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拾:盗賊の正体

 リスティが目を瞬くと、見覚えのある建物の前にいた。


「あれだけ脅せば、もうアイツらがお目を狙ってくることはねぇとは思うが……念のため約束の期日まではここに身を隠すぞ」


 ゼインはそう言いながら、開店前で忙しそうな雰囲気が伝わってくる煌びやかな建物に我が物顔で入っていく。


「おや、部屋から気配がしないと思ったら、やっぱり出ていたのか。解決したのかい?」


 出迎えたファリナは、何かを察しているような顔をしていた。

 彼女が手招きをするので、ゼインは少し嫌そうにしつつ彼女の部屋に向かう。

 ゼインがリスティと並んでソファに座ると、流れるような所作で温かいお茶が差し出された。


「その顔だと、父親と会ったみたいだね」


 ファリナが揶揄するように言うと、ゼインは苦虫を数十匹は噛み潰したような顔をした。


「父親?」


 リスティがファリナを見る。

 彼女の中でもしやと思っていたことが、今の一言でほぼ確信に変わった。


「コイツの父親は、現エルドラド国王、ガウス・エルドラドなのさ」

「やっぱり……」

「その様子じゃあ、話していなかったようだね」

「そんな必要ねぇだろうが」


 むすっと不貞腐れた様子でお茶を啜るゼインに、ファリナは苦笑しつつ、リスティを振り返った。


「コイツの母親、ゼリーナはね、大陸出身で、たまたまこの島にやって来た時、ガウスと出逢い、恋に堕ちたのさ。当時ガウスは既に王妃と結婚してルカス王太子が生まれていたが、ゼリーナを側妃にしようと手を尽くした」


 彼女の言い方から、それは叶わなかったのだろうと容易に想像できる。

 エルドラド王家はやたらと血筋を気にする。三国をまとめ、エルドラドを建国した王の血を引いていることを、誇りに思っているからだ。

 どれだけ優秀な人物であろうとも、大陸からやって来た余所者よそものを、王族に迎え入れることなど絶対にしないだろう。


「当然、他の王族や三大公爵家は大反対。特に、王妃の生家であるトーラス公爵家は断固拒否の姿勢を示し、ゼリーナに暗殺者を差し向けるほどだった……そんな時に、ゼリーナが逃げ込んだ先がこのルッソだったのさ。アタシはゼリーナと意気投合してね。彼女を匿うことにしたのさ」

「ゼリーナさんは、その後どうなったんですか?」

「ガウスとは隠れて何度か会ったみたいだけどね。いつの間にかコイツを身籠っていて、一人で産み、コイツが十歳の頃に病気で亡くなったよ……ガウスはコイツを引き取ろうとしたが、当然それも周囲の反対に遭い、あえなく断念……それっきりさ」


 それだけ聞くと、国王はゼリーナのことを心から愛していて、その息子を引き取ろうと必死だったように思える。

 しかし、ゼインは彼を父とは思っていない様子だし、二人が対面した時の様子から、少なくとも彼はゼインが大人になった姿を見たことがないのだと察せられる。


 愛する女性が亡くなり、その人との子供を、最初は熱心に引き取ろうとしたのに、周囲の反対に遭って、その後は会うこともなかった。会おうともしなかった、そういうことだろうか。

 

「……ゼインは、王位には興味ないって言っていたけど、どうしてあんなにも嫌悪感を剥き出しにするの?」

「俺の母親は、アイツの言葉を信じて、ずっと待ったんだ……アイツは王位も何もかもを棄てて、この島から逃げ出して、母親と共に生きると約束した……だが、いつまで待ってもアイツは王位を棄てなかった……」


 一度国王になった者が、その地位を棄てるのは簡単なことではない。

 しかし、ゼインの母親ゼリーナが亡くなったのは彼が十歳の時。

 十年かけても実行されなかったとなれば、口約束だけで遂行するつもりはなかったと思われても無理はないだろう。


「あの男が、そこまでして縋りつく王位にどれほどの価値があるのか、見極めるために俺は盗賊になったんだ」


 意味深長に呟くと、ゼインは席を立って部屋を出て行ってしまった。


「……見極めるためって……?」


 思わず呟いた私に、ファリナが視線を落として呟いた。


「アイツが父親を毛嫌いする理由は、母親を騙し続け、約束を守らなかったから。そして、それほどに父親が固執する王位の意味を考えた時に、アイツはこのエルドラド王国の成り立ちについて疑問に思ったのさ」

