3 聖剣
悪魔を焼き、神獣の穢れを祓う。
霧を出すだけの外れ魔法は神獣さえ認める神聖魔法だった。
正直、唐突すぎて現実味がないけれど、俺にはこの不浄の地を元に戻すことが出来るらしい。
それが叶えば俺はようやく神獣の恩寵をもらうことができる。
暗闇に差した希望の光を手繰り寄せるために、俺は再び不浄の泥濘みに足を付けた。
「うえ、やっぱ気持ち悪いな。そうだ。この泥濘みも」
魔法を発動し、霧を地面に這わせる。
神聖を帯びたそれが不浄を祓い、泥濘んでいた足下にしっかりとした感触を得る。
「ホントに祓えてる。凄いな」
我ながら感心してしまうほどに不浄は祓えていた。
高圧洗浄機並みだ。
「端から端までこれをやっていけば元に戻るんでは? いや、源泉をどうにかしないとか」
源泉というからには、それをどうにかしない限り不浄は続く。
綺麗にしてもまだ穢されてしまうのなら根元を叩かないと。
「この先って言ってたけど」
足下に霧を張っていると、すこしだけ雲の上を歩いているような気分になる。
そう言えば雲海の上を歩くのも小さい頃の夢だったっけ。
一つ夢が叶ったな。
「あれか?」
神狼の言う通り、不浄の源泉は行けばわかった。
より濃い不浄とその中心に突き立てられた一振りの魔剣。
穢れを帯びたそれがまさしく不浄の源泉。
「剣を抜けば終わり?」
近づくと先に霧が濃い不浄に触れ、お互いを相殺する形で消える。
局所的にそこだけは通常に戻ったが、すぐに剣から溢れ出た不浄によって穢された。
「薄く張っただけじゃ近づけもしないか。なら」
とにかく大量の霧を地面に這わせ、膝の高さまで積もる。
そうすることでようやく濃い不浄の上を渡れ、紫紺色の魔剣の前に立つ。
柄の先まで穢れに染まり、掴むと鈍い痛みが走る。
手の平が腐っていくような不快な感覚だ。
「結構キツい、けど」
右手から直接魔法を魔剣に流し込み、浄化を試みる。
霧は意思を持ったようにうねり、蛇が這うように柄から降りていく。
刃を通り、剣の先まで行き着くと、更にその先へと進む。
「魔剣の下にまだ不浄が? こっちが源泉か」
魔剣は恐らく源泉に蓋をしているだけ。
恐らく昔の契約者たちが行った封印だ。
完全には封じられなかったけれど、長い間塞ぎ止めていたんだ。
「無駄じゃなかった」
かつてここにいた誓約者たち。
その思いを受け継ぎ、魔剣を通して奥深くの源泉に霧を注ぎ込む。
長い時を経て契約者たちの願いは成就する。
霧が不浄の源泉を浄化し、拡散した神聖が辺り一面すべての不浄を取り払う。
「魔剣が堰き止めてなきゃ、街まで不浄が届いていたかも知れない」
握り締めた魔剣を地面から引き抜く。
不浄の源泉はすでになく、溢れ出してはこない。
「ありがとな」
太陽に翳した魔剣は紫紺から白銀へと色が変わっていた。
「あれ……聖剣になってる」
その刃は神聖を帯びていた。
§
「そうか。我が契約者たちの行いは無駄ではなかったのだな」
彼らは自分も、神獣も守れなかった。
だが、それ以外の多くの人々を不浄から守ったんだ。
その事実は伝えるべきだろうと、神狼にすべてを話した。
「あと、この剣。不浄に当てられて魔剣になってたけど」
「かつての神聖を取り戻しているな。いや、更に強くなっている。お前の神聖に当てられたか」
「そうなのか? まぁ、ともかく返すよ。元は契約者の剣だ」
聖剣を差し出すと、神狼は首を横に振るう。
「お前の言った通りだ。それは我が契約者のもの。つまりお前のものだ」
「なら!」
「あぁ、お前と契約を結ぼう」
その宣言の元、小さな白い狼が現れた。
魔力で構成され淡く発光するそれは周囲を駆け回り俺の元へ飛び込んでくる。
受け止めると浸透するように消え、神狼との契約は結ばれた。
体の奥底から力が漲ってくる。
「これでやっとネズミ捕りから卒業だ」
安堵の息を大きく吐く。
神龍神殿から追放された時はどうしようかと思ったけれど、これで自分の魔法を手放さずに済む。
本当によかった。
「これよりは我のために励め」
「喜んでそうする。まずは――」
周囲を見れば成すべきことはすぐにわかった。
「神殿の建て直しだ」
誓約者の役目は祭壇を作り、神殿を建て、供物を捧げること。
祭壇はすでにあってまだ使える。
だからその次である神殿をまずはどうにかしよう。
「いくら掛かるかな。結構……いや、かなり壊れてるしな」
壊れすぎていて金額の見当もつかない。
「もしかして立て直したほうが安上がりとか?」
その場合の金額もまた想像がつかない。
「とりあえず建築士のところ言って見積もりだしてもらうか。金策は……あとで考えよ」
魔物退治の仕事をすれば纏まった金は手に入る。
恩寵も貰ったことだし、ネズミ捕りは卒業して本格的な魔物を狩ろう。
そうすれば何年かすればこぢんまりとした神殿くらい建てられるはず。
「なにはともあれ再出発だ」
まずは街に戻っていくら掛かるか、はっきりさせよう。
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