陸:予言者
リスティは、屋根裏の下の部屋に衛兵の気配を感じて息を詰めた。
遮蔽魔術を掛けられているからには、そうそう見つからないはずと言い聞かせ、やけに大きく聞こえる心臓の音に胸を押さえる。
「……この部屋はただの倉庫みたいだな……」
「っていうか、いくらなんでも、謳姫が娼館に逃げ込むかぁ?」
真面目そうな話し方の男と、少し気だるげに話す男。どうやらこの階の捜査に来たのは二人だけのようだ。
「俺も、流石にないとは思うが……だが、逆にいえば、そう思われる場所である以上、隠れやすいのは確かだろう。実際、娼婦に化けられたら見分けるのも一苦労だ」
「ルッソの娼婦は美女が多いしなぁ……そういやお前、謳姫を生で見たんだろ? どんなだった?」
「うん? まぁ、美人だったよ。ルカス殿下が入れ込むのも無理はない」
「もしかして、《予言者》が、今回の謳姫は破滅を呼ぶから、見つけて処刑しろって言い出したのって、その美貌故なのかな! 王太子であるルカス殿下が骨抜きにされたら、確かに国の行く末に係るし」
謳姫が破滅を呼ぶ。見つけて処刑しろ。
不穏過ぎる言葉に、リスティは息を呑む。
「それは俺達が口出しすることじゃない。ほら、次の部屋行くぞ」
何やら物騒な会話を交わして、彼らの足音が遠ざかっていく。
「……《予言者》ねぇ……」
しばしの沈黙の後、何か思案するように呟いたゼインに、リスティは顔を上げた。
「起きていたの?」
「耳だけな。それにしても、話が随分違わねぇか? お前の話じゃあ、王太子との結婚を拒んだせいで塔に監禁された、ってことだったのに、今の奴らの話だと、お前が破滅を呼ぶから処刑するために探しているらしいぞ?」
ゼインは起き上がり、解せない様子で首を傾げる。
「《予言者》って、確か国王陛下が最近懇意にしている謎の人物よね? 絶対に外さない予言をするっていう……」
予言とは、予知魔術と呼ばれる魔術の一種だ。
未来予知とも呼ばれ、特別な才を持つ魔術師のみが使用できるとされる高等魔術である。
その才を持つ者の中には、夢で見たことが次々現実になる、という現象も起きるらしい。
謳と同様、かなり稀有な力であることは間違いない。
「ああ、その予言があまりに当たるんで、国王含め周りの人間も、そいつのことをすっかり信じ切ってるみたいだな。そうそう、お前が謳姫として認定される直前に『謳姫が現れる』って予言をしたらしいぞ」
「……なんか、そいつのせいで私が謳姫として捕まったみたいに思えてきたわ」
そんな訳ない、逆恨みだ、とわかっていながら呟いたリスティに、ゼインは何か思うように口元に手を当てた。
「……どうしたの?」
「いや。流石に思い過ごしだな……だが、《予言者》が怪しい人物であることに変わりはねぇ。国王が心酔している《予言者》が『謳姫が破滅を呼ぶ』なんていう予言をした以上、それを取り消させないと、最悪お前は死刑だぞ」
「そ、そんな、私は別に何もしていないのに……」
青褪めるリスティに、ゼインはぴっと指を立てた。
「予言を回避するには、《予言者》に直談判しかねぇ……つまり、お前を追っているエルドラド王家の本拠地、王城にもう一度出向くってことだ。俺は、お前の親父との契約がある以上、お前を逃がすことに力を尽くす。お前が城へ行きたいと言っても、俺はそれを止めるぞ」
「でも、私が破滅を呼ぶなんていう予言をされていて、国王陛下がそれを信じ切っているとしたら、国家魔術師に私を遠隔で攻撃させるくらいのことはするんじゃないかしら? もしそれで私が大怪我したり死んだりしたら、あの鍵は貴方の手には渡らなくなるのよ?」
