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18、尊大な教育理事

 〈ギルド〉を訪れてから一夜が明けた。

 イアンは地下安置室にもぐって以来姿を見せていない。

 エルドレッドとエリーゼが所在なげに自室で過ごしているところに、例のリットマンが訪れた。

「お二人に面会のご希望が来ております」

 いぶかしむ二人をよそにリットマンは慇懃だが有無を言わせぬ態度で二人を会議室に案内した。それは奇しくもイアンは実務理事と面会した部屋だったが、二人を待っていたのは実務理事ではなかった。

「はじめまして、死にぞこないのお二人」

 喧嘩上等とでもいうような挑発的なあいさつをしたのは、いかにも官僚然とした眼鏡の女。教育理事だった。

 エリーゼは部屋を見渡したが、イアンと懇意のレイノーラはいなかった。

「てめえ、死にたいのか」

 エルドレッドは背中の槍に手をかけた。

 しかし教育理事は泰然とした態度を崩さない。

 エルドレッドは興がそがれたように武器から手を離した。教育理事は二人に椅子を示す。二人は黙って腰かけた。

 エリーゼはひそかに周囲に視線を走らせた。

 室内に姿を見せているのは教育理事とリットマンの二人だけだった。しかし、殺伐とした気配が外の廊下から流れ込んできている。十人くらいだろうか。たかが二人を相手にずいぶんとおおげさだ。

 イアン様から聞いた話では、実務理事は護衛をつけずに対話に臨んだというけれど、とエリーゼは思った。このあたりは幹部としての力量の差ということかしら。

 尊大なくせに狭量な教育理事は、二人を舐めるように眺めると不満げに鼻を鳴らした。

「ふん、なるほど。まるで生者と同じ見た目なのね。〈屍者〉の分際でおこがましい。・・・いえ、あなたはずいぶん不格好ね」

 教育理事のぶしつけな視線はエリーゼの右腕にそそがれていた。

 人形の腕。華奢なエリーゼには大きすぎるくらいにもこもことした右腕は、不格好と言われても仕方がない外見ではあった。

 しかし・・・

「兄さん、手は出しちゃだめよ」

 エリーゼは小声でたしなめた。エルドレッドはすでに剣の柄に手をやっていた。

 部屋に漂い始めた不穏な空気を取り払ったのは、

「教育理事、本題を」

 というリットマンの感情の無い言葉だった。

「そうね」と教育理事はせきばらいをして言った。「あなたたちを呼んだのはほかでもありません。あなたたちの首領がわれわれの提案を拒んだからです」

「要求の間違いだろ」

 エリーゼはエルドレッドを小突いた。

「われわれはあくまで平和的解決を求めましたが、あのエンバーマーは愚かにも拒み、戦いを選びました。しかし、それでもアイゼンハルト総帥は対話を望んでおられます。これ以上、冒険者の血が流れることはあってはならない、と」

「そうですね」

 エリーゼはうなずいておいた。「しかし、であれば対話の相手としてわたしたちは不適切でしょう。わたしたちはイアン様を王に掲げる臣下にすぎません。〈屍者の国〉の行く先を定めることができるのはあのお方だけです」

「そんなことはわかっています」教育理事はつんと鼻を高くした。「わたしがあなたがたを呼んだのはそんなことのためではありません」

「では、なんのために?」

 エリーゼは話の流れが見えなかった。

「リットマン」

 教育理事が傍らの男に声をかける。リットマンは一歩前に進み出ると、慇懃だが傲岸な視線をエルドレッドに向けた。

「なんだ?」とエルドレッド。

「昨日お話した件について、この場でお答えを伺いたいと存じます」

「昨日?」

 エリーゼはエルドレッドをにらみつけた。

 やっぱり何かあったんじゃない!

 そんなエリーゼの心中を知ってか知らずか、エルドレッドは我関せずの態を貫いている。

「あなた、まさか妹に話を通していないの?」

 教育理事は呆れたとでも言いたげだった。「仕方ないわ。リットマン、このお嬢様にも説明してさしあげなさい」

「しかし・・・」

「昨夜同様、人払いは済ませてあります」

 そういわれ、リットマンは仕方なしに語り始めた。

「我々の求めることは一つだけです。その一点に合意・遂行して頂けるのであれば、あなたがたの地位はこちらで保証します」

 こちらで?

 エリーゼは内心で首をかしげた。

 つまり、〈ギルド〉が反逆者であるわたしたちの身を保障する、と。

 エリーゼは嫌な予感しかしなかった。

「具体的な地位としては」と教育理事。「理事、またはそれに準ずる席を用意します」

「・・・とても現実的とは思えませんが」

 エリーゼは用心深く言った。

「それはあなたがた次第です」と、教育理事。「わたしの計画が上手くいけば、理事のポストを一つこじ開けるなど造作もないことです。・・・リットマン」

「はい」とリットマン。「要となる我々の要求は、単純にして明快であります。つまり・・・あなたがた、〈屍者の国〉に不満はありませんか?」

「・・・は?」

 エリーゼは脈絡のない問いにしばし茫然とした。

 リットマンは続ける。

「同じ目的を持っているはずの人々がいつの間にか別の方向を向くようになる、というのは、人間集団の持つ構造的な問題です。・・・我々〈ギルド〉もその例に漏れないように。たとえ命なき身体であっても、あなたがたも集団として同じ問題を抱えている、というのが我々の計画の出発点です」

「・・・」

「〈屍者の国〉に不満を持つ者ならば、我々は協力できる」

「話が見えませんが・・・」

 とエリーゼ。

 教育理事が口をはさんだ。

「リットマン、前置きはもういいわ。単刀直入に言いなさい」


「つまり、あなたがたに〈屍者の国〉の王、イアン・エンバーマーを屠っていただきたい」


 イアンを屠る。

 まるで新聞配達でも依頼するかのように、リットマンはさも簡単に言ってのけた。

 しかしそれは、まぎれもなく暗殺の依頼だった。

 あるいは、裏切りの甘言。

「それは不可能です」

 エリーゼは間を置かず端的に答えた。

「すぐに答えを出す必要はないわ」教育理事は言った。「あなたのお兄さんにも、一日の猶予をあげたわ。答えはまだ出ていないようだけど。あなたにも一日猶予を差し上げます。自分の将来も踏まえて(屍者にあるなら、だけど)、じっくり決めなさい」

「考える時間をもらったところで、決める決めないの話ではないのです。〈屍者の国〉の臣民として、それは不可能なのです」

「はあ・・・ここまで信心深いと一周回って敬意すら感じますね」

 教育理事はそう言いつつ侮蔑のこもったまなざしを向けた。「いずれにしても、今日の話はここまでです。あなたの意志など関係ない」

 エリーゼはエルドレッドを見やった。

 エルドレッドは何も言わなかった。

「また明日、同じ時刻にここでお待ちしています。良い答えを期待していますよ」

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