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水の蜂  作者: 寺音
第一章
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第6話 襲撃

 寝具の中でチャッタは何度も寝返りを打つ。ティナの叔父夫婦が用意してくれた部屋は狭く、そこに三人分の寝床が無理やり作られていた。薄い布を何枚も重ねて嵩を増しただけの寝床だったが、日に焼けた温かい香りが香って心地よい。

 連日野宿だったチャッタたちにとって快適な寝床であったが、それでもチャッタは上手く寝付くことができずにいた。


 あのイミオンという神官は何者なのだろう。水の蜂の針には確かに治癒能力が備わっていたというが、あれほど短時間で効果が出るものなのだろうか。だからこそ、それが水の蜂の持つ魔術の力なのだろうか。

 水の蜂は成り立ちや能力など未だに謎の多い種族である。彼が水の蜂であるともないと言い切ることはできない。

 それに、この町へ来る前に聞いた「噂」の真偽も確かめられていない。


「駄目だ。考えすぎて、なんだか気持ちが悪くなってきた……」

 チャッタはガバリと上半身を起こし、自分の右隣を眺める。本来ムルが寝るはずのそこは、まだ空っぽのままだ。ムルは寝る前に少し用事があると言って、外に出て行ったきりである。

「どうせ眠れないし、僕もちょっと出てこようかな」

 冷たい風に当たれば、すっきりするかもしれない。ムルと合流できれば、話し相手にもなってくれるだろう。

 チャッタは左隣のアルガンが安らかに寝息を立てているのを確認して、寝床から這い出た。





 濃紺の夜空に穴を穿(うが)つように、ぼんやりと丸い月が浮かぶ。町は静まり返っていて、チャッタの足が砂を踏む音すら大きく聞こえた。昼間ティナと歩いた通りであれば空いている店もあるかと思ったが、左右の建物に灯りは灯っていない。町そのものが深い眠りについてしまったようだった。

 刺すような夜風に体を撫でられて、チャッタは体を震わせマントをキツく体にまとわせる。


「これは、益々目が冴えちゃいそうだな」

 さて、夜の散歩に出てみたものの、ムルは一体どこへ行ったのだろうか。

 チャッタは視線を彷徨わせる。彼も今日この町へ来たばかり、それほど遠くへは行っていないと思うが。

「好みの手触りでも見つけたら、分からないからなぁ。……あれ? 手触りと言えば、この町に来てから」

「――動くな」


 突然背後から聞こえた低い声に、チャッタは背筋を凍らせる。首を無理やり動かして振り返ろうとすると、首筋に冷たくて硬い何かが押し当てられた。

 喉が詰まる。心臓がバクバクと飛び出しそうなほど鳴っていた。


「僕に、何か御用ですか? 残念ながら、お金になるようなものは持っていませんよ」

 冷静に、こっそり息を大きく吸い、チャッタは静かな声で話しながら自分の背中に神経を集中させる。護身用にと持ち歩いているクロスボウがそこにあるが、取り出す隙はなさそうだ。

 何故襲われたのだろう。夜中に外へ出たのが間違いだったのだろうか。しかし、ティナたちの話だとこの町の治安は悪くなかったはず。何が望みだ。

 背後にいる襲撃者は、淡々と彼に問いかける。


「ペンダントを持っているな? 渡してもらおう」

「ペンダント……?」

 チャッタは、訝しげに眉をひそめる。彼の反応に、襲撃者の、恐らく男は苛立った様子で凄んだ。

「確かに、あの家の女が持っていると聞いたんだ! 命が惜しければ、早く寄こすんだな」

 女、という言葉に、思わずチャッタは息をのむ。


 この男は勘違いをしているようだが、あの家に住む女性が持ったペンダントと言えば、心当たりがあった。

 無言のままのチャッタに、男はいよいよ気が立ってきたらしい。舌打ちの音が聞こえ、チャッタの首筋に一瞬、ピリッとした痛みが走った。


「ソイツは女じゃない。それだけ近づけば分かるだろ、おじさん」

 一瞬周囲が明るくなったかと思うと、背後の男が悲鳴を上げて飛び退いた。

 解放されたチャッタが振り返ると、目元以外を黒い布で覆った黒ずくめの男が、片方の手首を押さえている。


「こっちはさぁ、満腹で気持ちよーく寝てたわけ。どうしてくれんだよ。俺の安眠妨害じゃん」

 チャッタが聞きなれた声の方を向くと、小柄な少年が両手を腰に当ててこちらを眺めていた。


「アルガン⁉」

「アンタさぁ、俺の言った通り、早速トラブルに巻き込まれてんじゃん。何か言い訳は?」

 アルガンはフードの下から覗く口元を、不満げに尖らせている。


「いや、その、えっと……助けてくれてありがとう」

 情けなく思いながら頭を下げると、アルガンは鼻を鳴らして不審者に向き直る。

 黒ずくめは殺気のこもった瞳で、アルガンを睨みつけていた。


「おじさん。いくら用事があったからって、こんな夜更けに人に会いにくるなんて、どんな神経してんの? あーおばさんだったらごめんね。何にしたって非常識なのは変わりないけど」