ゼインが「う」と言葉を詰まらせる。
国家魔術師レベルの魔術師が、本気で遠隔の攻撃を仕掛けてきたら、自分一人なら逃げきる自信があるが、リスティまで守り通せるかというと、正直そこまでの自信はない。
というのも、ゼインはこれまで、盗賊としてこの国の至る所で財宝を奪ってきたが、直接的にエルドラド王家と戦うことは避けてきたので、国家魔術師の実力を知らないのだ。
世の中には、複雑な術式を構築して不可避の攻撃を仕掛ける魔術も存在する。
かなり高度であるが、それを国家魔術師が完全に習得しているとしたら相当に厄介だ。
「……くそ。わかった。俺の負けだ。行くぞ」
「え、今から?」
「今なら、大勢の衛兵が城を出て町中に出張ってんだろう?」
「あ、た、確かに……」
ゼインは立ち上がると、左手でリスティの腕を掴み、右手を軽く掲げた。
「転移魔術!」
刹那、光が視界を覆い尽くした。
と、瞬き一つの間に、暗い屋根裏部屋から別の場所に移動していた。
「ここは……」
「ベルエア城の北側だな。遮蔽魔術を掛けてあるから、大声を出さない限り気付かれねぇから安心しろよ」
答えながら、ゼインはスタスタ歩き出す。
「ちょ、ちょっと! ベルエア城って、結界魔術が張ってあるはずでしょう? 何で転移魔術で直接移動できるの?」
「結界魔術っつーもんには、抜け道があるんだよ」
「抜け道って……国家魔術師が何重にも張っているはずの結界に、そんなものがある訳……」
リスティの言う通り、王城には結界魔術が幾重にも張り巡らされている。
当然、外部からの侵入者は弾き、万が一破られたら結界を張った魔術師がそれを感知して大騒ぎになる。
だが、よく考えたら、ゼインとの初対面も王城の敷地内だ。
あの時も、彼は一体どうやって侵入してきたのだろうか。
多分、聞いても教えてはくれないだろうと、諦めたリスティは話題を変えることにする。
「……《予言者》が何処にいるか、知っているの?」
「ああ、おそらくこの先、北の塔だ。国家魔術師の研究室、執務室がある、エルドラド王国の魔術の中枢だ」
そう言いながら移動し、程なくして、ベルエア城内の、北の塔と呼ばれる場所の入口に着いた。
「……流石にダメか」
入口を見た瞬間に、ゼインが眉を顰める。
どういうことかとリスティが目を瞬いた直後、その塔の入口に、強力な魔力の壁が視えた。
「……罠?」
「ああ。おそらく、魔術によって侵入者を探知するためだろうな。遮蔽魔術を掛けていても、あそこを通った瞬間、無効化されて捕まる」
「じゃあどうするの?」
「その魔術が掛けられているのは、あの正面入り口だけのようだな……だが、他に入れるような窓もねぇ……」
「転移魔術は? 外から王城に転移できたんだから、あの塔に入ることだってできるんじゃないの?」
リスティからしたら当然の疑問であるが、ゼインはやれやれと嘆息して肩を竦めた。
「あのなぁ、転移魔術っていうのは、行先が行ったことがある場所っていうのが大前提なんだよ。地図やなんかで座標を正確に把握すれば行けないこともないが、魔力消費もえぐいし、失敗するリスクも高まる。まぁ、見えている場所に移動するだけなら多少は楽だが……今回塔の中は見えねぇし、俺はあの塔の中には入ったことがねぇ」
だから転移魔術で塔の中には入れない。
ゼインは言外に匂わせて、もう一度塔を睨んだ。
「……っ! まずい!」
彼が目を瞠ってリスティの腕を掴み、咄嗟に庇うように彼女を後ろに引く。
その直後、突然目の前に魔法陣が顕現した。
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