11、レイノーラの思惑
「決まりだな」
と、アイゼンハルト総帥は財務理事の提案にうなずいた。
すぐさま教育理事が異を唱える。
「総帥!たかが盗賊風情に姑息な手を使うなど、われわれ〈ギルド〉が敗北したと言っているようなものではないですか」
「すでに3度、冒険者が敗走しているのは事実だ」
「次こそは完膚なきまでに奴らを叩きのめしてみせます」
教育理事は総帥の目を真っ向から見つめた。
「われわれが求めるのは目先の勝利ではなく、徹底的なまでの〈屍者の国〉の撲滅だ。それには首魁を屠るのが確実だろう」
厳しい視線をものともせず、アイゼンハルト総帥は淡々と述べた。
うそだ、とレイノーラは直感した。総帥の言は一見それらしく思えるが、実際には敗走を恐れた逃げの一手にすぎない。
もうじき次期総帥の選出に向けた選挙が行われることは周知の事実だ。アイゼンハルトが4期目を確実なものとするためには、これ以上のマイナスイメージは避けたいはず。
こちらの手を汚さずに、つまりリスクを負わずに、〈屍者の国〉が身内どうしでつぶしあってくれるならそれに越したことはない、というのがアイゼンハルトの本音であろう。
教育理事もそんなことは承知のはずだが、なまじ表向きの理屈が通っているだけに反論しづらい。
こうして、〈ギルド〉の方針は決まった。
会議室をあとにしたレイノーラは、財務理事と暗い廊下を歩く。
「レイノーラ、〈屍者の国〉の件はお前に任せる」
「よろしいのですか」
「かまわん。低俗な反逆者にかまってやるほどわたしは暇ではない」
財務理事は前を向いたままひらひらと手を振った。
実際のところ、今年の融資および財政のめどがついた今は、財務一派にとっては閑散期にあたるはずだ。おおかた、囲っている妾との遊興に忙しいのだろう。
どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。
左右に分かれた曲がり角で財務理事と別れてから、レイノーラは大きなため息をついた。
しかし、これは彼にとって千載一遇のチャンスでもあった。
〈ギルド〉という巨大組織のなかで凝り固まった権力構造はからまりあった蔓草のようなもので、ほどき崩すのはそう容易なことではない。
そこに降ってわいた〈屍者の国〉という一大騒動。
これをうまく使えば、小間使いのような自分の立場を一気に押し上げることも不可能ではない。
レイノーラの脳内で急速に今後のビジョンが固まっていく。
おおよその計画は〈屍者の国〉でイアンと話をした時点で固まっていた。
あの男は倒錯者だ。
レイノーラはそう思った。
一見すると優しげで物腰も穏やかだから勘違いしそうになるが、彼の本性は自己中心的で非論理的な、実年齢以上に幼い男だ。
そんな少年が〈ギルド〉すらおびやかすような戦力と、だれにもまねできない技術を兼ね備えている。いつ爆発するかわからない地雷のようなものだ。
それだけに、うまく使えば戦局をひっくり返せる。
レイノーラは暗く静かな廊下でひそかにほくそ笑んだ。