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水の蜂  作者: 寺音
最終章
92/103

第89話 心が生まれた時

 水の蜂がこの地に降り立ってから、蜂たちは水を生み出して、他の生命たちに分け与え続けた。そして、魂と体が成熟した頃に自ら命を終わらせて、女王蜂の元へと還っていった。

 女王蜂は同胞たちの(いのち)を集め、蓄えていく。新たな蜂を生み出すのも、女王蜂の役目だった。


 そうやって彼女たちは、使命のために存在し続けてきた。

 心のない彼女たちにとって、そこに善も悪も悲しみも怒りもない。水の蜂は元々水の神によって、そういう存在として生み出されたのだから。



 水の蜂が生まれて、何百年も経った頃。

 変化をもたらしてしまったのは、この地にいた『人』であった。

 水の神が『蜂』の外見の元とした種族。自分たちと同じ姿、形をしている存在に、人が興味を持つのは必然であった。

 蜂たちも自分たちにはない『心』を持った人に興味を持ち始め、やがてその交流は蜂にも心を生み出した。中には人と心を通わせ、愛し合う者も現れた。


 しかしそれは、神の使者として生きる存在には、不要なものでしかなかったのである。

 自ら命を終わらせる瞬間、ある一匹の蜂が涙を流してこう言った。

 『もっと生きたい』と。


 そんなことがあったある日のこと。女王蜂は全ての蜂を一ヶ所に集めて、こう言った。


『これから、あなたたちは自由に生きなさい。人と心を通わせるのもよし、授けられた本来の生を全うするもよし。あなたたちの代わりに、(わたくし)が一人で力を集めましょう。(わたくし)一匹の命の繰り返しでは、とても長い時間がかかるでしょう。ですが、どうか待っていてください。この国に雨が降るその時を、人と共に』


 それから女王蜂は、たった一人で『力』を集めた。水を生み、他の生命を助けながら国中を巡り、やがて自ら命を終わらせ、次代の女王蜂へ力と記憶を引き継ぐ。そうして何百匹という同胞の代わりに、少しずつ少しずつ力を溜めていった。

 孤独で途方もない旅だった。


 何百年という時間が過ぎて、あと少しで雨を降らせることができる。そんな時に、ある男が彼女の前に現れ、膝を折って首を垂れた。


『私はこの国の王です。偉大なる女王蜂様。あなたが姿を隠してから、愚かにも我が民は水を求めて争い続け、人も大地も疲弊しきっています。私はこの国を生まれ変わらせたいと思っています。しかし、争いを止めるための力も、国を立ち直らせるだけの水もない。女王蜂様。もう一度我々に水を与えては下さいませんか? 今度は決して水を無駄にしないと誓います。この代わり、あなた様のお身体は我が王宮に匿い、安全に大切にお守りいたしましょう』


 国の現状に絶望しつつも、女王蜂は慈悲深い心を持っていた。涙を流しながら懇願する王の言葉に頷くと、ためていた力のいくらかを犠牲にしつつ、国の何ヶ所かに大きなオアシスを創った。

 そして、疲れ切った女王蜂はその命を終わらせると、次代の女王の繭を王に託した。


『一時の水を与えるならまだしも、オアシスを生み出すとなると、たくわえていた力の一部を使わなければならなかった。けれど、この私の残りの命と、王宮でもう何度かの()を使えば、今度こそ国に雨を降らせることができる。やっと、その時がくる』

 

 そう思っていたのに。

 まさか、目覚める時を待っている自分の『力』を使い、人間が自らの欲のまま、水を生み出し続けていたなど思いもしなかったのである。


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