ある日の辺境砦
この辺境砦一の働き者、フミさんの朝は早い。
フミさんはいわゆる『狭間の人』で、この世界の空にたまにうっすら見えるあっちの世界から落ちてきた。
この辺境じゃ『狭間の人』を気味悪く思うヤツも多いから、干草の山の上で膝を抱えてるフミさんに誰も声をかけられなくて、慌てて辺境砦に兵を呼びに走ってきたわけ。
仕方なく辺境砦に連れて来たんだけど、着いたとたんフミさんは倒れちゃったんだ。
女の子だもんな、こんな状況になったらそれが普通だよな、って思ってた。その時はね。
ところが次の日の朝、起き上がったかと思ったら急に「一宿の恩を返させてください!ていうか耐えられない!」ってわめいて、溜まってた洗濯物全部片付けながら(俺あのタオルってああいう色だと思ってたよ)、埃か荷物かわかんないものが積まれてる広間だの、油かカビかわかんないものがはびこったキッチンだのを丸1日かけて魔法みたいに綺麗にしてくれた。
国同士の小競り合いが耐えない辺境警備の砦には、男もそうだけど女はなおのこと近寄らない。
つまり今まで商売女以外の女に免疫のなかった砦の連中は、フミさんの形相…もとい勢いにびっくりして、突然の強行恩返しに何も言えないでいた。ましてやその魔法を見たらもっと何も言えなくなってたね。物が片付いていく台風なんて初めて見たって気分だったと思うよ、みんな。
だけど、やっぱり綺麗なシーツって気持ちいいもんだよね。新兵のヤツらなんて実家思い出して半泣きになってたし。
やり遂げた顔してまた倒れたフミさんが目覚めるのを待ち、砦兵たちに泣き落とされた隊長がここで働かないかと持ちかけたのはまた次の日。
というより、かき口説いてたねアレは。なんで赤面しつつの勧誘なわけ?
なんだよ、毎日洗濯してほしいって。プロポーズだったら確実にフラレてるよ。
まぁ一度手に入れた清潔な生活は手放したくないのは誰しも一緒だから、俺だって賛成だったけどね。
それに田舎じゃ女の働く先なんて限られてる。
そんなとこに行かせるにはフミさんはちょっと幼いし(本人曰く成人してるらしいけど)、俺たちだってお世話にならない場所じゃないだけに心が痛む。
そんなわけでフミさんは今日もここにいる。
なんやかんやで、フミさんはすっかり砦のアイドルだ。
こっちの常識みたいなものをまるで知らない無知さが童顔(本人曰く普通だそうだ)とあいまって庇護欲をそそるらしい。
しかしあんなんで成人て、あっちの世界の小人族か妖精なのか?はたまた短命種だってことか?
他国では『狭間の人』ってのは珍獣と同じ扱いで、お貴族様に飼われることもあるらしい。
たしかに見てる分には相当面白いけどね。自分の口の許容量考えてない喰いっぷりとか、上手いのか下手なのかわかんないあっちの世界の鼻歌とか。
まぁとにかくのん気な生き物なんだ、フミさんて。
急に知らない場所に来たっていうのに、泣き言もなく仕事するほどたくましいし、メシも俺たちと同じぐらい喰うんだよ。失敗も笑ってすます強引さは俺も見習いたいぐらいだね。
でもそんなところが健気に見えるらしくって、砦のむさ苦しい野郎どもが気味悪い笑顔浮かべちゃうくらい空気を和ませてる。
さらにフミさんには餌付けが有効とわかったとたん、野郎どもが甘い匂いまでさせるようになった。
ハッキリ言ってこれはいただけない。
天然なのか策士なのか、よくわかんないフミさんだけど、その性格の片鱗が垣間見えたのがある日の出来事。
うちの砦じゃ半年に一回、練習試合みたいなことをする。結果がその後の隊内での位置に関わるとなれば、実質は実力テストだ。
その試合で、なんとフミさんが景品になっちゃったんだよ。
