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水の蜂  作者: 寺音
第四章
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第56話 三人と一匹の始まり

 岩山の輪郭を浮かび上がらせるように、東の空から日の光が溢れ出した。光芒が赤茶色の地面に射し込んで、じりじりと大地を熱していく。

 フードを鼻の辺りまで下げて、チャッタは太陽に背を向けた。


「遺跡のことは任せた。時々、様子を見に行ってくれると嬉しい」

「承知いたしました! ムルの兄貴!」

「壊れたところも可能な限り直しておくからね!」

「兄貴が帰って来た時は、今より快適に暮らせる場所にしておくんだぜ!」

「――改装するのはやめてほしい」


 すっかりムルの子分と化した三人組に、チャッタは乾いた笑い声をもらす。

 身支度を整えるために一日猶予を設けた二人は、今日、まだ日が昇り切らない内にジテネを発つのである。

 早朝にも関わらず、三人組とご婦人は二人を見送ってくれるらしい。町の入り口代わりの柱の間は、随分と賑やかになってしまった。


 ムルの背中に貼りついたニョンはまだ眠いらしく、時々ずり落ちそうになっては我に返り、彼の背をよじ登るということを繰り返している。


「ごめんなさいね。大した用意もしてあげられなくて」

「いえいえ。食料と水をいただけただけで十分です! 幸い次の町までそれほど距離はないですし、ラクダはそこででも調達しますよ」

 チャッタがご婦人に微笑みかけたところで、突然ニョンが奇声を上げた。ムルの背から下りて柱の間を通り抜け、近くの民家へ向かっていく。

 大きく跳ねたニョンは、()()に飛びついた。


「にょ! にょにょ!」

「うわっ⁉︎ バカ、毛玉やめろ⁉︎」

「アルガン……?」


 民家の影から顔を出したのは、まだ寝ていると思っていたアルガンである。片足にへばりついたニョンを取ろうと、必死で抵抗している。

 足を振ったり手で押したり、揉んだり。しかし、ニョンは一向に離れない。


 昨日、アルガンにこれからどうするのかを尋ねた時には、曖昧に言葉を濁され、一人で旅立つというようなことを言われたのだが。


「君も、見送りに来てくれたのか?」

「いや、そ、じゃなくて、その……」

 はっきりしない口調で、アルガンは視線を彷徨わせている。しがみついたままのニョンは、彼の足をピタピタと叩く。

 その様子を凝視していたムルが、一つ大きく頷いた。


「アルガンも一緒に行くか?」

「は、はあ⁉︎」

「え、ムル⁉︎」

 アルガンと共に、思わずチャッタも声を上げると、ムルが駄目かと言わんばかりに見上げてくる。

 その目に狼狽えて視線を外すと、アルガンと目が合った。


 炎にも似た瞳がゆらゆらと揺らいでいる。一緒に行くとも行かないとも言わずに、チャッタの様子を伺っているようだった。

 ふと、チャッタの頭に、ムルとニョンと自分、そしてアルガンが一緒にいる光景が思い浮かぶ。

 気づくとチャッタは、微笑みながら首肯していた。


「そうだね。旅に危険は付き物だし、腕に自信がある子がいてくれると助かるかもしれないね」

 アルガンの素性がはっきりしないのは、確かに気がかりだ。しかし自分はもうとっくに、この少年に仲間意識を抱いてしまっている。

 それこそ先程思い浮かべた光景に、何の違和感も抱けないほどに。


「え、は? いや、でも……」

「水の蜂の遺跡を大事にできる子に、悪い子はいないしね」

「あの時は助かった」

 チャッタに続けてムルが礼を言うと、元宝探し屋たちが名案だとばかり口を出す。


「そうだな! 俺たちの代わりにムルの兄貴を助けてやってくれ」

「アンタも、とっても強かったしねぇ」

「うんうん。俺もそれがいいと思うぜ」

 満面の笑みで口々にそう言われ、アルガンの頬が赤みを増していく。しかし、何かを振り切るように首を激しく振って、彼は顔を伏せてしまった。


「俺たちと行くのが嫌か? それともやっぱり、どうしても行かなければいけない所があるのか?」

「そん……どっちも違う、けど……」

 ムルの言葉に、アルガンは曖昧な言葉を返す。彼の印象に合わないほどの躊躇いっぷりだ。

 本来は心が決まるまで待つべきなのだろうが、あまり時間をかけていると、砂漠を旅するには適さない気温になってしまう。


 そこでチャッタは、両手を大きく打ち鳴らしてこう告げた。


「分かった! もしお互いに駄目だと分かったら、その時は解散ってことにしよう。目的はあるけど、期限がある訳じゃないし、それくらい気軽な感じでさ! それでどう?」

 その言葉はアルガンの心を動かせたようだ。頷いた彼は、どこか偉そうに胸を張る。

「分かった。……そ、そこまで言うなら、俺も着いて行ってやる!」


「素直じゃないのねぇ、アルガンちゃん。昨夜から、ずっとソワソワしてたでしょう? こんなこともあろうかと思って、あなたの分の荷物もちゃあんと用意してありますからね」

 ご婦人がアルガンに近づき、にこやかに荷物を差し出す。分厚いマントや水を入れる水袋、干し肉などの携帯食だ。

「あ、ああ、どうも……」

 それをおずおずと受け取るアルガンの顔は、再び真っ赤に染まっていた。





 日差しは容赦なく降り注ぎ、行先は熱でゆらゆらと揺れている。思わず干からびてしまいそうな大地の上で、それでもチャッタの背後からは、元気すぎるほどの声が聞こえていた。


「そのフード、大きくないか?」

「俺の髪は目立つし、どうしたって炎を連想するから、全部隠れるくらいでちょうどいいんだよ! きっと、良い印象は与えないだろうし」

「大丈夫だ。そのとぅるとぅるは好印象でしかない。昨日は触らせてくれてありがとう」

「意味が分からないんですけど⁉︎ 触らせたのは、アンタがあまりにもしつこいからだし」

「あはは! 君たち、次の町に行くまで体力を使い放さないようにね!」


 誰かと旅をするのなんて、数年ぶりだ。チャッタの胸は温かい感情で満たされていく。


 背後から渇いた風が吹き抜け、マントが背中に貼りついて音を立てる。それすらも、自分たちの背中を押してくれているような気がして。


 チャッタは大きく息を吸い込むと、強く一歩を踏み出したのだった。





 駄目だと思ったら、すぐに別れる。

 何も彼は本当に駄目になる日がくると思っていた訳ではない。それはお互いの心を軽くする言い訳のようなもので。


 まさかそれを口にしたことを後悔する日がくるなんて、その頃のチャッタは思いもしなかったのである。

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