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お気に入り小説3

下級女官は王太子妃様と一緒に頭を下げる。そこから動き出す生きる道は?仕事、結婚?

作者: ユミヨシ

「お前は生意気だ。女は一歩下がって男の後をついていればいい」


「何を言っているのだ。これからの時代は、女性も男性に負けない位に活躍しなくてはいけないだろう。何度言わせる気だっ!」


「そっちこそ、何度同じ事を言わせる気だ」



ああああっ…また、始まった。

コリーヌは頭を抱えた。

周りにいる女官達も頭を抱えている事であろう。




ここはとある王国の王宮の広間、今日も今日とて、ロイド王太子殿下と、ディマリア王太子妃との口喧嘩が始まった。


この二人は仲がとても悪い。

金髪碧眼のこのロイド王太子はとても優秀で名高い王太子だ。


そして、王太子妃のディマリアは、同じく金髪碧眼で背が高くすらりとした美しい女性であった。

三日に一度開かれる夜会の時に着るドレス姿も又、美しく、皆、王太子妃に相応しいと口々に褒めたたえている。


だが、普段王宮にいる時はドレスを好まず、男性のような白いシャツにズボンにブーツという恰好をして、金の髪を一本に縛って生活をしていた。


女官やメイド達には、りりしい王太子妃様と大人気だが、ロイド王太子殿下にしては面白くない。ディマリア王太子妃が普段、男性のような恰好をしているのも、気に食わない。頭に来ているから初夜以外、褥を共にしていない。



女は一歩下がって男に従うべきだろう。


顔を合わせるたびにこの二人は喧嘩をしていた。



それを見ていたコリーヌ・パレントスは下級女官だ。


貧しい市井の生まれだったが、腹違いの姉であるレティリシア・パレントス女公爵が妹として引き取ってくれて、人よりも恵まれた生活が出来るようになった。

そして思ったのだ。


この王都の市井の者達は皆、物価が高く苦しい生活をしている。

女官になって、王妃様や王太子妃様と親しくなって、市井の現状をより理解してもらい、

国王陛下や王太子殿下に進言して貰えないだろうか?

いかに王都の市井の者達が苦しい生活をしているか。


コリーヌはそう決意して、王宮の下級女官になった。

王太子妃付きの下級女官になることが出来たのだ。


だが、この王宮の下級女官の仕事は、結構ハードである。

上級女官ならば、王太子妃様に顔も覚えて貰えるだろうけれども、下級女官は6人いて、上級女官の指示で動くのだが。


三日ごとの夜会に出席する貴族達の資料を、王宮の政務局に頼んで貰ってくる仕事や、王太子妃様の頂きものをメイド達に指示して整理整頓したり、なんだかんだと雑用が多いのだ。

