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水の蜂  作者: 寺音
第六章
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第79話 王都へ

 (ひずめ)の足音が壁や天井に反響している。ラクダに跨がりシルハたちの後を進みながら、チャッタは周囲に視線を巡らせた。


 王都へ繋がる地下通路はリペの水路とは比べものにならないほど広く、ラクダに騎乗したままでも歩けるほどだった。地下通路の真ん中には深く広い溝があり、溝の両端にラクダ二頭が並んで歩けるほどの道が続いている。その内の一つを、チャッタたちは一列になって進んでいた。

 聞けば、王都へ向かう者は右、王都から出る者は左と言うように道を分けているそうである。擦れ違う際に、ラクダや荷が溝に落ちるのを防ぐためなのだろう。


 噂通り、王都を出入りする者は少ないらしく、一度だけ荷を積んだ商人と擦れ違っただけだった。

 目立ってはいけないと、すれ違う瞬間、チャッタたちはマントフードの布を引いて顔を覆い隠した。


 磨かれた石が隙間なく積まれている様子は、やはり他の水の蜂の遺跡と似通っている。そして、壁や天井は淡く光を帯びていた。やはりこの石に何らかの力があるのだろう。

 ラクダの足音に混じって、アルガンのうんざりした声が聞こえてきた。


「なぁ、まだ到着しないのかよ」

「アルガン。さっきもそんなことを聞いていたよね? 数時間かかるって言われたばかりじゃなかったかな?」

「そうだな。王都まで二時間と言ったところか。安心しろ、かなり近くまで来ているぞ」

「へえー、それは有難いなぁ」

 アルガンが喜んでいるとはとても思えない調子で答えるが、無理もない。地下通路はずっと同じ景色が続いているため、どうしても飽きてくるのだろう。


 体内周期を崩さないよう、地上の日没時間に合わせて睡眠をとっていたが、常に周囲の明度が変わらないというのも調子が狂う。

 険しい道や強い日差しを避けられるのは有難いが、こうした辛さもあるのか。チャッタは感心したように思った。


「けど、少しアルガンが羨ましいよ。僕はなんだか緊張して、うんざりするどころじゃないから」

「鈍感で悪かったな」

「心の余裕があるってことだよ」

 チャッタはアルガンを振り返り、微笑を浮かべる。

 その時、彼の背後にいたムルが視界に入った。少し俯いて何かを考えているようにも見える。普段と違う雰囲気にも思えて、チャッタは首を傾げた。


「さて。そろそろお前たちには、罪人らしい装いをしてもらうことになる。お喋りも控えてくれ。のんきに兵と雑談をする罪人などいないからな」

 シルハがあまり声が響かないよう、小声でそう告げた。チャッタは神妙な面持ちで前を向き、頷く。

 今は手も足も自由にさせてもらっているが、作戦上そう言うわけにもいかないだろう。

「すみません。不自然にならない程度にゆるく結びますから」

 シルハの隣にいた兵士が、チャッタたちを見て申し訳なさそうに頭を下げた。




「手配書の罪人を捕らえた、ということか」

「ああ。確認を頼む」

 門番が不躾に顔を覗き込んでくるのを、チャッタは息を詰めて堪えた。ここで作戦がバレることはまずないとシルハは言っていたが、緊張はするし不快感もある。


 嘗めるような門番の視線が外れ、チャッタはこっそり安堵の息を吐く。軽く視線を上げれば、王都を取り囲む白亜の壁が見えた。

 長い道程を経て、チャッタたちはようやく王都までたどり着いたのである。


 王都を囲む高い壁。噂には聞いていたが、想像よりも遥かに高い。リペのオアシスを囲っていた壁の数倍はあるだろうか。凹凸もほとんどないため、登って越えるなど不可能である。

 今、チャッタたちがいるのは、検問が行われる金属製の門の前だ。良くも悪くも王都への侵入経路はここだけなのだろう。黒々として武骨な門は二重になっており、片方はシルハたちが顔を見せた時点で開き、もう片方は閉じたままだ。

