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双子の勇者のプロローグ

作者:

今目の前にいるのは、俺らの三倍はあるんじゃないかという程の、大きな竜だ。


「あの竜が、俺達の家を焼き払ったんだ!」


「お願いします、勇者様!」


「勇者様!」


俺達の後ろで様子を見守っている村の人達が、口々に『勇者』に呼び掛ける。


もし、この声が自分に全て向いているとしたら、それは一体どれだけのプレッシャーだろうか。


想像だけで怯えている俺の背に、ふいに手が添えられた。


まるで、大丈夫だとでもいうように。


「いくぞ、アニス」


「う、うん…」


『勇者』は、そう俺に声をかけたかと思うと、なお村に火を吹き続ける竜に向かって一気に走り出した。


俺も、彼の後を追う。


『勇者』が、走りながら腰に携えた剣を抜く。


村人に声が聞こえなくなったのを見計らい、『勇者』が俺を見てにやりと笑った。


「いつも通り頼むぜ?相棒」


「…了解」


俺が答えると、『勇者』は竜に向かって剣を振りかぶって叫んだ。


「覚悟しろ!この竜野郎!」


そんな『勇者』に向かって、俺は念唱を始める。


次々と『勇者』に付与される様々なスキル達。


攻撃、防御、回復、剣技、運…。


『勇者』が竜を倒すために必要なスキルを次々と付与していく。


「いっ、けえ!」


勢いよく振り下ろされる剣。



いくら竜が強いといえど『全てが最高レベル』まで上がったスキルには、到底叶うはずがない。


暴れていた竜は、あっさりと。


それはもうあっさりと、『勇者』の手によって倒されたのだった。


「…ジニア」


動かなくなった竜を静かに見つめる『勇者』ことジニアに声をかける。


するとジニアは、俺を振り返って笑ってピースサインをしてみせた。


「お前のお陰だ!ありがとうな、相棒!」


「…うん」


俺が微笑んで頷くと同時に、待機していた村人達のものであろう歓声が聞こえてきた。




その夜は、焼け残った酒場で祝いの宴会が行われた。


「いやあ!ありがとうね、勇者様!」


「村は焼けちまったけど、勇者様が竜を倒してくれたから死人が出なかったよ!」


「勇者様、万歳!」


「いや、大した事はしてないっすよ」


村人達に囲まれながら、ジョッキを持って楽しそうに笑うジニア。


「(ジニアは凄い。もし、俺がジニアの立場だったら…)」


思わず、想像だけで身震いしてしまう。


自分が勇者様、と人々に祭り上げられる姿を。


飲めもしないビールを無理矢理持たされて、愛想笑いを浮かべる自分しか想像出来ない。


「おーいアニス!そろそろ部屋戻ろうぜ!」


「あ…うん」


ジニアが、騒ぎの端っこで一人カクテルを飲む俺の肩を抱いてきた。


結構飲まされたのか、酒に強いジニアには珍しく、少しだけ酔っているらしい。


「じゃあ、俺らはもう休ませて貰いますんで!」


「ああ、分かった!」


「明日、また改めて礼をさせてもらうよ!」


用意された自室に向かう間も、ジニアは村人達の感謝の言葉を次々に投げ掛けられている。


俺は、その全てに対応『してくれる』アニスの隣で、黙って愛想笑いをするしか出来なかった。




寝る準備を整えた僕達は、並べて置かれたベッドで休息を取っていた。


「はあ、久々にあんなに飲んだぜ」


「断ればいいのに、ジニアは全部飲むから」


「だってこの村の人達の気持ちも分かるしよ、断るのもどうかと思ってさ」


「…ジニアは、相変わらず優しいな」


そう、ジニアは優しい。


優しすぎるくらいに、優しい奴だ。


「でも、流石に疲れた。風呂入ったら早く寝ようぜ」


「…うん」


それからすぐに、ジニアは寝入ってしまったようだ。


「ごめん、ジニア」


ぐっすりと眠るジニアに、そっと呟く。



ジニアが受けている、この大きな称賛は。


感謝は、羨望は、プレッシャーは。


「(全部、本来は俺も一緒に受けなきゃいけないものなのに)」




今から16年前のこと。


勇者として活動していた男とその妻の間に、双子の子供が生まれた。


勇者は双子にアニスとジニアと名付け、自分の後継者となるべく鍛え上げた。


勇者である父の熱心な指導と、両親のたくさんの愛情を受けて育った双子は、やがて成長し勇者となった。


戦闘の才能を持つ兄、ジニア。


補助魔法の才能を持つ弟、アニス。


勇者として申し分ない能力を持ったこの双子には、ただ1つだけ問題があった。



それは、社交的で明るい性格の兄ジニアと違い、弟である俺ことアニスが、勇者とは思えない程の引っ込み思案に成長してしまったことであった。



俺が父と同じように、いずれ自身にも向けられる羨望やプレッシャーに耐えられるはずがないと悟った兄は、父にひとつの提案をした。


自身は勇者としての立場を引き受けるが、弟はあくまで『勇者の補助』という立場にしてやってくれないかと。


息子達の事をよく理解していた父はその提案を受け入れ、ジニアを勇者、アニスをその補助者として後継者に指名した。





「本当に、ありがとうございました」


「また何かあったら、いつでも呼んでください」


助けに来ますんで、と村人達に明るく笑うジニアは、まさに勇者と呼ぶに相応しい男だ。


「(それに比べて、俺は…)」


軽く自己嫌悪に陥っていると、突然肩を強く捕まれた。


思わずジニアを見ると、ジニアはにこにこと笑い、こう言葉を続けた。


「俺の最高に頼れる弟、アニスと一緒に助けに来ますから!」


ジニアの言葉に、村人達は「ありがとうございます!」と一斉に頭を下げた。


村人達の感謝は『勇者』ジニアと、『その弟』アニスの双方に向けられたものだった。




「何で俺の名前を出したの、ジニア…」


「ん?」


訓練中、俺は思わずそんな事を言った。


自宅に戻り、父のねぎらいと母の熱い包容を受けた俺達は、自宅の庭で訓練中だ。


勇者たるもの、努力と鍛練を怠るな。


偉大なる父の言葉である。


「そりゃあ、俺はお前の事も褒めて欲しかったから…」


「俺はそういうの、いらないって」


分かってる。


ジニアは本当に、善意でああ言ってくれたのだと。


それを素直に喜べない自分にほとほと嫌気がさす。



「じゃあ、俺が褒めてやるよ」


「え…」


「いつもありがとな、アニス」


そう言って屈託なく笑うジニアを見て、俺は改めて思った。



やっぱり、ジニアは勇者だ、と。





勇者に向いていない俺と、勇者になるべくしてなった兄。



まるで正反対の俺達が、紆余曲折あって二人でこの世界を救うのは、もう少し先の話だ。

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