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2、謁見

 冒険者組織、通称〈ギルド〉。

 その主要な業務は、冒険者への依頼のあっせんである。

 民間、国家を問わず、危険を伴う依頼を冒険者に取り次いで手数料を得る、というのが基本的な〈ギルド〉の収益構造である。

 そして、その依頼の多くはダンジョンに関係している。

 ダンジョンは世界各地に突発的に発生する自然現象の一種である。内部にはモンスターが生息しており、放置すればモンスターの蔓延を招くため、冒険者が駆り出される。

 そのため〈ギルド〉とダンジョンは切っても切れない関係なのだが、〈ギルド〉の職員がダンジョンに駆り出されることはめったにない。

 しかし今日、〈ギルド〉本部所属レイノーラ・ボナパルトは、ダンジョン下層部第9層8節の暗く湿った洞窟をひた歩いていた。

 聖書になぞらえて銘打たれたダンジョンにおいて、第9層は深部も深部。〈地獄篇〉の名にふさわしいこの世の地獄・・・

 のはずである。

 しかし、今の第9層はむしろ恐ろしいまでに静寂に包まれていた。モンスターの姿はなく、天井の低い洞窟にレイノーラ本人と先導者の足音だけがむなしく響いている。

 先導者は執事然とした男だった。頭頂部の薄くなった白髪に同じ色あいの口髭。ネクタイを締めた背広姿に革靴といういで立ちである。

「ここは本当に第9層なのですか」

 前を歩く先導者にレイノーラは声をかけた。だが、前を歩く男は返事をしない。

 得体のしれない男だった。野蛮なダンジョンで正装に身を包んでいるだけでなく、何というか、話すという機能を喪失しているような様子だった。

 人ではないような。

 不気味な印象を与える男だった。

 不気味。そう、不気味。

「〈不気味の谷〉・・・」

 レイノーラは人知れずつぶやいた。

「あなたも〈屍者〉なのですか」

「・・・」

「われわれ〈ギルド〉に反乱を起こした、というのは事実ですか」

「・・・」

「あなたがたの目的は何なのです」

「・・・」

 レイノーラはため息をついた。目的地に到着するまでに情報を集めておこうという目論見は潰えた。

 やがて眼前にはダンジョンには異質な鉄扉があらわれた。重厚な扉だったが、先導者はわけなくすんなりと開けてみせた。そして無言で頭を下げる。

「入れということか」

 レイノーラは固唾をのんだ。この先は、生者の世界ではないはずだった。地下世界のようなダンジョン第9層の雰囲気とあいまって、地獄に足を踏み入れるようだった。

 レイノーラは〈屍者の国〉に足を踏み入れた。


 レイノーラを待ち受けていたのは、ダンジョンにしてはこぎれいな一室だった。

 露出した岸壁に囲まれた空間に、品の良い調度品が並べられている。中央の吊り下げられた灯りの下に10人は座れるかという大テーブルがある。そのうち5席は冒険者で埋められており、一人は起立して部屋の主のそばに控えていた。

 先導係だった執事が、下座にある椅子を引いた。ここに座れということか。レイノーラが腰かけると、執事は静かに上座の後ろに控えた。

「ようこそおいでくださりました」

 正面からの声にレイノーラは視線を向けた。

 驚いた。大テーブルの短辺、レイノーラに向き合うようにして座っていたのは、地味でみすぼらしい少年だった。

「こちらこそお目通りがかなってうれしいかぎりです」

レイノーラの声は緊張で少しかすれていた。

「ギルド総帥アイゼンハルトの名代として参りました、ギルド本部直属レイノーラ・ボナパルトです」

「総帥じきじきとは」少年はかすかにほほ笑んだ。「イアン・エンバーマーと申します」

「よろしくどうぞ〈ギルドの掃除屋〉」

 その呼び名に、少年は反応を示さなかった。


 エンバーマー。死化粧師あるいは死体回収屋。

 その存在はむろん知識としてあったが、レイノーラが実際に目にしたのは初めてだった。

 まさかこんな幼い子供だったとは。

 一五歳ほどだろうか。穏やかで無垢な面立ちをしている。乞食と見まがうような貧相な衣服をまとっており、至るところに乾いた泥がこびりついている。茶色の伸び放題の髪は、もしかしたら元は黄金色だったのかもしれない。

「何をじろじろと見ている」

 そう言ってレイノーラをにらみつけたのは、少年のそばで起立して控えていた娘だった。少しすすけているが上等な鎧をまとっている。

 女性の身でタンクなのか。レイノーラは訝しんだ。

「だから」女タンクは苛立たしげだった。「何をじろじろと見ている」

 レイノーラは思い出した。「あなた、まさか〈求道者の集い〉のマイ・アオムラでは。第7層で死亡したと・・・」

「その名で呼ぶのはやめろ!」

 女タンクは叫んだ。今にも盾を構えんばかりの勢いに、レイノーラは気圧された。思わず懐のステッキに手を伸ばしかけた。

 しまった、とレイノーラが気付いたときには遅かった。ギルドの使者として最悪の一手だった。一触即発。その場にいた冒険者が全員殺気立って武器を手に取った。

「みなさん、落ち着いてください」

 朗々とした声が響いた。少年の声だった。

 冒険者のうち二人、老齢の屈強な男と白い錫杖の女は武器を下ろした。レイノーラもステッキを懐にしまった。

 しかし3人の冒険者は臨戦態勢のままだった。盾を構えたマイ・アオムラ、長槍と剣を携えた長身痩躯の男、黒杖を構えた豊満な女だった。

「イアン様、わたしの後ろにお下がりください」

 マイ・アオムラが重厚な盾を構えてレイノーラをにらんだ。

「イアン、こいつ殺ってもかまわねえな」

 長槍を背中に携え、剣を抜いている男が吠えた。

「あなたもこれまでの方々と同類ということなのね」

 黒杖の女は冷静だが静かな殺意をたたえていた。

「やめてエルドレッド、エマ。マイアも。ボナパルト氏に戦意はないよ」

「だが」

と長槍と剣の男。

「やめなさい」イアンの声音が変わった。「ボナパルト氏はぼくらと話をするために、わざわざ単身で敵の巣窟に乗り込んできたんだ。戦意がないのは明らかだよ」

「ですがイアン様、奴はステッキを」

とマイ・アオムラ。


「しつこいな。ぼくを怒らせないでくれ」


 空気が一段階冷えた。墓場のようだった。

 すると驚いたことに、殺気立った3人の冒険者は静まり返った。武器をおさめ、しおれたように席にもどった。

「申し訳ありません」イアンは深く頭を下げた。「なにぶん建国してまもない時分ですので、ぼく含めて心に余裕がないのです」

 そして意味ありげに左胸に手を当てた。

「あ、ああ・・・いえ」

 レイノーラは呆然とするあまり言葉が詰まった。

 薄汚れた幼い少年という印象は、この数瞬ですっかり掻き消えてしまった。

 〈ギルド〉有数の冒険者を従え、〈ギルド〉に反乱を起こした集団。彼らを統べる存在が、今まさに目の前にいるこの少年なのだ。

「ではやはり、あなたがこの国の・・・」

「はい、そのとおりです」イアンはうなずいた。「〈屍者の国〉の王、イアン・エンバーマーです」

「ということは・・・」

 レイノーラはおそるおそる周囲を見回した。

「ええ、ご推察のとおり」

 イアンは深い笑みをたたえていた。

「ここにいるのは、わたし以外すべて〈屍者〉です」

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