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水の蜂  作者: 寺音
第一章
3/103

第3話 三人の旅人

 日が西に少し傾きかけた頃、チャッタとティナは店を後にして町の中を歩いていた。

 肌を焼く日光がいくらか和らいだ為、チャッタはフードを外して外気を浴びる。途端に、道を歩く人々の視線が自分に集まったのを感じたが、彼にとってはいつものことである。

 逆に、隣を歩くティナの方が居心地悪そうに俯いていたため、彼は慌ててフードを被り直した。


「ティナさん。この町の事なんですが」

「あ、別に敬語を使わなくてもいいですよ」

「じゃあ、ティナちゃん。この町は他の町と同じで、水は教会からの配給だよね?」

 チャッタは即座に対応し、口調を崩す。切り返しがあまりにも早かったからか、ティナは少し苦笑しながら彼の問いに答えた。

「はい。教会からそれぞれの家に決められた分だけ。ウチは飲食店なので、少し多めにいただいていますけど」



 この国は遥か昔から雨が滅多に降らない土地だったと伝えられている。

 水の蜂が存在していた時代、人々は渇きに苦しむことなく平和な世を過ごしていた。

 しかし水の蜂が滅びた途端、人々は水を巡って争いを始めた。多くの者が殺し合い奪い合って傷つき、国も長きにわたる戦争により疲弊していった。


 そこで考え出されたのが、国の下で教会が全ての水を管理し、人々へ平等に分け与えると言う方法だった。この制度が出来てから、大きな戦争が起こったと言う話は聞かない。


 教会の方々が上手く管理されているのでしょうね、そうティナはのんびりと笑った。彼女に軽く笑みを返しながら、チャッタは町の様子に視線を巡らせる。


 砂色の建物こそ他の町と似ているが、町全体の空気感などは前の町とも少し違うようだ。

「珍しいですか? この町には、特に目立った特徴はないと思いますけど」

「うん。よく観察していると、町によって違った特色が見えてくるからね。発見があって面白い——え」

 そこでチャッタは不自然に動きを止めた。


 視界に映った()()が間違いなく見知った顔だと分かると、驚きのような呆れのような何とも言えない感情で胸が埋め尽くされていく。

 何故、君たちがここにいるんだ。しかも、やってることはそれなのか。


 頭痛がしてきたチャッタは、思わず額を押さえる。ティナはそんな彼の様子を不思議に思ったのか、首を傾げて彼の視線の先を見た。


「は?」

 ティナは間の抜けた声を発し、そのまま固まってしまった。無理もない、とチャッタは渋々彼らの下へと近づいていく。


 建物と建物の間、狭い路地の入口に、マントを身に着けた若い男が二人いた。フードを外して黒髪をあらわにしている細身の青年と、フードを目深に被ったままの少年である。


 いるだけならば、まだいい。

 問題は、黒い髪の青年の方が、道端に居るネコやネズミなどの小動物を片端から撫でて回っていることなのである。青年の整った顔は作り物の様に無表情で、それが余計に奇妙で異質な雰囲気を醸し出していた。


「なー、まだ見つからないわけ? もう良いじゃん、さっさと別のところ行こうぜー」

 もう一人の少年は、両手を頭の後ろで組んで呆れた声で告げる。マントのフードから覗く口元は、欠伸を噛み殺し心底退屈そうだ。


「え、チャッタさん、話しかけちゃうんですか⁉」

 ティナのそんな言葉が耳に入ったが、チャッタは構わず二人に声をかける。

「ちょっと、二人とも。どうしたんだよ、こんな所で」

 すると、退屈そうにしていた少年が、チャッタを見てあっと声を漏らした。


「チャッタじゃん。いたんだ」

「いたんだ、じゃないだろ? それはこちらの台詞だよ」

 チャッタは軽くため息をついて、二人を見つめた。本当は他人のふりをしたかったのだが、残念ながらチャッタは彼らのことを無視できない関係性なのである。

 チャッタが二人と気安く会話をし始めたのを見て、ティナが戸惑った様子で知り合いですかと尋ねてきた。


「ごめんねティナちゃん、とっても変な子たちで。彼らは、僕の旅の連れなんだ」

 彼らは何を隠そう、近くの別の町へ行くと言って別行動をとったはずの、チャッタの旅の仲間なのである。


「そう、だったんですね。私の方こそ大変失礼致しました。てっきりその――」

「うん、大丈夫! 怪しい人だと思われても仕方がないなとは思ってるから」

「変な子たちってなんだよ⁉ ひとくくりにすんな! 俺は別に変じゃないだろ」


 フードを被った少年は、拗ねた様子で明後日の方向を向いてしまった。小動物を撫でていた青年は、顔を上げてティナの顔をじっと凝視している。

 彼の瞳は深く澄んだ夜空を思わせ、見つめ合っていると吸い込まれそうになるほどだ。

 そんな彼に見つめられたからか、ティナが恥ずかしそうに視線を伏せたのが分かった。


「それより二人がこの町にいる理由を説明してよ。別行動が良いって駄々を捏ねたのは、アルガンだろう?」

「それが、向こうの町がもう見るからに退屈でさ。ちょっとした問題も起きたんで、すぐこっちに戻ってきたんだよ。……まぁ、こっちの町も面白いものがあるようには見えないけどな」