他の5人の同じ下級女官と仲が良いとは言えない。

コリーヌは市井で暮らしていた事は知れているので、内心では馬鹿にしているのであろうが、パレントス公爵家の人間なので、表立って、意地悪とかはしてこない。

ただ、触らぬ神に祟りなしと、お互いによそよそしい関係で。


コリーヌは王宮の一部屋に寝泊まりしているのだが、孤独だった。

王太子妃様に市井の貧しさを訴えたい。

そう思っても、自分から話を聞いてくれと声をかけることなど出来ない立場だ。


派手なロイド王太子と、ディマリア王太子妃との大喧嘩を見ながら、コリーヌはため息をついた。


上級女官が目で合図をする。


ともかく、下級女官達が縋って止めろということなのだろう。


今日、仕事に出ている3人の下級女官達と共にディマリア王太子妃に縋って、


「おやめくださいませっ」

「お願いですから王太子妃様っ」

「あまりにも毎日毎日っ」

「どうか、お願いですっ」


そう、ここ最近、毎日毎日、喧嘩をしているので、下級女官達が縋ってお止めしているのである。


ディマリア王太子妃は叫んだ。


「ええいっ。お前達、毎日毎日、うっとおしいっ。離れろっ」


王太子妃が暴れたら、下級女官達が床にふっとばされて転がった。

コリーヌは思いっきり跳ね飛ばされて、後頭部を何かに打ち付け気が遠くなった……




気がついたら、姉であるレティリシアの顔が見えた。


今日も美しいのね。お姉様。夢を見ているのかしら。


だなんて呟いたら、レティリシアが手を握り締めて、


「よかった。コリーヌ。気が付いたのね」


「あの、私、どうしたのでしょうか」


「頭を打ったのよ。幸い、怪我は大した事がないってお医者様が。わたくしは心配して屋敷からこちらに、飛んできたのですわ」


「お姉様ぁ……」


姉に縋って大泣きした。


姉は優しく髪を撫でてくれて。


「あまり辛いようだったら、家に帰ってらっしゃい。貴方の家は、パレントス公爵家。ダリウス様もいつでも帰っておいでと言って下さっているわ」


ダリウス・パレントス公爵。


姉と結婚した元第二王子殿下。ロイド王太子の弟だ。


今、レティリシアは公爵をダリウスに譲って、自分は公爵夫人として生活をしている。

優しい姉、そして、夫であるダリウス・パレントス公爵もとても優しい人で。


コリーヌは首を振って、


「私は女官として生きると決めたのです。ですから、お姉様っ。私は頑張りたくて、でも、王都の人々の貧しい生活を王太子妃様に話をすることも出来なくて。私はっ。私はなんて無力なんでしょう」


涙がこぼれる。


レティリシアはコリーヌの手を再び握り締めてくれて。


「諦めてはいけないわ。きっと機会はあるはず。わたくしは貴方の信念を応援しているわ」


そう、コリーヌは誓ったのだ。

王都の人々の貧しい暮らしを少しでも良くするために、王太子妃様に訴えたい。

今、ここで、公爵家に逃げ帰る訳にはいかない。


その時、扉がバンと開いて、


「怪我をした女官とはそなたの事かっ?すまなかった。私が突飛ばしたせいで、怪我は大事ないか?」


噂のディマリア王太子妃が、青い顔をして部屋に飛び込んで来た。


コリーヌは慌てて飛び起きる。


「王太子妃殿下っ。だ、大丈夫ですっ」


「それなら良かった。本当にすまなかった。申し訳ない」


頭を下げるディマリア王太子妃殿下。


レティリシアが、


「頭をお上げになって下さいませ。王太子妃殿下」


「そなたが何故?」


「わたくしは、この女官、コリーヌ・パレントスの姉でございます」


「おおっ。レティリシア。第二王子殿下、今は公爵であるな。ダリウス・パレントス公爵の夫人の。そなたの妹が私の女官だったのだな」


「妹がお世話になっております。差し出がましいようですが、お願いがございます」


「なんだ?聞いてやるぞ。コリーヌを怪我させてしまった。その詫びもせねばなるまい」


「コリーヌが王太子妃様に訴えたい事があると……お聞き頂けますか」


コリーヌは嬉しかった。姉が頼んでくれたのだ。


ディマリア王太子妃は椅子を持ってきて、コリーヌの傍に座り、


「そなたはベッドに横たわって話すがいい。なんだ?私に訴えたい事とは」


不敬に当たるので、横たわる訳にはいかない。そして今こそ、訴えるべきであろう。


「王都の物価は高く、とても暮らしにくいです。私は市井で長年暮らしてきました。

一生懸命働いても物価が高くて生活が苦しくて。私だけじゃない。皆、苦しんでおります。どうか、王太子妃様。市井の者達の苦しみを少しでも楽にして下さるよう、私はお願いしたいのです。どうかっ。どうかっ」


頭を下げる。


女官になってお願いしたかった事。やっと言えたのだ。


ディマリア王太子妃は考え込むように、


「税金が高いからな。だから食料も高い。王都は王家の直轄地。そして王宮は三日ごとに豪華な夜会を開いて贅沢をしている。国王陛下も王妃様や側妃達に、ドレスや宝石を惜しみなく与え、王妃様は教会に寄付とかして下さるが、それ以上に贅沢を好まれるお方だ」


