あざ笑う三日月の夜に婚約破棄を添えて
「君との婚約を破棄する」
「そんな!? お考え直し下さいルーカス様!」
「……連れて行け」
叫ぶ私を騎士が羽交い締めにして、謁見室から閉め出され、今日中に母国に帰れと言われる始末。
互いに隣国同士の政略結婚だった。
『リリア、誰よりも愛しているよ』
しかし、そこには国の結びつきとは別に、確かな愛はあった。
婚約期間中にも関わらず、王太子であるルーカス様側の国で妃の心得を学ぶくらいには、信頼もしていた。
それなのに──。
衝動的にバルコニーに身を乗り出し、騎士が止めるのも構わず、飛行魔法で夜空を駆け抜けると。三日月が私の心情をあざ笑っているように感じた。
王宮を背にし、禍々しいオーラを放つ山の頂。
目的地の黒く重厚な扉を前にしても私は止まらず、中から溢れる魔力を蹴散らす勢いで突撃する。
毒々しい緑の炎が石造りの広い建物内を照らす中。
「威勢がいいな、人間」
腹に響く低い声音が、本能に警告を告げる。
数百年前に世界を蹂躙した魔王が復活して三日。
この場所から一番近い国の次期国王であるルーカス様は、嫌がる私を逃すために婚約を強引に白紙に戻した。
「ヒック。うぅ。うわぁあぁぁぁんっ!」
元凶を目前にして、やはりコレに勝つのは無理だと悟って。みっともないほど泣く私。
夜の化身のような魔王がコチラに近づいて来る。
「こんな所に1人で足を踏み入れるなど、何か訳ありか?」
ヒョイっと持ち上げられ、存外優しい手つきで幼子をあやすみたいに抱えられる。
威圧感がある割に紳士な魔王のせいか、麻痺した思考を持ってして、私は洗いざらい話をした。
正直、もう誰でも構わないから愚痴を聞いて欲しかったのもある。
話を聞き終えた魔王は、三日月みたいにニンマリと笑って、軽い口調で問うてきた。
「では、その男を捨てて俺と生きるか?」
キョトン顔の私が言葉を発する前に、入口の扉がけたたましい音をたててブッ飛んだ。
「リリアァアァァ!!」
結局その後、魔王を板挟みにしてルーカス様と私は激しく言い争う羽目に。
「単身で魔王城に乗り込む事ないだろ!? どれだけ私が心配したと──」
「元々言えばルーカス様が!」
「クククッ」
寝起きの愉快な余興で、世界を滅ぼす気も失せた魔王。
世界は救ったけれど、この世紀の大喧嘩は長きに渡り面白おかしく語り継がれる事となる。
縒りを戻した二人をあざ笑うように、リリアにちょっかいをかけに来る魔王と、怒れるルーカスが度々目撃されたとか、されなかったとか。