表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水の蜂  作者: 寺音
第一章
11/103

第11話 魔術器官

 敵は一瞬怯んだが、飛びかかってきたアルガンを迎え撃とうと体勢を立て直してきた。

 さて、暴れるのは久しぶりだ。アルガンはどこかワクワクした気持ちで身構える。相手の攻撃に合わせて跳躍し、拳を振りかぶった。

 男たちはアルガンが素手だと油断したのか、剣で受け止めようと手首を返す。


「ちゃんと学びなよ、おじさん!」

 刃に触れる直前アルガンの拳が発火した。高熱に晒され、敵の刃が橙色に染まる。彼が宙で拳を振り切ると、固いはずのそれはぐにゃりと曲がった。


 アルガンは拳の炎を消して、着地する。敵の懐の中だ。そのまま膝を使って伸び上がり、下から敵の顎を撃つ。そして()()()とばかり、仰向けに倒れた敵の背後にも炎を放った。油断していたらしい男は火が服に着火し、情けなく悲鳴を上げて床に転がる。


 その間に背後から二人の敵が迫っていた。それぞれ手には水球が浮かんでいる。男たちはそれを矢にして解き放った。

「え、バカなの?」

「馬鹿はお前だ! 同じ手を使うと思うか!?」

 アルガンの胸元目がけて飛来してきた矢は、途中で軌道を変えて彼の足下へ。その場で再び岩のように固まり、彼の両足を床に貼り付けた。

「おっと」

 一瞬アルガンが気をとられた隙に、彼の両手も紐のように伸びた水によって拘束されてしまった。


「今だ!」

 男たちが、アルガンへ一斉に両手をかざす。見たこともない大量の水が大蛇の様にとぐろを巻き、アルガンの周囲を取り囲んでいった。

「いくら貴様の熱が高かろうと、これだけの水を消す事はできまい! できたとしても、大爆発! 貴様も貴様の仲間も無事では済まんだろうな!!」

「うわ。人の事子ども子ども言っといて、その子ども集団で襲うとか最低じゃん」

 アルガンは苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

「負け惜しみを……終わりだ!!」

 嬉々として目をギラつかせ、男たちは一斉に腕を振るう。水の大蛇が牙を剥き、アルガンの身を砕こうと迫ってきた。


 はぁと、アルガンは気だるげにため息をついた。自由になった右手で頭をかきながら。

「こんなんで、俺の動きを止めたつもり?」

「なんだと⁉ いつの間に」

 男たちがぎょっと目を剥いた。これくらいの拘束であれば、彼の炎は一瞬で融かすことができる。

 アルガンは男たちに人差し指を向けた。小首を傾げ、冗談っぽく無邪気に笑う。


「壊れちゃえよ」

 途端、何かが割れるような音が響き、男たちが一斉に(うずくま)った。

「な、何……!?」

「『擬似魔術器官』が……」

 アルガンの攻撃は、確実に全員の疑似魔術器官を砕いていた。巨大な水の槍がただの水へと戻り、床にじわじわと広がっていく。魔術の効果が切れたのだ。


「げー。アンタら水、無駄遣いし過ぎじゃない? 偉い人に怒られそう、と言うか、町の人が水足りなくて倒れてんのに、アンタらの方がよっぽど悪魔じゃね?」

「き、貴様……よくも……貴重な擬似魔術器官を」

 生命線を絶たれたからだろう。男達は唇を戦慄かせて立ち尽くす。しかし、襲ってこないところを見ると、完全に戦意を喪失しているようだ。


「で、どーすんの? 魔術はもう使えないけど、まだやる? 別にやっても良いけど。負ける気しないし」

 男たちは悔しそうに歯を食いしばるばかりだった。歯の軋む音が、こちらにまで聞こえてきそうである。アルガンを睨んだまま後退すると、敵は動けない仲間を素早く抱え、駆け出した。


「あー」

 追いかけてまで、倒す理由はない。アルガンは扉の向こうへ消えていく敵の背を見送り、ふるふると頭部を振った。髪についた滴が飛び散り、床に小さな波紋を広げる。

「貴重な擬似魔術器官、ね」

 男たちは知らない。叡智の結晶と呼ばれたアレが、どんな歴史で造られたのか。誰でもリスクなしで使えるのは、誰のおかげなのかを。


「こっちは大先輩だぞ」

 舌打ち混じりで呟いた言葉は、誰の耳にも届く事はなかった。


「アルガン、大丈夫だったか!?」

 チャッタに呼ばれ、アルガンはゆっくりと振り返る。思考が過去を彷徨っていたからか、ぼんやりとしてしまう。心配そうなチャッタと目が合った瞬間我に返り、アルガンは頭を掻いた。


「あー、久々に戦ったから、腹減った……」

「お疲れ様。とにかく、無事で良かったよ。色々な意味で」

 チャッタは肩の力を抜くと、アルガンに柔らかい視線を向けた。ティナも安心した様子で、深く息を吐く。

「お子様もいるのに、ヤバいもん見せる訳ないじゃん」

「多分同じくらいの年だと思いますけど……」

 不貞腐れたようなティナを、チャッタが宥める。その姿がなんとなくおかしくて、アルガンはもう少し揶揄ってやるかと口を開いた。


 その時、何故か足下に違和感を覚えて、アルガンは視線を下げる。

 床には先程の戦いで散った水が溜まっていた。自分の顔を映した水面が、小刻みに揺れている。いや、気がつかないくらいの速度で水が集まり、何かの形を成しているのだ。生み出されたのは、細くて長い鋭利な刃。そしてその凶刃の矛先は、絹のような髪を持つ麗人へと向いている。

「――チャッタ!」

 アルガンは咄嗟に、チャッタと刃の間に割って入る。


 小柄な身体から、真っ赤な鮮血が溢れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