そう言って、ディマリア王太子妃は黙り込んだ。


そして、コリーヌに向かって、


「申し訳ない。今の私では力不足だ。コリーヌが一生懸命、市井の者達の、王国の国民の事を考えているのに、私と来たら、小さな事で王太子殿下と喧嘩をして。王太子妃として失格だな。すまなかった。本当に申し訳ない」


コリーヌは慌てて首を振る。


「いえいえ、聞いて頂けただけでも」


「だが、約束しよう。いつか必ず、この状況を改善して、王都を暮らしやすい街にしてみせる。必ずだ。それにはまず……私がやる事は王太子殿下と仲直りする事だな。いい加減、喧嘩ばかりしているのでは、無能のやる事だ」


そう言って、ディマリア王太子妃は部屋を出て行った。


レティリシアにコリーヌは抱き締められて、


「よかったわね。コリーヌ」


「有難うございます。お姉様」



小さな一歩かもしれない。でも、訴える事が出来た。

コリーヌは心の底から、安堵した。



3日後、コリーヌが仕事から復帰すると、夜会でもないのに、ブルーのドレス姿で髪を結ったディマリア王太子妃の部屋に呼ばれた。


「これから、ロイド王太子殿下の部屋に参ります。そなたもついていらっしゃい」


今日は女性言葉だが、何かを決意したようなそんな様子にコリーヌは慌ててついていく。

上級女官が、わたくしもっ。というと、ディマリア王太子妃は、


「個人的なお話なので、お前はついてこなくていいわ。コリーヌ、貴方だけついていらっしゃい」


上級女官は不機嫌そうに、コリーヌを睨んだ。


ロイド王太子の執務室をノックすれば、入れと返事があって。


「失礼致しますわ。王太子殿下」


「ディマリア。夜会でもないのに、ドレス姿とはどうした?」


「わたくし、王太子妃としての自覚がありませんでした。こうして謝罪に訪れましたの。今まで申し訳ありませんでした」


優雅にカーテシーをし、頭を下げる。


そして、頭を下げ続けたまま、ディマリア王太子妃は、ロイド王太子に言ったのだ。


「王都の国民は苦しんでおります。高い税金、貧しい生活、それに比べて、王宮は贅沢をし過ぎております。どうか、これが正しい王宮の在り方なのか。王族の在り方なのか。お考えになって下さいませんか」


コリーヌも頭を下げた。


王族相手に言葉を発することは出来ない。ただただ、ディマリア王太子妃と共に、頭を下げ続けた。


どうか、王都の人たちの生活が楽になりますように。どうかどうか。お願いだから。王太子殿下が少しでも考えて下さいますように。


「頭を上げろ。ディマリア。そして、そこの女」


ロイド王太子はディマリア王太子妃の傍に来て、


「確かに、父上母上は贅沢し過ぎだ。何度も注意してきた。だが、聞き入れてくれない。贅沢は王族の特権だ。とな……貴族議会を開こう。ただし、一月後。私が納得する資料を二週間後までに集めてこい。どれだけ王都の国民が苦しい生活を送っているのか。しっかりと私を納得させろ。父上母上始め、王宮の支出については私の方が調べよう。そして、貴族議会を開催する。そこで、父上に退位を求めよう。ふむ、高位貴族に根回しが必要だな。それはディマリア。お前も手伝ってくれ」


