5 ゴーレム
「ほんとに辞めちまうのか? この汚い水路におっちゃんを残して」
「後ろ髪引かれる思いだよ、ホント。マジマジ」
神狼から無事に恩寵を貰えたので、ネズミ捕りは今日でお終い。
元々、日雇いが継続していただけだったから辞めるのも簡単だ。
後任はもう決まっているらしい。
人気のない職業で万年人手不足だけれど、希望者がいないわけじゃないようだ。
「ここを辞めて、それからどうすんだい?」
「神殿の建て直しが当面の目標かな。今まで稼いだことないくらいの大金がいるんだ」
「神殿をなぁ。稼ぎ切れるのか?」
「稼いでみせる。そのための方法も幾つか考えてるんだ」
「例えば?」
「例えば、石とか」
「石?」
§
「見付けたぞ、ストーンゴーレム」
遺跡やダンジョンの周辺に発生する天然魔導人形の一種。
その体は上質な岩石で出来ており、神龍神殿の建材としても聖化された物が用いられている。
「業者を待たせたくないんだけどな」
崩れた建物の影から様子を窺いつつ、複数体のストーンゴーレムが別れるのを待つ。
ずしんずしんと遺跡を徘徊する様子を少しの間眺めていると時が来る。
ほかと別れたストーンゴーレムがこちらに歩いてきた。
「手早く済ませよう」
物陰から飛び出し、ストーンゴーレムへと駆ける。
振り上げられた石の拳が振り下ろされるも、それを一太刀で真っ二つに斬り裂く。
「いい切れ味!」
不浄の源泉から引き抜いた聖剣の初陣。
ネズミ捕りには勿体なくて使えなかった。
その切れ味は俺の想定を遙かに超えて、石の拳をバターのように斬った。
片腕を失ったストーンゴーレムは、しかし怯まない。
そもそも痛みを感じず怯みもしないのだから当然。
真っ二つにした腕が地面に落ちるよりも速く、もう片方の腕が薙ぎ払われる。
「危なっ」
地面を削りながら迫り来る腕。
咄嗟の判断で飛び退き、舞い上がる砂埃を突き破る。
恩寵を得た現在の身体能力は人知を超越し、反応速度も比じゃない。
着地と同時に地面を蹴って一瞬にして懐へと踏み込み、聖剣の一振りがストーンゴーレムを断つ。
頭の先から真っ直ぐに落ちて、機能停止に追い込んだ。
「前より体が動く。相性ばっちりだ」
神龍の恩寵より、神狼の恩寵のほうが俺には合うみたいだ。
恩寵レベルは雲泥の差なのに、今のほうが動きやすい。
「さてと、もしもーし」
携帯端末を取り出して回収業者に連絡を入れるとすぐに来てくれた。
彼らは手慣れた様子で魔法を駆使し、ストーンゴーレムを積み上げていく。
その中には建築士もいた。
「これでどれくらいに?」
「そうだな。まぁ、これくらいの量だと相場はこのくらいだな」
見せられた金額は事前に聞いていたのと同じくらい。
これで取引してもいいけど。
「じゃあ、これが聖石だったら?」
「可笑しなことを言う兄ちゃんだな。まぁ、そうだな。聖化には時間も手間も掛かるし、専門職だから依頼料も掛かる。それを加味すると……だいたい三倍から四倍ってところか」
「そんなに? なら、決まりだな」
「決まりだなって兄ちゃんなにをする気だい」
「聖化」
積み上げてもらった石材に向けて魔法を放つ。
意思を持つようにうねる霧が石材すべてを包む。
隙間という隙間に入り込み、神聖が定着すれば聖化は完了。
霧を晴らすと石材はすべて聖石に代わっていた。
「こいつはたまげた」
建築士が聖石に近づき、指先で触れる。
「本当に聖化されてやがる。こんな短時間で。兄ちゃん、これはどういう――」
「持ち帰って品質を精査してほしい。基準を満たせていたら聖石として買い取ってくれ」
「……なるほどな。約束は出来ねぇぞ」
「もちろん。あ、そうそう。値下げ交渉も受付けるから。よろしく!」
遺跡から帰路につき、街を経由してそのまま神狼の元へ向かう。
その途中、聖域に足を踏み入れると茶色い地面に緑が混じっていることに気付く。
「この前まで沼地みたいに泥濘んでたのに。逞しい生命力」
地面に根を張る植物を眺めつつ壊れ果てた神殿へ。
散らばった瓦礫の側にも名も知らない雑草が生えていた。
「今のうちに草むしりとかしたほうがいいかな? 来客もあることだし」
いずれは立派な神殿が建つ、予定だ。
その時、回りが雑草でぼーぼーだなんて格好が悪い。
聖域すべては一人では無理だし業者を雇う余裕もない。
だからせめて神殿が建つ予定のこの周辺だけは自分で手入れして置こう。
「よっこいせっと。ふぅ」
まだ生え始めとはいえ、雑草はそれなりの量になった。
ちょっとしたベッドが作れそうなくらいだ。
恩寵のお陰でほとんど疲れないし、綺麗になっていく過程には爽快感がある。
これなら今後も暇な時に続けられそうだ。
「それは供物か?」
「ほしい?」
「草はいらぬ」
「だろうな。あとで纏めて燃やしとくか」
とりあえず隅の方に寄せておこう。
「そうだ。いまレベルってどのくらいなんだ?」
「20だ。これが現在の上限値になる」
「もうそんなに。神龍の所にいた時はレベルを1上げるのにも苦労してたけどな」
まぁ、向こうは80とか90の世界だし、比べても意味はないけど。
「なんにせよ、これ以上レベルは上がらぬ。どうするつもりだ?」
「それを考えるために助っ人を呼んで置いた」
「助っ人?」
「なにこれ、冗談でしょ。お願いだからこんなところに居ないでよね」
声がしてすぐに助っ人が姿を見せる。
俺と神狼の姿を見たシーナは金髪のツインテールを揺らしてため息をつく。
「景気が良いな、いきなりため息か」
「そりゃため息も付きたくなるでしょうよ。話には聞いてたけど、ここまでとはね」
「これでも手入れはしたんだぞ、草むしりくらいだけど」
「それで隅に雑草の塊が置いてあんのね。ふーん」
裏手にでも置いておくべきだったかな。
「ここに来る途中にも思ったことだけど、すこし前までここが不浄の地だったなんて信じられないわね。あんたにこんなことが出来るって知ってたら、追放なんてしなかったでしょうに」
「基準を満たせてなかったのは事実だ。べつに恨んじゃいない」
「あらそう。てっきり敵意むき出しかと」
「逆恨みするほど子供じゃない。その辺は割り切ってるよ」
心に引っかかりがないと言えば嘘になる。
でも、それも時が経てば消えてなくなる程度のもの。
今は前の職場のことなんて忘れて今の職場を大事にしたい。
俺がここをどうにかして建て直すんだ。
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