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水の蜂  作者: 寺音
第一章
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第8話 異変

 嫌な予感が的中してしまった。

 チャッタは奥歯を噛みしめながら、小走りでティナの部屋の前まで向かう。一度心を落ち着かせるため胸に手を当てて深呼吸をしてから、チャッタは扉をノックした。


「ティナちゃん、起きてる?」

「チャッタさん? ……起きてますけど」

 間を置くことなく、彼女から返事があった。もう日も高く昇っている時間帯の為、起きていても不思議ではないのだが。

 ゆっくりと扉が開かれ、ティナが顔を出す。すっかり身支度も終えて、顔色も悪くはないようだ。

 それにほっとしながら、チャッタは努めて冷静に声を発する。


「町の皆が大変なんだ」

「え」

 一瞬でティナの顔が青ざめた。

「今朝、急に町の人たちが次々と倒れて……。お医者様の話だと、もしかしたら身体の水が足りなくなってるんじゃないかって。それで、動ける人皆で教会へ水をもらいに行ったんだけど、神官様が『今教会に水は一滴もない』っておっしゃってるんだ」

「そんな、嘘でしょう!? 今までこんなこと一度も――」


 この国は雨の降らない渇いた土地だ。今までも渇きによって体調を崩す人はいたが、それでも教会の水がないなどという事態は前代未聞である。

 各地を旅していたチャッタですら、聞いたことがない。

「とにかく、下に行こう。ムルとアルガンが町を回って様子を見てくれてるから」

 チャッタはティナを促し、一階の店に向かう。

 すると、ちょうどアルガンとムルが店の扉を開けて戻ってきたところだった。チャッタたちを見ると、二人は駆け寄ってきた。


「ムルさんアルガンさん! 町の皆の様子は、おじさんたちは?」

「大丈夫、二人は無事だから。部屋にいるよ」

 チャッタが二人の代わりにそう答えた。アルガンがフード越しに頭をかいて、ため息を吐く。

「めまいがするとか頭が痛いとか吐き気がするとか、倒れた人の症状は色々あったけど……やっぱりアレは水が足りなくなって起こる症状だろうな。今、町の水をかき集めてなんとか凌いでるから、すぐ命に別状はなさそうだけど」

「教会の周り、水を求める人で大変な騒ぎになってる」


 ムルがいつも通りの淡々とした口調で補足した。

「あと、チャッタの言った通りだった」

「そうか。じゃあ、間違いないんだね?」

 チャッタが念を押すように言葉を発すると、アルガンとムルが頷く。

 できれば杞憂であって欲しかった。チャッタはそんな想いで眉を顰め、強く拳を握った。

 ティナは戸惑った様子で視線を彷徨わせている。


「ティナちゃん。僕たちどうしても確かめたいことがあるんだ。教会に行って来るね」

「え? 気になることって」

 ティナの問いに、チャッタは曖昧に微笑んでみせた。アルガンたちに視線を向けて頷くと、出入り口の方へ歩き出す。

「待って下さい! 私も何が起こったか知りたいんです。一緒に行きます」

 チャッタが驚き、弾かれたように振り返る。ティナが真剣な眼差しで、自分を見上げていた。


「でも……」

「お願いします! 町のみんなが心配なんです」

 ティナの気持ちは分かる。けれど、連れて行けば彼女を危険にさらすかもしれないのだ。

 許可するわけにはいかないと、チャッタは説得するために口を開く。


「連れてってやれば? ペンダント、狙われてるんだろ。下手に留守番させるより、一緒にいた方が良いかもな」

「あ――」

 アルガンの言うことも一理ある。チャッタはティナと目を合わせる。彼女の表情が、じっとしていられないのだと語っていた。まだ近くにいてもらった方が安全かもしれない。

「分かった。ティナちゃんも一緒に行こう」

「あ、ありがとうございます!」

 ティナも連れた四人は、簡単に身支度を整えると町へ飛び出した。





 通りを走っていると、その異様な雰囲気がはっきりと感じられた。町全体が不安で包まれ、どこか息苦しいような重い空気で満ちている。

 通りですれ違う人々は、何とかする方法はないかとあてもなく徘徊していた。手当たり次第に家を訪ね、水がないか必死で聞いて回っている人もいる。ティナたちと同じように教会へ向かう人も大勢いた。皆、必死の形相だ。異常な光景に、ティナの表情が曇っていく。