「かしこまりましたわ。王都の国民の生活については、政務局に調べさせましょう。コリーヌ。貴方は政務局へ二週間程、異動してそちらを手伝って頂戴」


「有難うございます。精一杯頑張ります」


コリーヌが、政務局へ出向けば、一人の黒髪の青年が出迎えて、


「私はレリウス・リードと申します。今回の王都の国民の生活を調べる命を受けました。コリーヌ嬢が協力して下さるとの事で」


「精一杯頑張りますっ」


他の職員達も手伝ってくれるとの事なので、コリーヌは政務局で精一杯働いた。

女性職員も居て、彼女らと共に、王都へ出向き、直接、お店の人の話を聞いたり、色々と資料を集めて。


凄い働き甲斐を感じたのだ。


集めた資料を、夜遅くまで部屋に籠って、レリウスや仲間と共に集計し、まとめて行く。


「コリーヌ。君は頑張り屋だね」


「こちらこそ、夜遅くまで有難うございますっ」


「いや、王太子妃様の命令だからね」


レリウスが珈琲を淹れてコリーヌに差し出してくれた

とても身体が温まって、美味しい。


他の職員達、6人も頑張って資料を纏めているようだ。


コリーヌは疲れなんて感じなかった。この仕事により、王都の市井の者達の生活が楽になるかもしれないのだ。


よっし。もう少し頑張るぞーーーーー。コリーヌは張り切るのであった。


やっと資料が纏まって、レリウスと共に、コリーヌはロイド王太子殿下に提出した。


ロイド王太子殿下は資料を見て、満足そうに、


「これで、議会の貴族達を納得させそうだ。有難う。良く頑張ってくれたな」


レリウスと共に頭を下げるコリーヌ。


王太子妃付きの下級女官の仕事に戻れば、上級女官の態度が冷たかった。


「王太子妃様に特別扱いされるなんて、わたくしを飛び越えて。分を弁えなさい」


「申し訳ございません」


上級女官は仕事の指示をくれなかった。

コリーヌは困り果てた。

これは職場で受ける虐めだ。


王宮の庭に出て、大の字に寝転がった。


自分の目的を達することが出来た。女官を辞めてもいいのではないのか?

ああ、空が青い。白い雲がぽっかりと浮いている。

これからどうしようか?


レリウス様に頼んで、政務局で働かせてもらおうか。

とてもいい人だった。

部下にも慕われていて。頼んだら雇ってくれるかな。


「女官が仕事をさぼっていていいのか?ここは俺の優先の場所なんだが」


口髭を生やした一人の男性に声をかけられた。


確かこの人はこの王国のベリット騎士団長だ。


「ひえっ。申し訳ございません。これからの生き方を考えておりました」


「へ?転職を考えていただなんて。女官なんて忙しい職種のはずだが。なんかまずい事でもあったのか?」


「上級女官に睨まれました。仕事を頂けません」


「まぁそういう事もあらーな」


「他人事のように」


「だったら、俺の部署に来るか?騎士団で、事務員に欠員が出たんだが」


「えええっ?事務員に?私、政務局に勤めさせていただこうかと。騎士団で私がお役に立てる事があるんでしょうか」


「お茶、淹れてくれ」


「お茶くみなんてお断りしますっ」


「それなら、せめてお茶の一杯でも一緒にどうだ?飲みにいかないか?」


「何ですか?いきなり、女性にお茶を誘うなんておかしいでしょ?」


「いや、その貴殿の事は、ダリウスから、聞いていてな」


「パレントス公爵様を呼び捨てとは一体全体っ?」


「奴とは親友だ。歳は離れているが。妙に馬があってな。この間、パレントス公爵家で、公爵夫妻と食事をしたんだ。その時に、貴殿の話を聞いた。一生懸命生きている令嬢だと、興味を持ってな。ちょっと探ってた」


