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壱:盗賊《漆黒》と謳姫

 太陽が沈み、欠けた月が空に浮かんでいる。


 大きな岩山の中腹に建てられた城の、一際高い塔の上に立った女が、悲し気な顔で空を見上げていた。

 美しい銀の髪に、エメラルドを思わせる翠の瞳を有した二十歳くらいの美女である。

 纏うドレスは最高級の装飾がなされたものなのに、両手首は鎖で繋がれている。


 彼女は瞑目し、おもむろに口を開いた。


 言葉のない歌を口ずさむ。

 彼女の声には魔力が込められており、呼応するように、彼女の周りで清浄な空気が渦巻き始めた。


 これは『謳』と呼ばれる技だ。


 魔術が存在するこの世界で、それとは異なる方法で似たような効果をもたらす術である。

 魔力を声に乗せ、音程や緩急などによって操るのだ。


「……おー、見事だなぁ。塔のテッペンだけ綺麗に浄化されてるぜ」


 誰もいないはずの場所に、間延びした声が響いて、彼女ははっと振り返った。

 いつの間にか、塔の手すりの上に、一人の青年が腰掛けていた。


「……誰?」


 警戒心剥き出しで尋ねながら、彼女は青年を睨む。

 その様子に、青年は黄金の双眸を僅かに細めた。


「俺は《漆黒(ニグリ)》と呼ばれている者だ」


 その名を聞いた彼女の眉が、ぴくりと動く。


「盗賊の?」

「おや、俺を知っているとは、光栄だな」


 漆黒ニグリと名乗った青年―――――ゼインは、飄々とした様子で肩を竦めた。


「盗賊が、王城に何を盗みに来たの?」

「ん-、今回は盗みに来た訳じゃねぇよ。謳姫が認定されたって新聞がばら撒かれていたから、どんなもんかと思って見に来てやったのさ」


 不敵に微笑むゼインに、彼女は眉を顰める。


「……私を、どうするつもり?」

「別にどうもしねぇよ。言っただろう? 俺は謳姫を見に来ただけだって。用は済んだから、もう帰るよ」

「待って!」


 本当にそのまま帰ろうとするゼインに、彼女は咄嗟に声を掛けた。


「私も連れて行って! お願い!」

「何で?」


 さも不思議そうな顔で聞き返したゼインに、彼女は両腕を示す。


「謳姫なんて称号を勝手に押し付けられたかと思ったら、王太子との婚約を迫られ、拒否したらこれよ! 冗談じゃないわ! 私は、自分の結婚相手は自分で決めたいの!」


 鼻息荒く憤慨した様子の彼女に、ゼインは目を瞬く。


「ふーん? で、アンタを連れ出して、俺に何の得がある?」

「得?」

「ああ。お前を攫えば、当然俺は謳姫誘拐の罪に問われることになる。そんな危ない橋を渡るのに吊り合うだけの利益が得られるなら、考えてやっても良いがな」


 ゼインがそう言ってのけると、彼女は一瞬考えた後に、ゼインの目を見て答えた。


「貴方の言うことを、何ででも一つだけ聞くわ」


 本来、女一人の「何でも言うことを一つだけ聞く」など、大した価値はない。

 一晩限りの相手にしたって、ゼインにしてみれば銀貨一枚程度の価値にしかならないのだ。


 だが、今ゼインの目の前にいる女は、その辺の女とは違う。

 何しろ、間違いなく有能な力を持った『謳姫』なのだ。


「一つだけ? 例えば?」

「私は謳姫に認定されるだけの力がある。貴方のために謳えと言われたら謳う。それこそ、貴方の幸運を祈って謳うことだってできるわ」


 自信満々に言い放った彼女に、ゼインは根負けしたように小さく笑った。


「わかった。連れ出してやる。その代わり、条件に一つだけ追加だ。今この場で、俺への幸運を祈って謳ってみろ。着手金代わりだ」


 ゼインの言葉を受けて、彼女は頷き、短く謳った。

 彼女の声が響いた直後、淡い光が生まれ、ゼインを包み込む。


 ゼインもまた、強い魔力を有する魔術師でもあるため、この光の効果がどれほどか、肌で感じ取っていた。


「……なるほど、謳姫の実力はダテじゃなさそうだな」


 ふむ、と頷いて、ゼインは唇を吊り上げた。


「よし、契約成立だ。お前を連れ出してやろう。どこに届けりゃいい?」

「ノーバよ。急に連れ去られてきて両親も心配しているだろうから、一度帰りたいの」


 ノーバは島国の南に位置する港町だ。

 かつて島国がエルドラド王国に統合されるまで、アルトゥーラ王国という小国の王都があった場所で、現在も漁業が盛んで活気溢れる町である。


「ノーバね。馬で丸一日はかかる距離だな。まぁ問題ねぇ」


 言うや、ゼインは彼女の両手を繋ぐ鎖に触れた。


解錠魔術バセム


 一言の呪文で、彼女を縛る手枷は外れ、がしゃんと落ちた。


「行くぞ、謳姫」

「謳姫はやめて。私の名前はリスティ・コルベットよ」

「リスティね。まぁ、短い付き合いになるだろうが、覚えてやるよ」


 彼は彼女の腕を掴み、今度は飛翔魔術を唱えた。

 そのまま空へ舞い上がり、二人は夜の闇へ消えていった。


 その様子を、遠くから眺めている人影があったことに、彼らは気付いていなかった。

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