 やがて、四人は教会前の広場へと到着した。

 そこはムルの話通り大変な騒ぎで、水を求める人々が入口に押し寄せ、あちこちで罵声や悲鳴じみた声が飛び交っている。

「早く水を出せ! 俺の子どもを殺す気か!?」

「そんなことを言われても、ないものはないんです」

「嘘! そんなわけないじゃない!」

「そうだ! イミオン様はいらっしゃらないのか!? またお力をお借りすれば……」

「イミオン様は今朝早くここを発たれました!」

 人が溢れたこの状況では、建物に近づくことさえ容易ではない。チャッタたちは人波を掻き分け、何とか神官達の前へ辿り着く。


「あの、水がないって、具体的にはどんな状況なんですか?」

 ティナが息を切らせながら、そう尋ねた。

 教会の神官たちは、総出で殺到してくる人々を押さえていたが、ティナを見てホッとしたような表情を浮かべる。ようやく冷静な人が来てくれた、と言った所だろうか。


「朝起きて、水を保管している場所を見た時には、もう水が一滴もなかったんです。かなりの量なので、そう簡単に運び出せるはずがないのですが。いやいや、別に我々の警備が甘かったとかではなくてですね。きっとあの、何て言ったらよいか」

 混乱しているのか、言い訳のつもりなのか、神官はペラペラと勢いよく喋る。

 まだ話を続けようとする彼を、チャッタが慌てて遮った。


「あ、あの! すみませんが良かったら、そこを見せていただけませんか?」

 そして神官に向かって、綺麗な微笑みを向けてみせる。すると若い神官は一瞬言葉を失い、チャッタを見つめると頬を染めた。

「はい、どうぞ! それで納得してくださるなら、いくらでも」

 そして、驚くほどあっさり頷いた。よほどこの状況から逃げ出したいのか、それともチャッタの容姿の効果があったのか。チャッタの隣で、ティナとアルガンは白い目を神官に向けていた。



「確かに、一滴もないね」

 教会内部へと入り水を保管しておく場所へ行くと、教会前の広場ほどもある巨大な()()があった。磨き上げた石の床に掘られていて、そこに国から届いた水を保管しておくそうである。

 水で満たされていれば、さぞ壮観な眺めだっただろうが、そこは今すっかり乾き切っている。水がなくなってから、かなりの時間が経過しているようだ。

 チャッタは窪みを観察しながら、背後のアルガンに声をかける。


「アルガン――どうかな?」

「えー、どこもかしこも嫌な感じしかしないけど。ただ今回は、俺が教会嫌いなせいかも」

「そうか」

 こういう時のアルガンの「勘」はよく当たる。「嫌な感じ」は果たして、嫌いな場所だからなのだろうか。隣ではムルがどこか興味深そうに、窪みの縁に触れていた。

 チャッタは周囲をぐるりと見渡してから、神官に質問をする。


「ところで、この町にオアシスなどがあったと言う記録はありますか?」

「オアシス!? いやいや、そんなものがあるのはもっと大きな町だけですよ! この町の水は全て国から運ばれてくる物だけです。ほら、あなた方も知っているでしょう? 魔術を使って、水をこう小さくして……」

「ああ、そこは分かりますので大丈夫です。ありがとうございます」

 チャッタは笑顔で神官の話を遮り、考え事をするように腕を組んだ。


「それより、ねえ、水がないのは本当だったでしょう? すみませんが、それを表の方々にも言い聞かせて下さいよお」

 無言のチャッタの顔色を窺うように、神官はへらりと笑ってそう言った。どうも頼りないが、彼が神官で大丈夫なのだろうか。


「チャッタ」

「ああ、ムル。何?」

 ムルに呼ばれて、チャッタは顔を上げる。いつの間にかムルは窪みから離れた場所にいて、自分の足下へじっと視線を注いでいた。

「ここ。ここだけ、おかしい」

 ムルは床を指差している。指し示されたそこをチャッタは注視するが、特に変わった様子はない。


「どこが?」

「何? なんか見つけたの?」

「ムルさん、どうしたんですか?」

 三人ともムルの下へ近づく。ムルはその場にしゃがみ込み、床の一部にそっと触れる。

「ここだけ、床の感触が違う」

 彼がそう告げた時、カチッという怪しい音が鳴った。


「え?」

 不吉な音に次いで、床がぐらぐらと揺れ始める。ティナが悲鳴を上げてバランスを崩し、たたらを踏む。慌てたチャッタ達も、思わずその場から数歩踏み出した。

 感じたのは、浮遊感だった。


「――ん?」

「あれ?」

 背すじに冷たい汗が這う。視線を下げたチャッタたちが目にしたのは、足下にぽっかりと空いた穴だった。

「っ!? 床が抜け」

「ヤバッ、落ちるぞ!!」

 四人は抗う術もなく、その穴の中へ吸い込まれていった。

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