「待ち伏せしてたんですかっ?これって。ここで」


「ハハハハハ。やはり、お前さんと話していると楽しい。どうか、俺と付き合ってもらえないだろうか」


「付き合うも何も、まずは私、これからどうするか考え中なんですがっ」


「だったら、騎士団事務員になればいい」


「それは嫌です。私は政務局に行きたいんですっ」


ガサッと音がして振り返ってみたら、レリウスがにこやかに立っていた。


「ベリット兄さん。コリーヌ嬢にお付き合いを申し込もうと私がしていたのに、抜け駆けですか」


「え?二人はご兄弟?」


ベリット騎士団長は気まずそうに、


「俺はパレントス公爵夫妻から聞いて、興味を持ったんだ」


「コリーヌ嬢と仕事をして、私が先に興味を持ちました。コリーヌ嬢、どうか私とお付き合い願いますか?」


「いやいや、まずは俺とお付き合いを。弟はお堅いお堅ーーい。野郎だから、つまらんぞ」


「いまだに独身の野郎に言われたくありません。兄上は30歳になっても独身で、コリーヌ嬢は17歳でしたか?私は23歳。まだ貴方と歳が近いです」


「仕方ないだろうが。仕事が忙しかったんだ。騎士団長はものすごーーーく大変なんだぞ」


「そうとは知らない王宮の女性達は皆、騎士団長は男性に興味があるのではないかと言っていましたよ。私は部署の女性達に、みんなよく解っているねぇと言っておきましたが」


「お前――――っ。くそっーー。俺が変態みたいじゃねーか」


「変態な兄上とお付き合いするより、私とお付き合いしましょう。コリーヌ嬢」


「許さんっーーー。俺と付き合ってくれ。コリーヌ嬢」



いや、何が起こったのか。解らなくなったコリーヌ。


「わ、私、とりあえずお仕事頑張りたいので……政務局で使ってくれませんか?」






議会が開催されて、国王陛下の退位が、ロイド王太子殿下、ダリウス・パレントス公爵や宰相、他の貴族達により、決定された。


「贅沢して何が悪いっーー」

「そうよそうよっ」


国王と、王妃や側妃達は離宮に幽閉された。

命は取るつもりはないが、貧しい生活を送る事になるだろう。


ディマリア王太子妃は、上級女官がコリーヌだけに仕事を与えなかった事に怒りまくって、上級女官を首にした。


「コリーヌ。上級女官を目指しなさい。貴方はまだまだ未熟だけれども、わたくしは貴方のような女性に傍にいて欲しいのよ。王宮の夜会はもっと頻度を減らすわ。王都の国民の生活もよくなるようにするつもりよ。貴方に、わたくしの力になって欲しいの」


ディマリア王太子妃はコリーヌを熱望した。


コリーヌにとってもディマリア王太子妃には恩がある。

頭を下げてくれたのだ。


ロイド王太子殿下に対して、優雅なカーテシーで。


ロイド王太子もコリーヌに向かって、


「私は来月、戴冠式を行い、国王になる。ディマリアはそれと同時に王妃になる。宰相や他の者達と、もっとこの王国をよくするために、頑張るつもりだ。それを傍で見ていてくれぬか?ディマリアもそれを熱望している」


ロイド王太子とディマリア王太子妃はすっかり喧嘩もしなくなった。今やとても仲がよくなった。


ディマリア王太子妃の、いや、来月には王妃になるディマリア王妃の傍で上級女官になるのか。

それともレリウスの下で政務局で働くか、政務局の仕事はとても充実していた。

ベルド騎士団長の元で騎士団事務員になり、お茶くみをするか?いや、それは無いわとコリーヌは思ったが……

ただ、ベルド騎士団長は、コリーヌの好みであった。

ああいう、気疲れのしないさっぱりした男性がコリーヌは好きだった。

ベルド騎士団長の事は会ったばかりで、よく解らないが、あのような人と家庭が持てたら。どんなにいいだろう。


久しぶりにパレントス公爵家に戻って、姉レティリシアに相談することにした。


レティリシアは一言。


「後悔しない道を選びなさい。貴方は仕事に生きたいの?ディマリア様の下で働いたら、忙しくて結婚なんて出来ないでしょう。

政務局で働いたら、そうね。貴方がレリウス様の事が好きなら、仕事と両立出来るかもしれない。結婚して仕事が出来なくなっても、レリウス様を支えると言う生きがいを感じる事も出来るわ。

もし、レリウス様の事が好きでなければ、貴方、仕事と恋愛と別だと割り切れる?

