛ばした。

 耳をつんざくような轟音とともに、外に面した壁が一面吹き飛ばされる。無事だったのはエリーゼのそばに控えていたエルドレッドと、距離をとった教育理事とリットマンだけだった。

「あなた・・・」教育理事が唇をゆがめた。「〈ギルド〉本部で暴力行為を働くなんて、向こう見ずをこれ極まれりね」

「これもあなたの想定内・・・いえ、むしろ筋書きなんでしょう」

 エリーゼは言った。「わたしの兄に何を吹き込んだか知らないけど、まさか本当に裏切ると思っていたわけではないのでしょう。イアン様がいらっしゃるのに裏切りをそそのかすなんて、正気の沙汰ではありませんから」

「あら、気付かれていたのね」

 教育理事は言った。「そう、その通りよ。わたしが本当に求めていたのは、あなたたちを抹殺するための大義名分。罪なき者をせん滅することに抵抗はあっても、同胞を傷つけた賊を掃除することに後ろ向きな者はいないもの」

 もっとも裏切ってくれるに越したことはなかったのよ、と教育理事。首魁を殺す手間がはぶけますもの。

 そのときだった。


「ぼくが死を恐れるとでも?」


 エリーゼとエルドレッドははっとして声のするほうを向いた。

 扉口に立っていたのはイアンだった。相変わらず汚れてみすぼらしい姿をしている。それを見たエルドレッドは言った。

「死体は片付いたのか」

「みんなきれいになったよ」イアンは言った。「仕事が終わったから様子を見にきてみれば・・・ずいぶん面白いことになってるね」

 イアンはぶちぬかれた壁面の状況を見て言った。

「あら、〈屍者の国〉の王。よくぞおいでくださいました」

 教育理事は皮肉に満ちた笑みを浮かべた。「あなたは最後に、と思っていましたが・・・手間がはぶけました」

「さて。それはどっちだろうね」

 イアンは意味深なせりふを吐くと、エルドレッドとエリーゼを向いた。「この状況になってるってことは、〈ギルド〉の裏切り工作は失敗したってことかな」

「知っておられたのですか!」

 エリーゼは驚いた。

 イアンは言う。

「一度敗走している〈ギルド〉がわざわざぼくらを招いたんだ。正攻法でせめてくることはないと思っていた。ちょうど手ごろに見える駒もいたことだしね」

「誰のことだてめえ」

「さあね」

 そこで教育理事が口をはさんだ。

「雑談はもうお済みかしら。そろそろ始めてもよくて?」

 教育理事の言葉に、気づけば冒険者の数が増えている。爆発音を聞いて駆けつけていたものがいるようだ。教育理事は言う。

「あなたのお仲間が頑固なせいで、こちらは不要な手間がかかって困ってるの。時間短縮に協力してちょうだい」

「頑固というのは〈屍者〉の表現としてはこれ以上ないくらい適切ですね」

 イアンは微笑んだ。「変化しないことこそが〈屍者〉の最大の特徴ですから」

「何を言っているのかしら」

「あなたは〈屍者〉について大きな勘違いをしているということですよ」

 教育理事の顔がゆがんだ。

「なんですか。まさか実は生きているとでも言うつもりですか」

 イアンは首を振った。

「まさか。彼らはたしかに死んでいます。ダンジョンで死に、ぼくが救い上げた。消え失せるばかりだった魂を固定して〈屍者〉として復活させた。重要なのは「魂を固定した」ということです」

「・・・」

「つまり、彼らは死んだ時点からありとあらゆることが固定されているのです。成長や代謝といった生理的なことだけじゃない。死んだときに抱いていた悲しみも憎しみも、彼らの性格を構成するあらゆることは固定されて動くことはありません」

 表情ぐらいなら動きますがね、とイアンはつけくわえた。

「だから、〈屍者〉をそそのかす、なんてどだい不可能なことなのです。たとえ本人にその意思があっても〈屍者〉は変化とは無縁の存在だ。死から蘇る際にたてたぼくへの忠誠は、絶対にくつがえらない。あなたはそれを勘違いしていたのです」

 そう、それこそが〈屍者〉の宿命。

 エリーゼは自分ごとのような、他人事のような不思議な気持ちで聞いていた。感情の固定化というのは、当人ですらぴんとこなかった。なぜならこうして自分の感情はたしかにあるのだから。

 イアンに言わせれば、今こうしてエリーゼが感じているさまざまな思いは、死んだ時点で持っていた感情の幅の間でしか揺れ動かないのだそうだ。

 イアンと相性の悪そうなエルドレッドですら、いくら憎まれ口をたたいてもイアンへの忠誠だけは不変なのだ。

 生きているときのような自由な感情は、エルドレッドにもエリーゼにもない。人間を憎みながら死ねばずっと人間のことを憎み続ける。罪の意識を感じながら死ねばその罪を背負い続ける。

 エルドレッドとエリーゼは一蓮托生。それは文字通りのことだった。

 しばらく黙りこくっていた教育理事が口を開いた。

「なるほど。どうやらわたしの勘違いは認めざるを得ないようですね。主に絶対の忠誠を誓う不死の軍勢とは、狂信もここ極まれりですね。やはり、実効的な手段に訴えるほかないようです」

 教育理事が手で合図すると、冒険者たちがイアンたちを一斉に取り囲んで武器の矛先を向けた。

 エルドレッドとエリーゼはイアンを守るように立った。

 イアンは言った。

「エリーゼ、エルドレッド、頼む」

「構わないのか?」「構わないのですか?」

 二人の問いにイアンはうなずいた。「これも想定の範囲内だから問題ないよ。それを前提にしてダントンとエマにも動いてもらってる。派手にやってくれ」

「派手に、か」

 エルドレッドは好戦的な笑みを浮かべた。

「イアン様がそう言うなら・・・」

 エリーゼも右腕を構えた。

 二人とも何気ない作業をするかのような自然体な構えだったが、そこには周囲の人間を圧倒する何かがあった。

 まわりの冒険者が気圧されてたじろぐなか、二人は詠唱をする。


「〈人形の右腕・辣腕〉」

「〈槍剣・血祭〉」


 教育理事とリットマンを残して冒険者が一掃されるのに、五分とかからなかった。

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