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肆:隠れ家

 娼館の従業員が使う裏の廊下を歩きながら、リスティは前を歩くゼインに声をかけた。


「貴方、ゼインっていうのね」

「……ああ」


 ファリナがそう呼んでいた。《漆黒(ニグリ)》ではなく、ゼインと。


 うっかり実名が漏れてしまったことで、彼は苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「……私は、そう呼ばない方がいい?」

「少なくとも、衛兵の前ではな。それ以外は好きに呼んだらいい」


 そう言いながら、ゼインはとある部屋に入った。

 そこは倉庫のようで、色々な物が乱雑に置かれていた。


「こっちだ」


 部屋の奥に進んだゼインは、棚を梯子のようにして登ると、天井の板を押し開けた。


「ほら、来いよ」


 リスティに手を差し出し、同じように棚をよじ登った彼女がその手を取ると、ぐいと引っ張り上げてくれた。


「ここが貴方の部屋?」

「そ。俺の隠れ家」


 言うや、彼は何やら呪文を唱えた。

 すると、そこにあったランプに火が灯り、部屋の全容が明らかになる。


 古びたベッドが一つあるだけの質素な部屋だ。

 屋根裏でなければ牢屋の中のようだ。


 その部屋の隅には、本が山積みになっていた。遠目でもそれが魔術書であることがわかる。


「……ここに住んでいるの?」

「住んでるっつーか、追われている時の隠れ家だな。誰も娼館の屋根裏部屋に、盗賊《漆黒(ニグリ)》が隠れてるなんて思わねぇだろう? ましてや、エルドラド王国随一の高級娼館ルッソになんてな」

「高級娼館……?」

「ああ、田舎育ちの、しかも女じゃあ知らねぇのも無理はねぇか……ここは、王都で暮らす男にとっては夢のような場所だが、並みの男じゃあ足を踏み入れることさえ叶わない、一見(いちげん)お断り、かつ、一回でひと月分の稼ぎが吹っ飛ぶくらいの高級娼館さ」

「そんな所をよく隠れ家にしているわね」

「実家みたいなもんだからな」


 そう言って、ゼインはベッドに寝そべった。


「とりあえず、しばらくはここで過ごす。好きにしていいが、あまり外に出るのは勧めない。おそらく町中に衛兵が配備されて、お前を探しているだろうからな」

「いつまでここにいるつもり? まさか、一ヶ月ずっと?」


 窓もない真っ暗な部屋。明かりが消えれば何も見えず、昼か夜かもわからない。

 そんな場所にひと月もいたら、気が狂いそうだ。


「明日には一度町の様子を探りに行ってくる。お前を連れ出したのが俺だということを、エルドラド王家が掴んでいるのかどうかによって、この後の俺達の出方も変わる」


 それは尤もだ。


「……私はどこで寝たら良いの?」

「好きなところで寝ろよ。ベッドは譲らねぇぞ。それは対価に入ってねぇからな」


 対価とは、リスティの父が提示した、彼女の逃亡の手助けの報酬のことを言っているのだろう。

 確かに、あのアルトゥーラ王国の秘宝が隠されている宝物庫の鍵は、リスティの逃亡を手助けして、ひと月、もしくはエルドラド王家が別の謳姫を選定するまで彼女を守り通したら、という条件だった。


 ゼインは、こういう場合に女性にベッドを譲るような紳士ではないらしい。

 盗賊である時点で、彼に紳士的振る舞いは期待していなかったリスティは、少々不満そうにしつつも部屋を見渡した。


「ベッドを譲れとは言わないけど、せめて毛布とか、クッションとかないの?」

「ファリナに言えよ。あれでも、困っている女には優しいって評判だ」

「さっき人? あの人はここの娼婦の中でも偉い人なの?」

「おいおい、ルッソの主人に向かって何言ってんだ?」

「娼館の主人? さっきの人が? あんなに若いのに?」

「娼館の主人に若いも年寄りも関係ねぇが……アイツ、少なくとも四十は超えてんぞ」

「は? どう見ても二十代後半くらいだったわよ」


 リスティは、先程の美女の姿を思い出し、心底驚いた顔をした。

 自分の母親が四十三歳だが、とても同年代には見えない。


「じゃあ直接聞いてみたらどうだ? 年齢聞いたら殺されるだろうが、二十代に見えたって言えば間違いなく気に入られんぞ」


 ゼインがにやにやしながら言うので、リスティは一度隠し部屋を出て、先程お茶を出された部屋に戻ってみた。


 ノックをし、応じる声がしたので、おずおずと扉を開ける。

 と、部屋のデスクで何やら帳簿のようなものを眺めていたファリナが視線だけこちらに投じてきた。


「どうした? 何か用があって戻って来たんだろう? 遠慮せず入りなよ」

「あ、あの、すみませんが、毛布と、クッションか何かをお借りできませんか?」


 まずは尋ねるとファリナは驚いたような顔をした。


「は? ゼインは? アイツ、まさか女の子にベッドを譲らないどころか、毛布もクッションも渡さなかったのか?」

「え、ええ……でも、あの、そういうのは契約に含まれてないので……」


 リスティの言葉に、何かを悟った様子でファリナが嘆息し、ペンをデスクに置いた。

 部屋の奥の戸棚を開けて、大きな革袋を取り出してリスティに放り投げる。


「毛布が二枚入ってる。クッションはないが、一枚を袋に入れたまま使えば代用できるだろう。長く滞在するようなら、明日にはちゃんとしたものを用意してやるよ」

「す、すみません、ご迷惑をおかけします……」

「ここに来たのはアンタの意思じゃないんだろう? なら、謝るのはアンタじゃないよ」


 ファリナはそう言ってゼインがいると思われる方角を一瞥し、小さく舌打ちした。


「代金はアイツからふんだくるから気にするんじゃないよ」


 そう言って片目を瞑ってみせるファリナを、リスティはまじまじと見つめる。


「……何だい? アタシの顔がそんなに珍しいかい?」

「い、いえ。すみません。アイツが、ファリナさんが四十歳過ぎてるなんて言っていて、どう見ても二十代だし、絶対嘘だと思って、つい……こんなに綺麗なのに私の母と同世代なんて信じられません」


 リスティがそう言うと、ファリナは明らかに苛立った様子で目を細めたが、最後の一言で満更でもなさそうに頷いた。


「そうかそうか。アンタはいい子だね。ゼインは後で殴っておくよ」


 彼女のその反応が、ゼインの言葉を肯定しているように思えた。

 しかし、それ以上突っ込むことは許されない気がして、大人しく毛布の入った革袋を抱えて戻ることにしたリスティだった。

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