ベリド騎士団長?まずは彼の事を知りなさい。それから、貴方が好きだと感じたら、ベリド騎士団長との結婚を最優先にしなさい」


「お姉様。私は……私の選んだ答えは」



幼い頃、父親がいなくて寂しかった。母親に死なれて寂しかった。

自分の家族が欲しい。温かい家族が。



「ベリド様。どうか、私とお付き合いして下さいませんか?」


「コリーヌ。俺と付き合ってくれるのか。喜んでお付き合いさせて頂こう」



ディマリア様には頭を下げて、お断りさせて頂いた。

一生、仕事だけに生きる覚悟がコリーヌにはなかったから。


レリウス様にも頭を下げた。


「一緒に仕事をしたかったんだけどね。私はコリーヌ嬢の事がとても好きだから」


レリウス様は悪い人ではない。ただ、恋愛感情が持てなかった。

政務局の仕事はやりがいを感じたけれども。



コリーヌは、半年の婚約期間を経て、ベリド騎士団長と結婚した。

彼と過ごした婚約期間、とても楽しかったから。

二人で色々な所に出かけた。

忙しい騎士団業務の中、ベリド騎士団長は時間を作ってくれて。

二人で出かけたピクニックは、お互いに冗談を言い合い、同じ景色を見て、美味しいサンドイッチを食べて、幸せだった。


一緒に、出掛けた王都のカフェでも、美味しいチョコレートケーキを食べて、珈琲を飲んで。

以前、姉と共に初めてチョコレートケーキを食べた時も幸せだったけれども、愛する人と食べるケーキはまた、格別に美味しい味がした。


「甘い物が私、大好きなんです」


「奇遇だな。俺もチョコレートケーキには目がないんだ」


「でも、食べ過ぎたら太ってしまいますね」


「確かに。なぁに。俺はその分、鍛えるからな」


「凄い腹筋なんですよね」


「結婚したら嫌って程、見せてやるよ。自慢の腹筋だ」


30歳にもなって子供っぽい人、愛しい人。コリーヌは幸せだった。





そして、結婚式。


姉のレティリシアは、夫であるダリウス・パレントス公爵と共に出席してくれた。

ふっくらとしたお腹には新しい命があり、花嫁姿のコリーヌはお祝いを言ってくれる愛しい姉のお腹を優しく触って。


「後、どのくらいで生まれますの?」


「そうね。二か月後には」


「女の子でも男の子でも、楽しみですね。私も叔母さんか」


「貴方に最初に抱かせてあげるわ」


ダリウスが愛し気にレティリシアの肩を抱いて、


「俺が一番だ。夫であるから当然だろう?」


明るい笑い声が響き渡る。


国王陛下夫妻も参加してくれて、


ディマリア王妃にコリーヌは抱き締められた。


「おめでとう。コリーヌ。わたくしの女官では、この幸せは味わえないから、これでよかったのかもしれないわね」


「有難うございます。王妃様。これからは、夫を支える事で王国の役に立ちたいと思います」



向こうの方で、夫になるベルド騎士団長が、弟のレリウスと共に呼ぶ声がする。


愛しいベルドに向かって、花嫁姿のコリーヌは駆け出した。

そして、その逞しい胸に向かって思いっきり飛び込んだ。


全ては気持ちのいい春のとある日、教会の鐘が二人の結婚を祝福するように鳴り響いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うー、健気に頑張るコリーヌが幸せになれそうで良かった。 お義姉さんやお義兄さん、夫と義弟、元上司の王妃様とその夫の王様、それにきっと王都民みんなに愛されて‥良かった~。 自分を騙る幼馴染や…
[一言] 有能とはいえ夫婦喧嘩止めて怪我したり、上司にイビられたからなぁ。女官にいいイメージ無くなって辞めるのも仕方ない
2023/10/17 06:03 退会済み
管理
[良い点] レティリシアの冷静で鋭い見識。ディマリアの、目下の者に謝罪する率直さと、他人の意見を聞き、良いと判断できれば即座に取り入れる寛容さ。 ちょっとずつ予想を裏切る展開が小気味良いです。コリーヌ…
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