「王国の、成り立ち……?」

「……かつてこの島には、ウトピア、トーラス、アルトゥーラの三国が、時に争いながらも均衡を保って栄えていた。しかし百年前、ウトピアのエルドラド公爵家が突然三国をまとめ、エルドラド王国を建国した……」


 それは、この島に住む者ならば知っているこの国の歴史。


「エルドラド公爵は、何故三国をまとめることができたと思う? ウトピアの国王ではなく、公爵だぞ?」


 それは、リスティの父も言っていた。

 その疑問故に、当時のアルトゥーラ国王は、エルドラド公爵を信用できず、宝を隠したのだと。


「その秘密に辿り着けば、父親が王位に固執する理由もわかるのかと、アイツは歴史に関する書物を読み漁った……しかし肝心のことは何もわからない。だから、有力貴族の家に忍び込んで、歴史書や日誌のようなものを盗んだ……目的を悟られないために、他の金品なんかも盗んだみたいだけどね」


 歴史書や日誌、それで理解した。

 リスティの父は、リスティを守る代わりに、ゼインに宝物庫の鍵とアルトゥーラ最後の国王の手記を渡すと約束した。

 ゼインがすんなり引き受けたのは、その手記のためだったのだ。

 宝物庫が狙いだとばかり思っていたが、国王の手記もそこにあると父は言っていた。


 リスティの父は、《漆黒(ニグリ)》が歴史書や日誌を狙って盗んでいると悟っていたのだろう。

 だからそれと引き換えにリスティの逃亡の手助けを依頼したのだ。


「……ファリナさんは、この国の成り立ちを、どう思うんですか?」


 リスティが問うと、彼女はふっと鼻で笑った。


「きな臭いことこの上ないと思っているよ。まぁ、証拠はないけど、おそらく建国当時のエルドラド公爵は、他人を操る、操作魔術が使えたんじゃないかと思っている……それによって、自国の国王と、トーラスの国王を操作し、アルトゥーラにも統合の話を受け入れさせた。そう考えると色々な辻褄が合うからね」


 そうだ。言葉一つで、他人を意のままに操作することができるというのは、今日知った事象そのままだ。

 これまでシアンナがそうしていたように、言葉で他者を操ることができるのなら、当時のエルドラド公爵が自国の国王とトーラスの国王を丸め込めたとしても不思議はない。


「……そうか、《予言者(プロフェタ)》もウトピア公爵令嬢だった……ウトピア王家の血筋には、元々そういう力を持つ人が生まれることがあったのかもしれない……」


 急激に腑に落ちた。

 エルドラドは元々公爵家だ。つまり、ウトピア王家に近い存在。中には王族の血縁者もいたことだろう。そうなれば、王族と同じ力を持つ者が生まれたとしても不思議はない。


 そして、エルドラド王国を建国した初代国王であるエルドラド公爵は、魔力も、その他者を操る力も一際強かった。

 だから、自分より上の権力者をまとめ上げることができたのだ。


 そして、建国から百年の間に、エルドラド王家の王女が三大公爵家となった三国の元王家へ降嫁することは珍しくなかった。当然、ウトピア公爵家へも。

 結果、エルドラド王家とウトピア公爵には、他者を操る力を持つ者が生まれるようになったのだろう。

 ただ、現国王と王太子には、その力は宿っていないようだが。


 それもあって、エルドラド王家は血筋をやたら気にしていたのだろう。

 やたらと謳姫を王族の妃として取り込もうとしていたのも、その力を欲していたからなのではないだろうか。


 謳も、あの他者を操る呪いも、声に魔力を乗せて効果を発すると言う意味では、非常に似た力だ。


「……でも、それがわかったところで、どうして今の国王が王位に固執するのかはわかりませんね……結局は富と権力が惜しいだけなのかしら……」


 リスティは、肩を落としてそう呟いた。

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