もとはといえば、うちのヤツらがフミさんに、自分が試合に勝ったら熱いベーゼをとか何とか申し込んだらしいんだけど、フミさんが「初めてだから優しくしてね」なんて軽く爆弾放り込んでくれちゃったもんだから、野郎どもがそりゃもう大ハリキリ。
狭い砦の中でそれが噂にならないわけもなく、結果、試合の優勝者への景品に正式決定されたんだ。
見た目のわりに豪胆なんだよね、フミさんて。
みんな騙されすぎなんだって。あれで男だったらうちの砦の連中と変わらないと思うよ。
おかげ様で鍛錬場の空気が暑苦しいことこの上ない。
隊長なんて、眉間のシワがいつもの三割り増しぐらいになってる。
そこへまた変な鼻歌を歌いながらフミさんがやって来て、みんなのお茶の支度を始めた。
「あらあら、ハツモノ効果ですか」
支度を終えて隊長の隣に立つと、いかにも楽しげに唇の端をにゅうっとつり上げるフミさん。
隊長はそれを横目でチロリと眺め、ふっとため息をこぼす。
「ハツモノって・・・・・・お前、女の子がそんな・・・・・・」
そんなツッコミを気にした風もなく、フミさんは鍛錬場を見回してちょっと小首をかしげる。
「う~ん、士気が上がるのはいいですけど、殺気立っちゃってますねぇ」
「余計な怪我人が出なきゃいいんだけどな」
「丸く収めるつもりなら、隊長か副隊長に差し上げるのがいいんでしょうね」
何気無いその言葉に息を詰める隊長を、可哀想に思ってやれるのは俺ぐらいなんだろうね。
わかりやすい反応してるはずなんだけどなぁ。俺もついでにため息ひとつ。
するとフミさんがくるんと振り向いて、俺と隊長に含めるような視線を送る。
「でも、隊長権限でさらっては信用問題になりますよ」
正々堂々勝ち上がれってことでしょ、ようするに。
本来なら、実力テストなわけだから、隊長や俺が参加する必要なんかないわけで。
最後まで勝ち残ったヤツと隊長が後日改めてみんなの前で試合する形なんだけど、今回は最初から参戦しないといけないってことだな。
「実力行使、か」
隊長の言葉にそうそう、と頷いて、フミさんは嬉しそうに隊長を見上げる。
どこまでわかってやってるのか読めないところがフミさんだ。
「それなら隊長の面子は安泰、わたしの乙女心も満足、ハツモノも手に入って一石三鳥ですね」
「あのな、かかってるのは、その、お前の唇なんだぞ・・・・・・」
「もちろんわかってますよ~って、あ、つまり、お厭なんですか?」
「いや、そうじゃないぞ!・・・・・・あー、乙女心っていうのは?それで満足なのか?」
「あら、大勢の男性に望まれるのは女冥利ってものでしょう?」
艶然と微笑むフミさん。まるで少女のような容貌から出る少女らしからぬその表情に呆然とする隊長。
ここで「お前のために」なんてセリフを口に出せるような甲斐性があれば、これまでの間でとっくにどうにかなってるはずなのに。
隊長っていまいち押しが弱いっていうか・・・・・・やっぱり可哀想な人だよなぁ。
ああ、当日の試合結果ね。そりゃもちろん隊長の一人勝ちだったよ。まがりなりにも隊長だし。
正々堂々、というよりは鬼気迫るって感じで全員軒並みぶっ倒してた。
あの時、鍛錬場に立っていられた人間は、応援と称してはしゃぎまくってたフミさんぐらいだよ。
そして景品贈呈。
フミさんより隊長のほうが慌てふためいてたのは想像つくだろうけど、フミさんのどこにそんな力があるのか、隊長を押さえ込んで、熱いっていうよりは深いヤツをお見舞いしてた。
あんな顔した隊長は初めて見たから、俺たちも十分楽しめたけどね。
でも初めてって言いながら、あんな激しい口付けができる女なんか普通はいない。
俺の疑わしげな視線が物語ってたのか、フミさんがこっそり近寄ってきて俺に耳打ちした。
「こっちの世界では、よ」
・・・・・・隊長、幸せになれるといいですね。陰ながらだけ応援してます。
初めての投稿作品となります。ゆるく楽しんでいただければ幸いです。