 ここが王都へ繋がる入口だとは思えないほどの、物々しさを感じさせる。


「ん? 手配書よりも、罪人の数が多いようだが?」

「ああ。罪人を捕らえる際にこちらの邪魔をしてきたため、やむを得ず捕らえたのだ。問題はあるまい?」

「ほお、こんな子どもが」

 シルハがアルガンのことをそう説明していた。門番は少々不可解そうに眉をしかめていたものの、すぐに視線を手元に落とす。

 手に持った巻物へ何かを書き付けると、背後にいた別の門番と視線を交わす。


「良いだろう。よくぞ任務を果たし、無事に帰還した。ご苦労だったな」

 門番が僅かに表情を緩めたのを合図に、もう一つの門が軋んだ音を立ててゆっくりと開いていく。

 途端、白く乱反射した光が目に飛び込んできて、チャッタは思わず腕で顔を覆った。腕越しに白い光の正体を確認した彼は、思わず目を息をのむ。


「噴水だ……」

 門が開かれてすぐ目の前にそれはあった。細長い壺のようなものから、水が細長い薄布ヴェールのようにこぼれ落ちている。宝玉のような光は、透明な水の輝きだったらしい。

 両手を拘束されていることも忘れ、チャッタは目の前の光景に見入った。


 噴水から溢れた水は、多角形の囲いで受け止められ小さなオアシスのようになっている。そして囲いの下に掘られた溝から、また水はどこかへ向かって流れていく。

 噴水のそばでは、巡回中の兵士だろうか。腰に剣を帯びた男たちが談笑していた。その奥では、深紅や翡翠など色鮮やかな衣服で着飾ったご婦人たちが、道を歩いている。一度に強烈な色彩を浴びて、チャッタは軽い目眩すら覚えた。


「おい。()()はこちらからだ」

 門番たちの目を気にしてか、横暴な口調でシルハの部下がチャッタを促す。

 示されたのは、門をくぐってすぐ左手側にある小道だった。王都の外壁を沿うように伸びており、大通りを行かなくとも奥に進めるようになっているらしい。左側は王都を囲う壁、右側は黄土色のレンガが積まれた塀で挟まれ、周りから見えないようになっている。

 こちらも見世物にされていい気はしないので、チャッタたちは導かれるまま、小道に歩みを進めていく。


 数歩歩いて、彼は驚きで思わず下を向いた。靴底から伝わってくる滑らかな感触。足下にあるのは丁寧に磨かれた平石で、それが隙間なくぴったりと道に収められているのだ。

 思えば先ほど見えた王都の道も、丹念に薄板が敷かれていて、砂がむき出しになっている所などなかったように思う。


 チャッタが視線を右へ向けると、長身のおかげで塀の上から王都の様子が垣間見えた。

 まず驚いたのは植物の多さ。道の端の至る所に青々とした葉を伸ばした木々や赤い花々が咲き誇っている。周囲の建物は亜麻色で統一されており、空色や濃紺、黄金色の意匠が施されていた。

 教会や宮殿と言った特別な建物ではなく、ただの住居がそれだけ絢爛けんらんとした外観なのだろう。


 塀の飾り窓からその光景を目にしたのか、アルガンが一瞬だけ足を止め、戸惑ったような声を上げた。

「これが……王都?」

「まるで別世界だね。リペみたいに栄えているのだろうと思ってたけど、正直比べ物にならないよ」


「何度見ても圧倒されちゃいますよね。陛下のお膝元だから特別なんだそうです」

「おい、静かにしろ。俺たちはあくまで罪人を護送中だ。その緩んだ表情を引き締めろ。……お前たちも、観光に来たのではないのだから、少しはそれらしくしていてくれ」

 シルハから小声で注意を受け、チャッタはしおらしく俯いた。アルガンや話しかけてくれた兵士も、言われるがままに口を噤んだようである。


 小道は王都の奥へ進むにつれて、次第に緩い上り坂になっていく。

「あれは……」

 珍しくムルが口を開いたのに釣られ、チャッタは顔を上げる。

 一際目立つ銀色の澄んだ屋根が、晴天に散々と輝いていた。


「あれが、王宮だな」

 シルハがそう応えてくれた。今見えている屋根の部分だけでも、その威光が伺える。

 あれがこれから自分たちの目指す場所。

 チャッタが隣のアルガンに視線を向けると、彼の拳は震えるほど強く握られていた。


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