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17、よみがえり

 数か月がたち、エルドレッドは冒険者としての生活に慣れ小銭も貯まったころ、エリーゼは白魔法師としての才能を開花させた。

 エリーゼはエルドレッドのいない日中、こっそりと魔法書の読解と研鑽に明け暮れていたのだった。

 二人は一緒にダンジョンに潜入するようになった。最初は比較的安全な上層部から、少しずつ階層を深めていった。

 エルドレッドが武芸の才を発揮したのと同様に、エリーゼには白魔法の才能があった。彼女の本来の才は生まれながらの美貌だけではなかったのだ。

 二人はダンジョンを次々に攻略していき、一部の冒険者たちの間では知られる存在になっていた。そしてそれにつれて、徐々に蓄えも増えていった。

 あるとき、一人の男が二人に近づいた。

 彼は銀行家を名乗った。

「金銭を部屋に抱えておくのは危険と言わざるをえません。わが銀行に預けていただければ、年10%の利子をつけてお返ししましょう」

 誰もが詐欺だと分かる話のなかで、二人は初めて銀行というものを知った。

 なるほど世間にはそんな便利な存在があるのか。

 たしかに蝶番一つの部屋に金銭を保管するのはリスクかもしれない、と男の話に乗ってしまったのが運の尽きだった。

 二人は男の経営する銀行を訪れ、契約書を交わして一生懸命蓄えたお金を預けた。二人はいずれ郊外に家を買い、かつてのように穏やかな生活を送るつもりだった。

 1か月後、男は姿を消した。彼の銀行だと聞いていた建物は空き家に変わっていた。

 エルドレッドとエリーゼは絶望した。エルドレッドは方々を駆け回って契約書を見せて事情を話した。やがて一人の法律家にたどり着いたとき、エルドレッドは自分が交わした契約書が何ら拘束力を持たないことを聞かされた。

「きれいに清書すれば契約書になるわけではないのです。そんなこともご存じないのですか?」

 法律家はあきれ顔で言った。

 二人を襲う悲劇はそれだけではなかった。

 次こそはと頼んだ銀行もやはり嘘で、投資という初めて聞く言葉に踊らされたこともあった。エリーゼの良心につけこみ、生活に苦しむ物乞いを救う孤児院長をうたう男に金を巻き上げられたこともあった。

 市井に身を落とし、冒険者として生活することで、二人は一般的な市民になれたつもりだった。しかし、実態は世間ずれしていない無知な貴族のままだった。

「すまない・・・」

 ある日の夜、あばら家のような宿でエルドレッドは涙を流した。

 自分への情けなさと、周囲への当てつけのような怒りのこもった涙だった。

「兄さんのせいじゃないわ」

 エリーゼはエルドレッドの肩に手を置いていった。

 エルドレッドは震える声で言う。

「こんなに、世間が冷たいとは思わなかった。どいつもこいつも、相手の足をすくうことしか考えてない、そんな世界だ・・・」

 粗っぽい言葉遣いは、過去のエルドレッドからは考えられないものだった。彼は世間の荒波のなかですさんでしまっていた。

「ちがうわ、兄さん」

 エリーゼは言った。

「悪いのは世間じゃないわ。悪いのはわたし」

「おまえが?おまえの何が悪だって言うんだ」

「自分の生活が、どれだけの人の犠牲の上に成り立っているのかも知らずに、お気楽に花畑で遊んでいた罰よ」

 エリーゼの脳裏にはあの少女の姿があった。

 あれはほんの一例にすぎない。自分の知らないところで、数えきれないほどの屍が積みあがっているはずだ。そんなことも気づかずに美しいドレスに身を包んで無垢な笑みを見せていた自分が恥ずかしかった。

 これはきっと罪なのだ。

「そんなの、おまえのせいじゃない」エルドレッドは言った。「おまえは何も悪くない。悪いのはおれだ。次期当主の肩書にあぐらをかいていたおれだ。近衛兵なんてお飾りに執着せずに目を見開いていればよかったんだ」