「黙れ! 何をふざけた事を……」

 男は苛立った声を上げ、短剣をアルガンに向ける。月明かりにその鋭い刀身が浮かび上がった。

 自分の首筋に当たっていたものの正体を知って、再びチャッタの背筋に悪寒が走る。


「えー、アンタあんまり頭良くないでしょ? 短気だし、刺客向いてないんじゃない?」

「何っ!?」

 男が逆上した一瞬で、アルガンはチャッタと黒ずくめの間に割り込む。

「ほら、今だってそう。俺とお喋りしてる暇があったら、さっさとコイツを捕まえちゃえば良かったのにー」

 チャッタからアルガンの表情は見えないが、愉快そうにクスクスと笑う声が聞こえてくる。


「相手してあげても良いよ。腹ごなしにもならないけど」

 黒ずくめは殺気を膨れ上がらせる。しかし、襲いかかってくるかと思いきや、男はその場で大きく跳躍し、建物の上へと逃げていく。

 アルガンは馬鹿にしていたが、気配の殺し方といい身のこなしといい、素人ではなさそうだ。


「マズイ……!?」

「あーあ、逃げちゃったよ。なんだ、せっかく相手してやろうと思ったのに」

 チャッタは顔色を変え、のんきなアルガンに詰め寄った。


「逃げちゃったよ、じゃないんだよ! アルガン、あの男は『ペンダント』を狙っていた。ティナちゃんがお母様からもらったって言うそれが男の探しているものなら、ティナちゃんが危険かもしれない」

「――嘘だろ。ヤバいじゃん」

「とにかく、急いで戻ろう!」

 二人は『水場の駱駝亭』に向かって、駆け出した。


「アルガン、先に行って!」

「分かったよ!」

 チャッタの声に応え、アルガンは走る速度を上げる。あっという間にその背中は小さくなっていった。

 彼が間に合ってくれれば、もしくは襲撃自体が杞憂であればいい。

 チャッタは焦燥感に駆られながら、必死で足を動かす。

 もう少しで目的地というところで、目の前に誰かが現れ彼は慌てて足を止めた。


「――ムル⁉」

 どこへ行っていたのか、チャッタの目の前に現れたムルは、僅かに首を傾げる。

「さっき、窓から入っていくアルガンを見た。何か、あったか?」

「ティナちゃんが危ないかもしれないんだ! 彼女のペンダントが狙われているかもしれなくて」

「分かった」

 ムルは頷いた途端に踵を返し、建物の中へ入っていく。ティナの叔父夫婦の住居にもなっている『水場の駱駝亭』は、一階が店舗、二階が住居部分となっている。


「物音が二ヶ所からする、気がする」

「え、嘘だろう⁉」

 他にも襲撃者がいるかもしれない。背筋に冷たいものが走る。ムルは視線を巡らせると、二階へ続く階段を駆け上がった。

「右に行く。左が本命で、アルガンもいるかもしれない」

「分かった」

 チャッタは階段を上がった廊下でムルと別れると、左に曲がる。

 廊下の一番奥、開け放たれた扉から、(うずくま)ったティナの姿が見えた。チャッタは背中からクロスボウを取り出し、部屋へと飛び込んだ。


「ティナちゃん、大丈夫!?」

「チャッタ、さん……!?」

 部屋の中には、ティナを庇うようにして立つアルガンと、黒ずくめの襲撃者が一人いた。

 チャッタは咄嗟にクロスボウを構え、矢を放つ。

 高い金属音がして、黒ずくめの手から短剣が零れ落ちた。


「――残念なお知らせだけど、後からもう一人駆けつけて来るんだ。どうする?」

 分が悪いと思ったのだろう。黒ずくめは素早く身を翻し、開け放たれた窓から逃亡した。

 一瞬窓際へ行きかけたが、ここで追うのは得策ではない。

 チャッタは足を止め、ティナへ向き直る。


「ティナちゃん、怪我はない?」

「……は、はい。アルガンさんと、その……が来て下さったので」

 ティナの言葉は小さく途切れていて聞き取りづらかった。笑顔もぎこちなく、体は小刻みに震えている。チャッタは優しく彼女の背を摩った。

 次第にティナの震えが止まっていったのを見て、チャッタは安堵の息を吐く。


「本当にありがとうございます、チャッタさん。アルガンさんもありがとうございます」

「チャッタ、余計な事すんなよ! 折角俺がやっつけてやろうと思ったのにさ」

 アルガンがチャッタに詰め寄り、不貞腐れた様に口を尖らせた。


「君が本気で暴れたらこの家——いや、この町が危ないだろう? 間に合って良かった」

「へぇー、俺を先に行かせたのはアンタのくせに、文句言うんだ? へぇー」

「ごめん。それに関しては感謝してるよ。本当にありがとうございました」

 怒りで目を細めたアルガンに、チャッタは深々と頭を下げる。

 二人のやり取りに、ティナがおかしそうに笑い声を漏らした。

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