 アルガンと呼ばれた少年が、悪びれもせずそう答えた。美しい形の眉を顰め、チャッタは再びため息を吐く。


「で、ムルは? さっきの行動は、いつもの悪い癖?」

 ムルと呼ばれた黒髪の青年は、表情を全く変えずに淡々と答えた。

「俺は、探し物」

「『探し物』?」

 チャッタとティナが首を傾げると、ムルは目を少しだけ伏せてぽつりと呟いた。


「大切、なんだ」

 表情は変わらなかったが、その口調は逆に憐憫を誘う。思わず協力してあげたくなってしまうような雰囲気だ。

 チャッタが横目で隣を見ると、ティナはムルを見つめて胸の前で強く拳を握っている。案の定、彼女は軽く頷いて言った。


「あの、私で良ければ協力します」

「え、ティナちゃん? 先に何を探してるのかくらいは確認した方が」

「大切な物なんですよね。だったらちゃんと見つけないと!」


 ティナはムルに向かって明るく笑いかけた。人を安心させるような、朗らかな笑みだ。この少女は困っている人を放っておけない性分なのかもしれない。

 チャッタは苦笑を浮かべ、頬をかく。


 ムルはティナを見つめたまま何度か瞬きをして、彼女に向かって軽く頭を下げた。

「ありがとう」

「そんな、お礼なんていいんですよ。えーっと、そう言えば名乗ってませんでしたね。私はティナと言います」

「ああ、そうだった。二人とも、こちらはティナちゃん。で、ティナちゃんはもう分かっていると思うけど。こっちがアルガンで、こっちがムルだよ」

「お二人とも、よろしくお願いしま」

 自己紹介の後、ティナが頭を下げたその時だった。


 ムルが突然、ティナの頭に触れて彼女の髪の毛を優しく撫で始めたのである。

 チャッタは思わずひぇと肩を跳ねさせる。また、彼の悪い癖が出た。誤解が起きないように止めないと。


 しかし、ムルは案外あっさり彼女の頭から手を離すと、何故かチャッタの頭へ手のひらを移動させた。

「……ちょっと、ムル?」

 微妙な表情で固まるチャッタのことなど、ムルは全く気にしていない。無表情でつま先立ちをしてまで、ムルはチャッタの絹のような髪の毛を撫で続ける。


 しばらく好きなようにさせてやっていると、ムルはチャッタの頭から手を離しこう呟いた。

「ふわふわなのが、チャッタだから。サラサラなのが、ティナ」

「——顔で覚えて下さいね!?」

「何で僕の髪まで触ったの!?」

「あー……ムルは触感至上主義だからな」


 成り行きを見守っていたアルガンは、そう言って大きな欠伸をした。

 触感至上主義。

 確かにムルは「手触り」で好き嫌いを判断してしまうことも多いが、いくらなんでもそれで人を区別するなんてことは、ないと思いたい。


「ええっと、とにかくムル。君の探している大切な物のことを教えてくれるかな? 何だか僕には少し嫌な予感がしているんだけど」

 気を取り直したチャッタがムルにそう問いかけた時、通行人の会話が彼の耳に飛び込んできた。


「おい、聞いたか? 中央から高名な神官様がいらっしゃっているらしいぞ」

「ああ、『水の蜂』って呼ばれている方の一人だろう? どうやら魔術の力で病を治して下さるそうだ」

「ティナちゃん、ムル、アルガン! 今すぐ教会へ向かうよ!」

「え、ええっ!?」

「は? 嫌だよ、何でだよ」


 ティナは驚きの声を上げ、アルガンは口の端を歪めて不満をあらわにする。ムルも表情は変わらないが、何処となく不満そうに見えた。


「いや、だって水の蜂って呼ばれてる神官様だよ!? 水の蜂の貴重な情報が得られるかもしれないじゃないか。ムルもほら、人が多い所の方が探し物の情報も集まるし!」

「分かった」

「え、ムルさん⁉」

 ムルは納得してくれたらしい。

 ティナは目を剥いて驚きの声を上げ、アルガンは益々顔を歪めてフードの布越しに頭をかいた。


「あー、もう。とにかく、俺は行かないからな! 俺、教会とか神官とか大っ嫌いだし!」

「ちょ、ちょっとアルガンさん。声が大きいです……」

 ティナが周囲を見回しながら、声を潜めてアルガンを窘める。

 しかし、彼の「大嫌い」という言葉に心当たりがあったチャッタは、眉を顰めて頷いた。


「——ああ、そうだよね」

「え、あの、良いんですか?」

 ティナは驚いた様子で振り返った。チャッタは曖昧な表情で微笑むだけにとどめる。

 アルガンが教会や神官を嫌うのは、ちょっと複雑な事情があるのだ。


「でもアルガン。あんまりフラフラしちゃダメだからね。なるべくここ、もしくは分かりやすい場所で待っててよ」

「はいはい。分かってるよ」

 アルガンは早くもティナ達に背を向け、ひらひらと片手を振った。

 それを慌ててティナが引き止める。


「あの! それでしたら、私の叔父がやってる『水場の駱駝亭』という店があるので、そこで待っていて下さい。料理を出す店は少ないですし、入り口に色とりどりの布が掛かっているのですぐ分かると思います」

「そっか、ティナちゃん。助かるよ」

 すぐフラフラするんだから、アルガンは。とチャッタは独り言の様に呟く。


 アルガンは首だけで振り返ると、少し思案した後で何故か唇を意地が悪そうに歪めた。

「料理を出す店か。じゃあ、遠慮なくアンタの名前でご馳走させて貰うよ」

「え――」

 そう言うとアルガンは、唖然とするティナから逃げるように走り去った。

 マントの裾を翻し、あっという間にその姿は小さくなってしまう。とんでもない瞬足、いや逃げ足である。


「ちゃ、ちゃんとお金は払って下さいね!」

 聞こえないとは分かっていながら、ティナが声を張り上げた。

「はは。ええっと、それよりもお店の食材が心配だなぁ」

 食いつくされそうで。チャッタが呟くと、ティナは怯えたように肩を震わせた。

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