13、〈ギルド〉訪問
イアンたち〈屍者の国〉の一行が〈ギルド〉に乗り込んでくることは、すでにうわさが広まっているようだった。
街に入ったイアンたちは周囲の冒険者たちの好奇の目にさらされた。
エンバーマーとして生きてきたイアンは、慣れない周囲の視線に顔色を悪くした。
「こんなことなら裏道を通るんだった・・・」
「大丈夫ですか、イアン様」
エリーゼが声をかけると、イアンはわずかにうなずいてみせた。
「情けねえなあ」
エルドレッドは槍をかつぎなおした。周囲の冒険者が関心を見せつつもイアンたちから一定の距離を取っているのは、先ほどからエルドレッドがにらみを利かせているからだった。
「〈屍者の国〉じゃおれたちに見られてもどうってことなかったじゃねえか」
「生きている人は苦手なんだ・・・」
「急ぎましょうイアン様。〈ギルド〉本部はもうすぐです」
エリーゼの言葉どおり、しばらく歩くと〈ギルド〉本部の特徴的な建物が見えてきた。
〈ギルド〉本部はこの街では中央教会に次ぐ絢爛さで知られており、大理石と金をこれでもかとしつらえた外観は、見る人が見れば優美に映るだろうが・・・
「相変わらず趣味の悪い場所だな、ここは」
エルドレッドは吐き捨てるように言った。こればかりは同感、とでも言うようにエリーゼもため息をついた。
イアンはたいして気にする様子もなく、入り口の場所を探して周囲を見渡した。
「イアン様、こちらです」
声のするほうを見やると、レイノーラ・ボナパルトが正装に身を包んでイアンたちを待っていた。
「みなさま、遠路はるばるご足労頂きありがとうございます」
「ボナパルト氏、先日ぶりですね」
顔見知りを見つけて安心したのか、イアンの顔が少し和らいだ。
ダンジョン第9層では身の安全を優先して野卑な鎧に身をまとっていたが、今のレイノーラは文官らしい燕尾服だった。ただし〈ギルド〉の建物とちがって趣味の良い控えめな色でまとまっているあたりが好印象だった。
「お三方とも、お久しぶりです」レイノーラは頭を下げた。「今回はアイゼンハルト総帥より任されたわたしが、皆様をご案内いたします」
「あなたも難儀な役回りですね」
イアンは心から同情した。
レイノーラは軽く首を振ってから、
「中をご案内します」
イアンたち三人は〈ギルド〉の館に招き入れられた。すると、玄関ホールにはレイノーラのほか2名の男女が待ち受けていた。装いを見る限り〈ギルド〉の職員のようだった。
レイノーラが二人を指し示して言った。
「エルドレッド様、エリーゼ様のお二人は先に客間へご案内します。こちら、男のほうがリットマン、女のほうがリアナです」
職員風の男女がそろって頭を下げた。
「イアン様はわたしとこちらへ。実務理事がお待ちです」
エルドレッドがイアンを見やった。どうする、と言いたげに。隣のエリーゼも不安げな目をしている。二人にイアンは軽くうなずいてみせた。
そんなわけで、〈屍者の国〉の一行はここで二手に分かれることになった。
「ここまでくる道すがら、ずいぶん注目を集めたのではないですか」
前を歩くレイノーラが後方のイアンをちらりと見やった。
イアンは少し足を速めてレイノーラに並んだ。
「まったくです。あれは一体何なのですか」
「冒険者クランの全滅をきっかけに、〈屍者の国〉の名はすでに市井に広まっています。あなた方がこうしてやってくることも、どこから漏れたのでしょう」
意図的に流した、の間違いではないのか、とイアンは思った。
「ちなみに」とレイノーラ。「〈屍者の国〉の存在が明らかになっている一方で、〈屍者〉の存在は厳格に秘匿されています。あなた方もそのおつもりで」
「ぼくは生者ですよ。言うなら、あの兄妹に言わないと」
「むろん、リットマンとリアナから同様の説明がなされるでしょう。今頃、〈ギルド〉の一等室で紅茶にプディングのもてなしを受けているはずです」
「食事や飲み物は彼らに不要ですよ」
レイノーラは眉をはの字にした。
「なぜですか」
「彼ら〈屍者〉は代謝とは無縁の存在だからです」
イアンはさらりと言った。「食事や睡眠といった生理的欲求は彼らにはないんです」
レイノーラは嘆息した。
「なるほど。つくづく人間離れした存在ですね」
それからふと真面目な顔つきになった。
「ご注意ください。人間とは一線を画すあなた方は、一つ間違えば化け物と捉えられかねませんから」
化け物。
人間ではない何か。
「エルドレッドが聞いたら顔を真っ赤にしただろうな」
イアンは苦笑した。
「ええ、ですから今申し上げたのです」と、レイノーラも苦笑した。「実際、〈ギルド〉の幹部連中の中には、いまだにあなた方との直接の接触を拒む者も多い。自らこうしてあなた方を招いたというのに・・・」
「それが、あなたがわざわざ出迎えてくれた理由ですか」
「部分的にはそうですね。アイゼンハルト総帥だけでなく、財務理事も教育理事もわたしに全てを押し付けてしまいましたから」
いまでは〈屍者の国〉専属職員のようなものです、とレイノーラは冗談ともつかないことを言った。
〈ギルド〉の階層には詳しくないイアンは、理事と言われてもピンとこなかった。しかし、今から自分たちが会う者の名前を思い出した。
「実務理事、というのはぼくと会っても構わないのですか」
「彼は実務理事ですからね。困ったことは全部彼のもとで実務処理されます」
レイノーラがそう言ったところで、イアンの前には重厚な扉が現れた。
「この先で実務理事がお待ちです」
レイノーラはそう言って重そうな扉をゆっくりと開いた。