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14、実務理事と王

 10人は入れるかという大きな会議室だった。

 中央には〈屍者の国〉のあの部屋と同じような大テーブルがあったが、材質はイアンたちのそれとはくらべものにならないほど高価で上質なものだった。

 そのテーブルの一角、柔らかすぎて座り心地の悪そうな椅子に男が腰かけていた。

「ようこそおいでくださいました、〈屍者の国〉の王」

 黒光りする背広を着こなしている男が、レイノーラの言う実務理事だとイアンはすぐに気づいた。

「イアン・エンバーマーです。よろしく」

 そう言ってイアンは目礼した。

 実務理事は微笑で答えて、正面の席を示した。イアンが腰をおろすと、レイノーラは傍らに落ち着いた。

 実務理事はじっくりとイアンをためつすがめつした。無遠慮な視線だったが、イアンは不思議と不快ではなかった。

「これがギルド専属エンバーマー、今は〈屍者の国〉の王ですか。ずいぶんと若い」

 そう言う実務理事も、〈ギルド〉の幹部としては異例ともいえる若さに見えた。そのことをイアンがたずねると、

「ははは、理事なんて名ばかりのただの下働きですよ」

 そこのレイノーラ君と同じでね、と実務理事は言った。レイノーラは反応しなかった。

「〈ギルド〉はずいぶんぼくらのことを毛嫌いしているようですね」

 イアンは言った。

 実務理事はたずねた。

「なぜそう思うのですか?」

「ぼくと話をするのは汚れ仕事扱いのようですから」

「ご不快でしたか?」

「いいえ」イアンは首を振った。「ただ、なぜそこまで毛嫌いするのかわからなくて。ぼくらが冒険者クランを全滅させたからですか?」

「それは違います」と実務理事。「あなたが敬遠されているのは、あなたが〈屍者〉を従えているからですよ」

 無遠慮な物言いにレイノーラは冷や汗をかいた。

 実務理事は表情一つ変えず淡々と続ける。

「われわれ生者にとって〈屍者〉はおぞましい存在です。暗い墓地からよみがえる腐った死体、病毒と呪いをまき散らす不吉の象徴。それがわれわれの抱くイメージです。

 そんな〈屍者〉を従えたエンバーマーとの交渉。あなたの言う通り、まごうことなき汚れ仕事ですよ」

「ちょ、ちょっと、実務理事・・・」

 レイノーラは目を白黒させた。

 実務理事はじっとイアンを見つめた。イアンも真っ向から見つめかえした。イアンにとっては生者の集団とその注目が脅威なのであって、一対一の対面は苦手ではなかった。

 しばらくの間、とらえどころのない沈黙が部屋を満たした。

「はは」

 沈黙を破ったのは実務理事の笑い声だった。

「いやはや、ただの子どもに見えて豪胆なところがある」

 実務理事をとりまいていた張り詰めた空気が一挙に和らいだ。彼は少年のイアンに向かって頭を下げた。

「初対面でありながら、失礼なことを申しました。お許しください」

 イアンは拍子抜けした。

「ぼくを試した、ということですか」

「まあ、そうですね」と実務理事。「あの程度の挑発に乗ってくれるようなら交渉するまでもないかと思ったのですが・・・事はそう簡単には運ばないようですね」

 レイノーラがほっと息をついた。

「実務理事、冗談がすぎますよ。イアン氏はダンジョン第9層を制圧した一団の長なのですよ」

「ぼくの信条は、仕事は素早く手短に、だからね。楽にリターンが得られるならリスクだって踏み倒すさ」

 レイノーラがイアンに頭を下げた。

「わたしからもお詫びします、イアン氏。実務理事はなにぶんこういう男ですから」

「ひどい言いぐさだなあ」

 実務理事は能天気な笑みを浮かべた。

「別に気にしていませんよ」イアンは答えた。「それで、メリットは得られたんですか?」

「もちろん」実務理事は言った。「腹を割って話す必要がある、という情報が得られましたから」

 本題はここから、ということのようだった。

「わたしからお伺いしたいことは二つです」と実務理事。「一つ目、〈屍者の国〉はダンジョンで命を落とした冒険者を集めて〈屍者〉としてよみがえらせているそうですね」

「その通りです」

「その選別基準は何ですか?」

「選別?」

「言葉が気に入らないようでしたらお詫びします」

 言葉とは裏腹に実務理事に悪びれる様子はなかった。

「しかし、あなたは無作為に仲間を増やしているわけではないのでしょう。わたしは実務担当ですからね、冒険者の死者数と〈屍者の国〉の規模に乖離があることは気づいていました。あなたは意図的に選んでいる」

 レイノーラは表情に出さないように注意したが、一言も漏らさないように聞き耳を立てた。

「・・・その通りですよ」

 イアンは答えた。

「ぼくは〈屍者〉を選んでいます」

「根拠をお聞きしても?」

「主要な理由は、ぼくやぼくの仲間と同じ境遇の冒険者だということです。虐待、差別、貧困、詳細は問いませんが、虐げられたまま無念のうちに死んだ冒険者でなければ、〈屍者の国〉の一員になる資格はありません」