 二人は肩を抱き合わせて泣いた。

 彼らに残されたものは何もなかった。

 しばらくして、エリーゼがつぶやくように言った。

「これは、わたしたち二人の罪よ」


 貴族として民衆を虐げてきた罪

 罪を罪とも認識していなかった二重罪

 その重荷のはけ口を、エルドレッドとエリーゼは冒険者に見出した。

 冒険者としてダンジョンを攻略すること。ダンジョンは放置すればモンスターを地上に吐き出す地獄の門と化すらしい。

 それを防ぐために命を賭す。

 それは、罪の意識と貧困と絶望にさいなまれている二人にはとても魅力的にうつった。

 彼らはダンジョンを攻略することに生きがいを見出した。

 そうなると、前衛職をまかなうエルドレッドと後衛・支援を担うエリーゼというのはこの上ない組み合わせだったが、やがて二人という数に限界が訪れた。

 そんなとき、二人のもとにとあるクランから声がかかった。〈求道者の集い〉と名乗る大規模クランだった。

「きみたちだね、驚異的な速度でダンジョンを攻略する凄腕の二人組というのは」

 クランマスターはそう言って二人を〈求道者の集い〉に勧誘した。

 二人は迷った末にクランに所属することにした。チームを組むことでさらなるダンジョンの攻略を目指したかったし、何より自分たちを評価してくれる存在が嬉しかった。

 さんざん騙されたにもかかわらず、こうしてうっかり他人を信じてしまうあたり、彼らはどこまでも貴族的で世間ずれできない二人だった。


 こうして回想は冒頭に立ち返る。


 エルドレッドが虚空に向かって妹の助けを求めた。

 それからどれくらい時間が経っただろう。エルドレッド自身も血を失いすぎて、時間の感覚が怪しい。意識も霞がかっている。

 しかし、意識の最奥で燃え上がる怒りだけははっきりしていた。

 怒り。誰に、いや何に対して?

 どこまでも他人に冷たい世間に対して。そんな世間から目を背けてきた自分の対して。

 それもあるが、この炎の源は違う。

 あの時。クランの仲間だったはずの者たちが立ち去るとき、彼らの会話の端々にのぼった言葉。

 〈ギルド〉、取引、生贄、報酬、金、遊興

 そうか、自分たちは売られたのか

 差別も欺瞞もこの世の醜悪なものはすべて経験したつもりだったが、これほどとは思わなかった。

 そのせいでエリーゼは目の前で

 エルドレッドの怒りの炎は際限なく薪をくべられたように燃え上がる。

 これも妹は罪だと言うのだろうか。貴族的な地位にあぐらをかいていた罰だと。

 しかしエルドレッドの怒りはそんな陳腐な言い訳では消える気配がなかった。遠ざかっていく仲間たちの足音を追いかけてその首を掻き切ってやりたい衝動にかられる。

 誰が仕組んだのか知らないが、エリーゼを、妹をあさましい欲望の餌食にした報いを

 そのとき、裏切り者たちの遠ざかる足音に交じって、エルドレッドの耳に聞きなれない足音が入ってきた。

 かすみがかった視界はかろうじて妹の姿をとらえるだけで、周囲の様子はわからなかった。その足音はエルドレッドの傍らで止まると、彼を見下ろしたようだった。


「死を受け入れるかい」


 少年の声だった。

 後にエルドレッドが知ったところによれば、それは〈屍者の国〉の入国試験のようなものらしい。

 エルドレッドは答えた。

「ふ、ざけるな・・・なんでエリーゼが死ななきゃならない」

「死に因果律なんて存在しない」少年は淡々と答えた。「どれだけの死体を見ても、死ぬべくして死んだ人間なんていない」

 死にかけたエルドレッドには重すぎる禅問答だった。

「わけわからねえことぬかしてんじゃねえ・・・何しに来た、おまえ・・・」

「きみたちを救いに来たんだ」

「妹を、おまえが助けるっていうのか・・・」エルドレッドは言った。「おまえは神様か何かなのか?妹は、もう・・・」

「そうだね」

「それとも・・・おまえは死者を生き返らせることができるのか?」

「それはできない」少年は首を振った。「だけど〈屍者〉としてよみがえらせることはできる」

「なんだと・・・?」

「それで最初の質問だ。死を受け入れるかい」

 そう問われ、エルドレッドは沈みゆく意識のなかで考える。

 自分が死ぬのは構わない。

 だが、エリーゼは・・・

「けっこう」少年はうなずいた。「では次の質問。妹さんのことは考えなくて構わない。きみは、きみの人生に未練はあるかい」

「・・・あるに、きまってる」

 エリーゼをもっと幸せにしたかった。

 冒険者として危険の隣り合わせの人生なんて、歩ませたくなかった。

 知らなくてもいい世間の現実なんて見せず、傷つくこともない人生を歩ませたかった。

「なあ、あんた・・・神様みたいなもんなんだろ?」

 エルドレッドは言った。「だったら、妹を助けてくれよ・・・代償は、おれが全部払うから・・・たのむよ・・・」

「代償はいらない。きみは合格だ」

 少年は言った。「妹さんのことも心配いらない。妹さんもすでに合格しているから」

 少年の真意を知るのは再び目が覚めたときだったが、その時のエルドレッドは少年の言葉に不思議な安堵を覚えて、意識を手放していった。

 こうして二人は死に、〈屍者の国〉の一員としてよみがえった。

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