玖:国王と盗賊
瞬き一つの間に現れたのは、ゼイン達をここまで引き入れた国家魔術師のリーフと、金髪碧眼の壮年の男だった。
高貴そうな身なりと、ルカス王太子とよく似ていることで、彼がエルドラドの現国王、ガウス・エルドラドであることがわかる。
「へ、陛下……」
シアンナが狼狽えて一歩下がる。
国王自身は、自分で転移魔術を行使ししたのではないらしく、驚いた顔で辺りを見回した。
「ここは《予言者》の部屋……リーフ、これは一体どういうことだ?」
「緊急事態につき、お呼び立てしました」
さっと一礼したリーフは、シアンナを示した。
「この度、《予言者》であるシアンナ・ウトピア嬢の力が、『予言』ではなく操作魔術による『呪い』の一種であることが判明いたしました」
先程の話をどこかで聞いていたのか、リーフはつらつらと話し出す。
「呪いだと? 《予言者》が? エルドラドの国王たる私に?」
「ええ。ですが、シアンナ嬢に呪いの意図はなかった模様です。彼女自身も『予言』と信じていたようです……」
一度、リーフは言葉を切る。
「そして先程、現謳姫であるリスティ様に、死を予言なさいました。しかし今申し上げた通り、シアンナ嬢の力は『予言』ではなく『呪い』です。これは、謳姫殺人未遂に該当します」
「そんなっ! 私は、本当に予言を……!」
シアンナが声を引き攣らせる。
「じゃあお前、今から俺に何か予言してみろよ」
ゼインが横から口を出すと、シアンナは彼をきつく睨み、吐き捨てるように言い放った。
「『黒髪の侵入者は、間もなく凄惨な死を迎えるだろう』!」
言葉が魔力を孕んで空気を震わせる。
しかし、ゼインには何も変化が起きない。
「何も起きねぇようだな……じゃあ、次は俺の番だ」
にやりと笑い、彼は右手を前に突き出した。
「偽物の《予言者》は、俺の前に跪くだろう」
彼の右手から、魔力が鞭のように伸びた。
それは、シアンナの四肢に絡みつき、彼女を押さえつける。
「っ! ちょっ! 何よこれっ!」
彼女は抗うこともできず、床に平伏し両手両足をついた。
「お前がやっているのは、これと同じだ。理解できたか? 相手の方が魔力が強ければ通用しない」
逆に言えば、この状況はシアンナの魔力はゼインに及ばないことを示している。
「それより、大丈夫か? 『呪い』は失敗すると、術者に撥ね返る……お前は俺達が来てから既に、三回は失敗している……そろそろ出るはずだ。影響がな」
彼女がゼインやリスティに対して行った直接的な予言、『私の空間を穢す侵入者は即座に衛兵に捕まるでしょう』『謳姫、リスティ・コルベットは死ぬ』『黒髪の侵入者は、間もなく凄惨な死を迎えるだろう』それらは、いずれも実現していない。ゼインの防御魔術が防いだり、そもそも二人の魔力量が大きいからだ。
「……え?」
シアンナが何か違和感を覚えた様子で視線を床に落とした瞬間、両手の指先から、黒い痣のようなものが広がって、瞬く間に腕まで伸びてきた。
ゼインが魔力による拘束を解くと、彼女は身を起こして己の腕と、ドレスの裾を少し捲って足を見た。
足先からも、同じような黒い痣が広がってきている。
「な、なに、これ……あ、痣が……!」
息を呑む彼女に、ゼインが冷静に告げる。
「反動だ。呪いはただでさえ術者に跳ね返る危険の高い魔術……まして相手の命を奪うことを直接的に示して呪うなんて、跳ね返ったらどうなるか、馬鹿でもわかるだろう」
「あ、あ……た、たす、け……」
彼女はその場に倒れ込んだ。
彼女の身体は、その皮膚という皮膚が、全て真っ黒に染まってしまっている。
「……ぜ、ゼイン、彼女は……?」
「人に死ねという呪いをかけて、それが撥ね返されたんだ。助かりはしない」
忌々し気に目を細め、ゼインはリーフを振り返った。
「おい、呪いは瘴気を生むはずだ。こいつをこのままにしておくのか?」
「そうね。この子をここに置いておいたら、瘴気に惹きつけられた魔物が湧いてくるようになってしまう……処分はアタシに任せて」
彼女は何か呪文を唱え、シアンナと共にその場から消え去った。
「……さて、と。《予言者》の件は片付いたし、俺達は帰るか」
「そ、そうね」
あっけらかんと言って踵を返そうとするゼインに、当然だがルカスが吠える。
「そうはいくか! リスティを返せ! そもそも貴様は何者なんだ!」
と、ゼインの姿を改めて見た国王が、はっとした顔をした。
「……黒髪に黄金の瞳……? っ! まさか、お前、ゼインか!」
名前を出されたゼインが、心底嫌そうな顔をする。
「気安く俺の名を呼ぶな」
「や、やはり……何故お前が、逃げた謳姫と共にいるんだ!」
「それはお前に関係ねぇことだ」
「そんな訳あるか! やはり、お前は王位継承権を求めて……?」
「んなもんいらねぇよ。俺を馬鹿にすんじゃねぇ」
吐き捨てたゼインに、リスティが目を瞬く。
「王位継承権? ゼイン、王族なの?」
「違う]
食い気味に否定したゼインだったが、ゼインの名を聞いたルカスが、ようやく思い出したように声を上げた。
「お前があのゼインか! 謳姫を連れて戻って、王位継承権を手にするつもりか!」
「だから! 俺はこの腐った国の王位になんざ興味ねぇって言ってんだろうが! 俺がコイツを連れているのはたまたまだ!」
ゼインはそう吠えると、右手を掲げた。
「束縛魔術!」
魔力が鎖となって、国王と王太子に絡みつく。
自由を奪われた二人は、悔しそうにゼインを睨んだ。
「こんなことをして、どうするつもりだ!」
「貴様、これは不敬罪どころか、反逆罪だぞ!」
「罪名なんかどうだっていい。好きにしろよ。だが、覚えておけ。俺を怒らせたら、お前らの命はねぇ」
ゼインはそう言うや、右手をぎゅっと握った。
国王と王太子が、ひゅっと息を詰める。
まるで、心臓を直接握られたかのような反応だ。
「一応言っておくぞ。たまたたとはいえ、今俺はコイツを守る立場だ。コイツに手出ししたら、お前らの心臓は握り潰すからな」
それだけ言い捨てると、ゼインはリスティの腕を掴み、転移魔術を唱え、その場から掻き消えたのだった。
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