「黄昏者の理想郷、でしたか」

 イアンはうなずいた。

 実務理事は続けて問う。

「では、主要でない理由は?」

「〈屍者〉の蘇生は無条件ではない、ということです」

「ほう」

 実務理事が目を細めた。

 レイノーラも内心の関心を隠すのに精いっぱいだった。その情報は、あの日〈屍者の国〉を訪れた際には聞いていなかった。

「〈屍者〉の蘇生についてどこまで聞いていますか」

「レイノーラ君の話では、魂のかけらを集めて遺体につなぎとめることで〈屍者〉としてよみがえるとか・・・」

「大筋としては間違いありません」イアンはうなずいた。「しかし、魂のかけらをつなぎとめる、というのは言葉にするほど簡単なものではありません」

「具体的には?」

「魂というのは無機的な物質ではなく、冒険者の意識を携えた有機的な存在です。ぼくにその意思があったとしても、冒険者の魂がぼくを拒んだら、もう手の施しようがありません」

「つまり、同意がなければ〈屍者〉としてよみがえらせることはできない、と?」

 実務理事の言葉にイアンはうなずいた。

 実務理事はため息をついた。

「なるほど。冒険者を無作為に〈屍者〉として引き入れることはできないのですね」

 残念そうな声音だった。

「ぼくが仲間を迎え入れる基準は以上です。ぼくに訊きたいことがもう一つあるんですよね。それは?」

 イアンはたずねた。

「もう一つは質問というよりお願いなのですが」実務理事は言った。「イアン氏、エンバーマーとしての職務を続けるつもりはありませんか」

「じ、実務理事!」

 レイノーラは思わず立ち上がった。

 〈ギルド〉の反逆者たる〈屍者の国〉の王に仕事を振るなど、正気の沙汰とは思えない。まして幹部たる理事の一人が直々に依頼するなど・・・

「レイノーラ君が反対するのも分かるけどね」と実務理事。「実務担当としては、エンバーマーの不在は可及的速やかに解消すべき問題なのだよ。〈屍者の国〉が第9層を占領して以降、最下層部への遠征は控えられるようになったけれど、中階層への派兵は継続している。つまり、こうしている間も冒険者の遺体は増え続けているんだよ」

「それは、そうですが・・・」とレイノーラ。

「そもそも、冒険者の遺体の回収すらエンバーマーに任せていたのがこれまでだったんだ。還ってこない遺体のほうが多い。冒険者の家族からのクレームを処理しているのは誰だと思う?全く、ぼくはカスタマーセンターじゃないのに」

「ご愁傷様です・・・」

「それに何より、冒険者の遺体がダンジョンに残されるということは・・・」


「ダンジョンがそれを喰らって成長してしまう」

 

 イアンが後を引き取った。

「ご存じだったのですね」と実務理事。「では話が早い。冒険者の遺体の回収とまでは言いませんが、すでに回収済みの遺体の処置をお願いしたいのです」

「いいのですか、ぼくにそんな依頼をして」

 と、イアンはたずねた。「場合によっては裏切りとも捉えられかねないのでは?」

「むろん、総帥や他の理事には話を通していません。ぼくの独断です」

 さらりと実務理事は言ってのけた。わたしは何も聞いていません、とレイノーラはそっぽを向いた。

「それくらい切羽つまっているんですよ。もう〈ギルド〉の地下安置室はいっぱいです。恥ずかしながら、遺体の処置をエンバーマー一家に丸投げしていたわれわれとしては、あなたの死者への敬意と弔意にすがるしかないのです」

「・・・わかりました」

 イアンはうなずいた。「今安置されている遺体の処置はやっておきましょう」

「助かります」

 実務理事はほっと一息ついた。

「遺体の処置はいいとして、その他はいいのですか」

 イアンはたずねた。

「その他、と言うと?」

「まさか遺体の処置を相談するためだけにぼくらを呼んだわけではないでしょう」

「ああ、そのことですか」と実務理事。「たしかに言付かっていますよ、〈ギルド〉としての相談事とやらも。えーと、なんだったかな・・・」

 実務理事はレイノーラを見やった。

 レイノーラはため息をついて、暗唱するように淡々と言った。決してこれはわたしの意志とは異なる、と強調するように。

 

 一つ、ダンジョン第9層は〈ギルド〉に返還すること

 一つ、その対価として〈ギルド〉は私有地の一角を〈屍者の国〉に譲渡する

 一つ、〈ギルド〉は〈屍者の国〉の現構成員の罪状の一切を不問とする

 一つ、〈屍者の国〉はこれ以上の領土的・人員的な拡大を行わないものとする


「まったく、馬鹿馬鹿しいかぎりでしょう」

 実務理事は自嘲気味に苦笑した。「わたしが後回しにしたのもむべなるかな、というものです」

 そうですね、とイアンも合わせた。

 実務理事の言う通り、たしかにその要求は無理難題と呼ぶべきものだった。交渉するまでもない、という実務理事の判断は正しい。

「というわけで」と実務理事。「わたしからお伝えしたいことは以上です。イアン氏のほうからは何か?」

 イアンは黙って首を振った。

「では、死体の件よろしくお願いしますよ。理事の権限で、ここにはいくら滞在して頂いても構いません」

「助かります」

「しかし」

 実務理事はそこで間を空けた。

「お気をつけください、イアン氏。〈ギルド〉は決して一枚岩ではありません。わたしのような現実主義者ばかりとは限りません」

「・・・」

「足元をすくわれないよう、ご注意ください」

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